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【小説】連綿と続け No.60

航)あのな……ほんまは誕生日に渡そうと思うとったんやけど……

そう言いながら小さな木箱を手渡した。
箱には小さな文字が彫られている。

“Wataru to Yume”

侑芽の誕生日は3日後の七夕。
だから侑芽としては
少し早い誕生日プレゼントと思いながら箱を開ける。
中には木で作られた指輪が2つ入っていた。

侑芽)え?これ……

航)ウッドリングや。俺が作ったんやけど……つけてみる?

侑芽はこくんと頷いた。
航は小さい方の指輪を取り出し、
侑芽の左手をそっと持ち上げ薬指にそれを通した。

その指輪はエッジのきいた美しい曲線を見せている。
よく見ると木だけでなく
シルバーの指輪が組み合わさっていて、
控えめでありながら輝きを放っている。

指輪を通された侑芽は、
リングを見つめたまま俯いている。

航)サイズはどうや?合わんかったら直すさかい

侑芽)ちょうどいいです。でもこれ……航さんが作ってくれたんですか?

航)うん。ちょっこし時間かかってしもたんやけど、間に合うて良かった

侑芽)ありがとうございます。一生大切にします

航)ほんなら俺のも

左手を差し出す航。
侑芽は震える手でもう一つの指輪を取り出し、
それを航の薬指に通した。
2人の指にウッドリングが輝く。

航)前にも言うたけど、こんで二度と言わんつもりちゃ

侑芽)……?

航)今すぐやのうてええ。俺と結婚してほしい

侑芽)……!

航)待つさかい……約束してくれん?

これで断られたら
二度と結婚は望まない覚悟で婚約を申し込んだ。
その視線は遠く立山に向けられていた。
真っ直ぐにただ前を見ており、
揺るぎない決意が強張った表情からも伝わる。

そんな航の横顔と
無意識に力の入った拳を見た侑芽は、

侑芽)はい……お約束します。よろしくお願いします

その瞬間、航は人目も気にせず侑芽を抱きしめた。

航)ありがと……

侑芽も航の背中に手を回し、
力いっぱい抱き合った。

侑芽)そしたらこれは、婚約指輪ですか?

航)そうなるなぁ。けどそれならもっと、ちゃんとすれば良かったか……

侑芽)いえ!こんな素敵な指輪、世界に1つしかありません。大事にします!

左手を顔の横にかざし、
まるで芸能人の婚約発表の如く
満面の笑みを見せている。

航)あー緊張した!もし断られたら、このまま富山湾に飛び込むつもりやったさかい、なんや拍子抜けした……

侑芽)アハハ!航さんがホタルイカになっちゃう!

航)そういうことやないちゃ!せめてブリにしてくれ

侑芽)なんで〜(笑)

緊張が解け、両手をあげて体を伸ばす航。
侑芽はそんな航にスマホを向け写真に収めた。

航)な、何?

侑芽)記念ですよ!今日という日の航さんを記録しときます!

航)アホ!俺がどんだけ気ぃ張っとったんかも知らんで……その写真は消せま!

侑芽)絶対に消しません!

逃げ回る侑芽を航が追いかけ、
波打ち際でようやく捕まえた。
そしてそのままギュっと抱きしめる。

侑芽)人が見てますよ?

航)つかえんちゃ

侑芽)私が断ると思ってました?

航)半々やちゃ。まだ信じられん

侑芽)断るわけないじゃないですか。でも少しだけ待ってください

航)100年くらいは待つ

侑芽)そこまで待たせませんよ(笑)でもその間に航さんの気が変わっちゃったりして

航)アホ!そんな事あるわけないやろ!

侑芽)ごめんなさい。でも……五箇山に行って、何か皆さんのお役に立てたら……

航)うん

侑芽)そしたら航さんの奥さんになって、今度は蓬莱屋さんのお役に立てるよう頑張ります

航)仕事は辞めんでええ

侑芽)でも……

航)色々な問題にぶつかるかもしれん。けどその時は、2人で考えればええのちゃ

将来の約束は
富山湾と立山連峰が立ち会いのもと交わされた。

その帰り、侑芽が皆藤家に顔を出したいと言い、
航はしぶしぶ侑芽を連れて実家に寄った。
すると歌子と正也が喜んで迎える。

歌子)侑芽ちゃん!マルシェお疲れさん!だいぶ疲れとるんやないかて心配しとったがちゃ〜

正也)近所の人らも皆んな喜んどったよ!

侑芽)皆様のおかげで、なんとか無事に終わりました。ありがとうございました!

手土産にと途中で買ったケーキを渡すと

歌子)ありがとう!美味しそうやね〜。せっかくやし皆んなでいただこ!

歌子が台所へ行くと、
正也がすぐに追いかけてくる。
そして2人は口パクで会話をする。

正也)薬指、見たけ?

歌子)見た見た!

と言い合い「指輪〜!」と言って悶えている。
そして静かに万歳三唱した。

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