【小説】連綿と続け No.51
侑芽)どういうことですか?
富樫)それがねぇ、準備で集まった人らに、一ノ瀬さんが担当から外れて当日も来れんくなった事を伝えたら……
富樫が事の顛末を説明している。
それはマルシェの参加者達から
不満の声が上がっているという内容だった。
「一ノ瀬さんが何べんも通うてくれて、きちんと説明してくれたさかい参加を決めたんや!」
「あの人を信用して任せたがに、こんながは話が違う!」
といったクレームが相次ぎ、
参加を辞退する人達が続出していると言う。
侑芽)そんな、どうしましょう……
高岡)私も色々言われてたんだから!こうなるんじゃないかと思ってたんだよねー
侑芽)高岡さんには本当に、多大な迷惑かけちゃってるね……
高岡)ほんとだよ!私はただ上から言われて代わっただけなのにさ!文句まで言われてさ!やってらんないわよ!
侑芽)ごめん……
富樫)ちょっとぉ〜!今そんな話しとる場合でないわちゃ!一ノ瀬さん、悪いけどキャンセルしてきた人らを今から説得してくれん?このままやと、どうにもならんことになるが!
侑芽)え!?もうそんな時間ないですよ!
そんな話をしていると、
大勢が役所の窓口に来て大騒ぎになっている様子が
視界に飛び込んでくる。
それは井波の高木を先頭に、
マルシェの参加者含む数十名の市民であった。
高木は目くじらを立てながら
不服を訴えている。
高木)市長と会わせっしゃい!私はのう、市長の縁談をとりもった高木美津子や!早うしられ!
窓口の男性が圧倒されながら要件を聞くと、
どうやら侑芽の話を聞いた人々が
市長に抗議をしに来たらしい。
侑芽は慌てて出て行き、
抗議に来た面々に頭を下げた。
侑芽)ご迷惑をおかけして申し訳ございません!
高木)あんたは何も悪うない!やさかい謝ることは何もないのちゃ!ええからこの高木美津子に任せっしゃい!
高木は自分の胸を拳でポンと叩き、
豪快に笑った。
この騒ぎが市長の耳に届き、
なんと高木達は市長と面談することになり、
全員、奥にある会議室に通された。
侑芽はオロオロしながら、
話し合いが終わるのを待っていた。
数十分後、高木達が出てくる。
全員が満面の笑みを浮かべ、
両手を挙げてOKのポーズをとった。
高木)ひとまず侑芽ちゃんがマルシェに出られるよう話つけたさかい。こんで皆んなも納得するはずや!
富樫)本当!?良かった〜!さっすが我が街のご意見番!高木のおばちゃん様様やちゃ〜!やっぱり、おばはんは最強や!
富樫が『おばはん』というワードを口にすると、
高木をはじめとする
女性陣の顔が鬼の形相に変わった。
高木)誰がおばはんやて?
この後、富樫は
高木達から取り囲まれ、
こんこんと説教をされた。
こうして侑芽は、
市長直々にマルシェの参加を認められ、
参加を辞退すると言い出した人々も
「それならば」と戻ってきた。
高木はこの事を
井波に戻ってから皆藤家に知らせた。
高木)というわけで、侑芽ちゃんマルシェに出られる事になったさかい!
歌子)あ〜そう。良かったわ〜。さすが高木さんやちゃ!相談して良かった〜。ほんまにありがとうございます!
工房にいる航も
その会話を耳にして胸を撫でおろした。
しかし高木は肩を落として呟く。
高木)そやけど……人事異動の方は、もう変えられんらしいが
航)……
歌子)なんで?なんで侑芽ちゃんが……あんなに頑張っとったがに
高木)私もそう言うたんやけど、いったん決まったもんは、よほどの理由がないと変えられんらしいが。やっぱしお役所いうんはかたいとこやちゃ
歌子)そうけ……五箇山かぁ……まぁ、車で1時間かからん距離やけど、なんでこんなことに……
高木)やさかい、早うこっちに戻れるよう何とかせいて言うてきた!せいぜい1年そこらで戻って来れるんやないけ?
高木は落ち込む歌子を慰めて帰った。
歌子)聞こえてたんやろ?侑芽ちゃん、マルシェに出られるようになったて!良かったね
歌子は工房を覗き、
航に向かってわざと明るく振る舞った。
しかし航は
振り向きもせず返事をする。
航)あぁ……そうやな
その背中はやけに寂しそうに見える。
歌子は正也と目を合わせて顔を歪めた。
あれから航は
侑芽と連絡をとっていない。
まだほんの数日ではあるが、
気が遠くなるほど
時が経つのが長く感じる。
自宅に戻るとソファーに座り、
ぼんやり部屋の中を見渡した。
部屋着や化粧品など
侑芽の私物がそこかしこに置いてあり、
その存在を感じてしまう。
どうしようもない寂しさに襲われる。
そんな時、スマホの通知音が鳴った。
航)……!
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