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【小説】連綿と続け No.53

離したくない、離れたくない。
あらためて思いを確認し、夜が明けた。

この日はマルシェの前日。

侑芽は会場設営に駆け回る。
参加者達は
そんな侑芽の姿を見て安堵している。

「やっぱアンタがおってくれて良かった」
「明日も必ず来てくれるんやちゃ?」

会う人会う人が声をかけてくる。
一時はマルシェ開催が危ぶまれたから、
不安が大きかったのは
むしろ出店する側だった。

久しぶりに参加者達の顔を見て
侑芽自身も様々な思いが込み上げ
泣きそうになる。
そこへ高岡が声をかけてきた。

高岡)あれ?なんか今日、肌ツヤ良くない?昨日まではボロボロだったくせに

侑芽)そ、そうかな

高岡)わかった。どうせまたあの堅物かたぶつイケメンとイチャイチャしたんでしょ

侑芽)違うって!しかも何?堅物イケメンって

高岡)まあいいけど。とにかくさぁ、あんたが役所辞めたら私の八つ当たり場所が無くなって困るから、絶対に辞めないでよね

高岡はぶっきらぼうに
缶コーヒーを渡してきて
そのまま去っていった。

侑芽)ありがとね。高岡さん

そして西川とも久しぶりに顔を合わす。
彼は重苦しい表情で、頭を深く下げた。

侑芽)西川さん、もうやめてください

西川)いや……俺はもう、一ノ瀬さんと目を合わせる資格もないさかい。こんなことになってしもて、どう謝ってもすまんてわかっとるけど、どうしても謝りとうて。申し訳ございませんでした……

頭を下げたまま歯を食いしばっている西川。

侑芽)こちらこそです。こんな事になってしまって。西川さんにはすごくお世話になったのに。でも私は感謝しかありません。西川さんがいらしたから、こうして開催までこぎつけました。だからそんなに思い詰めないでください

西川)けど俺は……

彼も相当苦しんでいる。
それは侑芽にもわかった。
だからこれ以上わだかまることなく、
この仕事を一緒に成功させたいと願った。

侑芽)これはチャンスだと思ってます

西川)……

侑芽)確かに井波の担当から外れたのは残念な事です。でも、五箇山でまた一から学ぼうと思ってます。ピンチはチャンスです!

そう言って微笑む侑芽。
ようやく頭を上げた西川は、
自分ができる最後の償いする。

西川)俺は好きな人を守ることも、かばうこともできん情け無い男ちゃ。やさかい、この思いを諦めることが唯一の謝罪やて思う。けどあの時……あんたに言うた事はほんまやった

侑芽)ありがとうございます。西川さんはとっても優しいし、いっつも素敵な笑顔で癒されました。だからきっと、もっと素敵な人が現れます。もう今回の件は忘れて、お互い前に進みましょう

西川)ありがと……

2人は握手をし、
マルシェ成功を誓い合った。

西川は侑芽にだけ責任をとらせる形になった事で、
悔恨の念にかられていた。

しかし、このマルシェを境に
侑芽への恋心を断ち切ろうと決断した。
それが彼女の幸せの為に
自分ができる唯一の手段だと。


そしてマルシェ当日。

朝から青空が広がり、
会場となる井波文化会館の野外イベントスペースには、
白いテントがずらりと並んだ。

そこへ早朝から
出店者達が準備に来ている。

採れたて野菜を売る農家。
米や味噌、酒を扱う店舗。
ハンドメイドのバッグやアクセサリーを売る店や花屋。
手作り石鹸や骨董品の販売をする店。

リサイクル着物の呉服店では、
着付けをするサービスもあるという。
そこでは着物を洋服と組み合わせて
粋に着こなしている男女のスタッフが、
会場にはなを添えていた。
侑芽も思わず彼らに話しかける。

侑芽)わぁ!お着物素敵です!

「あとで侑芽ちゃんにも着せてあげる。似合いそうなの選んどくさかい」

「本当ですか?嬉しい〜」

職業も年齢も異なる老若男女が
この日のために準備を重ね、
ここに集まっている。

1人1人に挨拶して回る侑芽は、
その人達の今日までの苦労を思い、
開始前から涙を流した。

すると航の師匠である
山崎洋平が声をかけてくる。

山崎)おはよう!え……なんで泣いとるが?

侑芽)なんだか皆さんを見ていたら、感極まってしまって……

山崎)ハハハ!涙はしまいまでとっとかれ。それより凄いなぁ。こんなに集まるなんて思わんかったちゃ。最初は店が集まらんて嘆いてたさかい、どうなることやて思うとったがに。よう頑張ったのう!

侑芽)山崎さんや正信さん糸子さんからアドバイスをいただいたおかげです。本当にありがとうございます!

山崎)なん、なんなん!そういや聞いたちゃ。五箇山に行くんやて?

侑芽)はい。ここを離れるのが名残惜しいです……

山崎)大丈夫や。いつでも帰ってこられ

侑芽)山崎さん……

山崎)もうここの人らは侑芽ちゃんの家族や。やさかい寂しゅうなったら、いつでもこられま。そしたら皆んなも喜ぶ。ほんでこっからは俺からのお願いやけど……

侑芽)お願い?

山崎)航のこと、これからも宜しゅう頼んます!

侑芽)はい!

ここにいる人達は自分の家族。
そう思ってから会場をもう1度見渡す。

時には体を心配してくれ、
時には夕飯のおかずや野菜を持たせてくれたりもした。

初めの頃は話も聞かず
門前払いしていた人達とも、
何度も顔を合わせるうちに、
いつの間にか信頼関係を築いていた。

侑芽が地域のためにと動いていたはずが
「一ノ瀬さんが頑張っとるから」と、
出店を決めてくれた人達が大勢いる。

ただの役所の人間と市民という関係から、
家族に似た絆が生まれていたのだった。

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