アールグレイ Ⅴ

どうしても思い出せないことがある。表の世界でのことだ。

自分は何もしていないと思った。

無実だと、叫んだ。

証明ができない。そんなことわかっていた。

けど、そもそも記憶がない。いや、記憶はあったはずだ。

もしかして自分で自分を言い聞かせてたのか?


雪とマシュマロ

この街での仕事に慣れてきて、ある程度お金も溜まってきた。今住まわせてもらっている部屋はユリの好意で借りてる。そのおかげでずい随分安く済んでいるし、食費も自分と黒猫のキキの分だけだ。

(明日の休みちょっと贅沢しようかなぁ)

キキを撫でながら考える。キキは寝る時だけ自分から小部屋に来る。

そういえば、先輩から聞いた。この地下街の奥のほうに行くと洋菓子を食べれる店があるだとか。

(ユリを連れていくか。)

いつものコートと黒い方の仮面を手に取り立ち上がった。

「キキ、お留守番しててね。」

そう言って小屋を飛び出した。



「にしてもレイから誘ってくれるなんて珍しいねー。」

今日のユリはご機嫌だ。歩き方もなんだかふわふわしている。

「ん、そもそもそんなに二人でお出かけしてるか?」

「したじゃん!八百屋だって私が誘ったし。リサイクルショップだって行ったじゃん。もう忘れたの?酷い!」

そう言って機嫌悪そうにそっぽを向く。

「いや忘れてないよ!ごめん。」

ユリにとってはお出かけになるのか。これは直さないと。外の世界の感覚で気軽に発言するのは良くないな。

「別にいいよ。それよりどこへ向かってるの?まだ聞いてないよ。」

今回は少し遠出になる。地下都市とまでは言わないが随分広い街だ。

「遠くに珍しいデザートを食べれるところがあってねそこに向かってる。」

「デザート!先に言ってよーもっと早く支度したのに。」

部屋を出てユリを呼びに行くと、彼女はおじいちゃんの朝ご飯の支度をしていた。洗濯や掃除などの家事を終わるのを待ってから誘い、今に至る。

「邪魔するのは悪いからさ。それにおじいちゃんにも迷惑かけたくないし。」

「気にしないでいいのに。お人好しなんだから。」

どの口が言う。思わず笑ってしまう。

「ははっ、ユリには勝てないよ。」

「なんだとぉ?」

両手でグー作りポコポコ腹のあたりを殴られる。
無論、全く痛くはない。

「まあまあ、おじいちゃんのお土産も買っていこう。」

「そうだね、何が売ってるのかなぁ。」

そんな話をしていると。停留所に着いた。

「よし。ここらへんに……」

今いるF番地からJ番地に向かうタクシーがあるはずだ。タクシーと言ってもバイクの後ろに荷台をつけただけもので、座れるように改造してある。

「え、ここ停留所じゃん。そんなに遠くにいくの!?」

「あれ、まずかった?」

「まずくはないけど、おじいちゃんに言ってないから…どこまで行くの?」

そこまで考えてなかった。相手の立場に立って考えるという、ごく当たり前のことが出来ない自分が嫌になる。

「J番地のJ2に行こうと思ってたんだけど…」

「まあレイと二人だし大丈夫…!」

周りを見て、自己中心にならないように人の気持ちを考えて。そうやって生きてきた、努力してきた。だけど気づかないうちに自分のことから考えてしまう。

「ごめん……俺考えてなくて。」

「いやいいよそんな!大丈夫だから、行こ?」

「うん、なるべく早く帰ろうか。」

人が出歩いているうちに帰れば問題ないはずだ。何よりユリが楽しみにしてくれている。

「あったよ、J番地行き。乗ろうか。」

「わかった。私初めてだタクシー。」

運転手になるべく早くと伝えて目的地に向かった。



 「これ何綺麗!透明だ。氷かな?」

メニューを持ってるユリの目はキラキラと輝いている。

「ジェラートかな。シャーベット状だから、シャリシャリしてる冷たいデザートだよ。」

「そんなものがあるのか…」

メニューを見ると、チョコチップクッキー、マカロン、カステラなど洋菓子を代表するものがずらりと並んでいる。

「どれが美味しいのかな。全部甘いんでしょ?悩むなぁ。」

らしくなくはしゃぐ彼女が可愛くて、思わずにやけてしまう。

ここに来て仮面があってよかったと思う。

「パフェ…?だって!色々入ってるよ。大きいしこれがいい!」

「もちろん。好きなやつ選んでいいからね。」

これで恩を返すとは思っていないが、今まで助けて貰ったユリに感謝の気持ちを込めて連れてきた。

「あ……!」

「ん?どうしたの。」

さっきまですごく楽しそうだったユリの音色が変わった。

「これ、すごく高い……」

ユリが見ていたメニューに目を通す。「濃厚牛乳プリン(650メント)」、「70%チョコムース(900メント)」。「マカロンのバスケット(1000メント)」どれもいい値段する。ユリの見ているいちごパフェは1200メントだ。

ちなみに、フォール・タウンでの一日三食の食費は平均200メントほどだ。

(ぐぬぬ…)

ただここまでユリを連れてきてケチるなんて事はしない。ましてやユリのためにお金を使うんだ。嫌な気なんてしない。

「好きなだけ頼んでいいからね。」

「ちょっと!メニューみた?これ一つで一週間は生活できる値段だよ…!慎重に選ばなきゃ。」

ユリの性格からか、なるべく俺への負担のない物を選ぼうとする。いや、ユリは家事だけでなく家計簿もつけているはずだ。普段の生活からすれば自然と慎重になってしまうのだろう。

「ユリ、お金は気にしないで、ユリへの感謝として連れてきたんだ。好きなやつを選んでほしいな。」

気になったものいくつでも頼んでほしいとこだが、きっとその性格柄、贅沢しろと言うのもかえって困らせてしまうだろう。

「ほんとに?」

「当たり前だ。」

ユリは一瞬申し訳なさそうな顔をしたが、俺の気持ちを読み取ったのだろう。すぐに頷いた。

「……わかった。じゃあこれにしよ。」

そう言って指さしたのは「サファイアのようなゼリーパフェ」と書かれた青い小さめのパフェだった。

「これでいいの?」

ユリが頷くのを確認してから、ピンクの狐仮面をしたウェイターを呼ぶ。

「自分も同じのにしよう。」

「どうせなら別々の選んでよ!交換して味見しよ?」

「確かに、そうしよう。」

注文を通してしばらく待つと、商品が到着した。

「お先にゼリーパフェです。イチゴパフェはもう少しお待ちください。」

俺はイチゴパフェを選んだ。最悪食費を削るつもりだったが、パフェの2つぐらい何とかなりそうだ。

目の前に置かれたのは、逆三角柱の容器に入った青く光る半透明のゼリー。容器の1番下にはクッキーの層が敷き詰められている。ゼリーの上には生クリームが乗っかっていて、小さなさくらんぼがクリームの隣に座っている。

「わぁ……すごく綺麗……」

ユリは感動したのか、目を大きく開けてパフェを見ている。

「ねぇ、レイ。透明なとこの真ん中をみて!」

ユリに言われた通り、視線を下げてゼリーの中身を見る。その中央には金色に光る三日月が浮かんでいた。

(なるほど、これは値段に見合っている。)

「ユリ?食べないの?」

ずっとパフェを眺めてるユリに質問をする。

「あっ…でもさ、これ食べちゃったらなんか勿体ない気がして……」

「ははっ、また食べに来ればいい。さっ、早く食べて。」

そう言うとやっとユリは渋々スプーンをゼリーに沈ませ、すくったものを仮面の下に運ぶ。

すると、腕をパタパタと動かして歓声をあげた。

「んんーー!美味しい!甘い!ぷるぷるしてる!」

小さな頭を振りながら喋るその姿は小動物のように可愛かった。

「ふっ……はっはっは!」

「ちょっと!ほんとだよ!?」

「ごめんってば、ユリの反応が可愛くってね、笑っちゃったよ。」

ユリは恥ずかしそうに顔を背ける。仮面の横から微かに見えるユリの輪郭が美しかった。

「ほら!食べてみてよ。」

ゼリーとホイップが乗ったスプーンが目の前にくる。

「えっ、うん…わかった。うん美味しい、甘いね。」

色々ちょっと恥ずかしかったけど気にせず食べる。
ブルーベリーの味だ。甘すぎないゼリーにホイップの組み合わせがなかなか癖になりそうだった。

やがてイチゴパフェが届き、2つのパフェを比べて楽しんだり、他愛ない会話をして幸せな時間を過ごした。

 「ユリはさ、表に出ないって言ったじゃん。」

「え?……そうだね。」

「表で行きたいところは無いのかなって思って。」

ずっと気になっていたことを聞いた。
ユリだって外から連れてこられた1人だ。外の記憶や行きたかったところなどあるのでは無いかと思った。

「うーん……私ね、とある会社を作った人の娘でね、ずっと会社にいたの。」

「会社?親が社長とか?」

「そう、有坂建設って言う会社の。」

「有坂建設!?」

思わず大きな声を出してしまう。

「ちょっと、声大きいよ。」

「ごめん、びっくりしちゃった。」

有坂建設は建設業だけでなく様々な業種に携わり、世界規模で活躍する超王手企業だ。
その会社の娘となると、とてつもなく裕福な家庭に生まれたということになる。

「そう、でもね。」

弱々しい声でユリは続ける。

「そんなにいいものじゃないよ。お金があるだけ、ほとんどのことは制限される。家は会社の最上階にあったの、友達なんかいないし学校にも行かず家庭教師と勉強ばっかりだったよ。」

 思いもよらないユリの過去があった。

「お父さんはね、ずっと同じことを言ってた、「力を持ちなさい。」って。稼ぐ力、人の上に立つ力、そんなのばっかり。子供ながら頭おかしいと思ったよ。お金や権力、私はそんなのどうでもいい。」

「だからね、あんまり分からないんだよね。行きたい場所とか、やりたい事とか。……ここはね会社より広いんだ。」

人生のほとんどを知らない子供を会社という牢獄に閉じ込め、自分の思想を押し付ける。

いかれてる。

そんな環境より、自分で稼いで自分の生活を支えるこの場所の方が随分マシに見える。だからと言ってこの『フォール・タウン』に居る方がいいとも言えなかった。

彼女は選択をした。

「そうか……自分の意思なんだね……?」

「やっぱりレイは鋭いね。」

そう言うとユリはニコッと笑ったような気がした。無論、真実は仮面の下。

正直驚いたが、ユリの判断に意見するつもりはないし、俺にそんなに権利もない。だから、ユリの過去については何も言わなかった。

「じゃあさ、見てみたい物や触ってみたい物とかは?」

何も知らない少女に少しでも知らないことを体験させてあげたかった。

「見たいもの……」

「たとえばさ、キキと会った時みたいな。」

彼女はここに来るまで猫も触ったことがなかった。

「なるほど……あ、ひとつある。」

ユリは思い出したように手を叩いてから、右手の人差し指を仮面の前で立てた。

「特別に教えてあげるよ、上の名前はもうほぼ言ったようなものだけど、私の本名ね、有坂 雪って言うの。」

「雪……」

「そう、雪を見てみたい。私が住んでいた街は、雪の降る街じゃなかった。だから見たことないの。知ってるのは……白くてキラキラしてるって本で読んだだけ。」

彼女は不確かな記憶を思い出すように、遠くを見つめて言った。

「そうか、その通り。見せてあげられないけど、ユリの思ってる通りだよ。雪は、キラキラしてるんだ…」

「ふふっ、良かった。」

無邪気な彼女はそれを聞いただけ満足したのか、足を揺らして鼻歌を歌っていた。

彼女の見たいものは、彼女が想像する通りだった。だけどそれは同時に、俺が見せてあげられるものじゃなかった。



 帰りの道でユリに背中をたたかれた。

「レイ、ありがとう。」

ユリは背伸びをして、俺の耳元でささやいた。

「ごめんね、こんなことしかできなくて。でも喜んでくれたならうれしいよ。」

ユリは首を振って歩き出す。

「私さ、ここに来てから辛いこともあったけど楽しいこともあったよ。その中でも特に楽しい時間を過ごせた、レイのおかげだよ。」

ユリはゆっくりと、噛みしめるように言葉を発した。

(ほんとに優しい子だ…)

いままで生きてきた人生で、彼女ほど素直で謙虚な人に会ったことはない。
俺はコートのポケットから小包をだした。

「俺もユリに感謝してるよ。これさ…なんていうか感謝の気持ちとして。」

本当はさりげなく渡すつもりだったが、だいぶダサい感じになってしまった。俺は本番に強いタイプだと勝手に思っていたが、彼女の前ではそうでもないらしい。

「ん?なーにこれ。」

ユリは気にしないで小包を手に取り、それを眺める。

「あけていい?」

「もちろん。」

ユリはゆっくりと袋を開ける。中から現れたのは、雪のような真っ白に膨らんだ洋菓子だった。

「わぁ…これ、どうしたの?食べ物…?」

まだユリにはそれが何かわかっていない様子だった。中から一つ取り出し、手のひらの上で転がした。

「これはマシュマロっていうお菓子だよ。」

実はユリとパフェを食べた店を出る前、席を外しておみあげ用のお菓子を買っておいた。席を離れると言ったときユリは少し首を傾げたが、わかったよと言ってくれた。

「雪が見たいって言ってたじゃん?それの代わりって言ったらなんかつまらないものみたいになっちゃうけど。」

「えー!ありがとう…こんなものまでもらっちゃっていいの?」

「うん、食べてみて。」

きっと彼女はプレゼントをもらった経験が少ない。何かブレスレットとか物として残る装飾品をプレゼントしようと思ったけど、知識も何もなかったためとりあえずお菓子を送った。

(装飾品はユウに相談してから買うか)

「こんなの貰ったら私。どうやってお礼したらいいかわからないよ…」

マシュマロを見つめたまま立っているユリは、今にも泣きそうな声でつぶやいた。

「えっ…!ちょ、泣かないで、え、どうしよ…!」

まさかそこまで喜んでくれるとは思いもしなかった。どうすればいいかなんて経験があまりもないため立ち尽くす。

「ふふっ、泣かないよ。本当にありがとござます。」

そういって綺麗なお辞儀をしてくれた。渡した側なのに自分のほうが焦っていた。

「え、あ…ありがとう。」

「なんでレイがお礼するの!おっかしい!」

そういって俺にマシュマロを一つ渡し、一つは自分の口に入れた。
それを見て俺も貰ったマシュマロを口に放り投げる。それは甘さだけ残し、雪のように溶けて消えた。

「んん~!あんまーーい!めちゃくちゃおいしいよこれ。」

ユリはちょこまか動きながら喋る。

「マシュマロは俺も久しぶりに食べた。表でもあまり食べてないな。」

「マシュマロ…大事に食べるね。」

ここに来てから食べ物に感謝をすることが増えた、当たり前だと思っていたことが、当たり前じゃなかったと気づかされた。

「また出かけよう。」

並んで歩く俺たちの距離は少し縮まった気がした。


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