【映画感想】『VORTEX ヴォルテックス』 ★★★☆☆ 3.9点

 評論家の夫と元精神科医の妻の夫妻は、それぞれが心臓病と認知症を患っていた。妻の認知症の症状の急激な悪化により、二人の生活環境は瞬く間に悪化していく。離れて住む息子は介護施設への移住を進めるが、二人は聞き入れず、息子も薬物依存の過去から積極的には両親の面倒を見ることができずにいた。刻々と事態が悪化していく中、ある出来事から事態は大幅に動き出す。



 本作の一番の特徴は全編スプリットスクリーンで画面が横に二分割されている点だ。左右の画面は同じ時間の別々のシーンを映し出しており、基本的には片方が夫、もう片方が妻の姿を追う。数秒単位でスポット的にであれば、様々な映画で見られる手法であるが、約2時間半ずっとこの構成というのは珍しい。この全編二画面という本作の構成については、ところどころ持て余しているように見えるシーンも散見されるものの、それでもハッとさせられるシーンも多く、試みとして非常に興味深い。

 例えば本作の一番の肝は、認知症の妻を夫が支えるという老々介護により家庭が崩壊していく様を描くところにあるのだが、夫が目を離している間に妻がとんでもないことをしているというシークエンスが、この2画面構成によって臨場感たっぷりに描かれている。こういった題材の作品の場合、カメラは基本的には健康な夫の方を追って、彼の視点で見た時に認知症の妻が何か決定的なトラブルを起こしてしまっているのを発見するというような流れが最もよく見る構成である。本作ではそもそもワンシーンがかなり長回しでなんでもない日常生活からトラブルまでの助走がかなり余裕を持たせてあるため、夫が目を離している最中に、妻がどういったきっかけからトラブルを起こし始めているのかが丹念に描かれる。それがゆえに、老老介護がどうして難しいのかが明瞭に視覚化され、その痛々しい現状がありありと伝わるのである。

 もう一つ、この手法で効果的に表現されているのが死の喪失感である。本作では認知症の妻を遺して、夫が先に心臓病で亡くなってしまうのだが、夫の死に伴って2画面の片側がブラックアウトし、残りの上映時間は片側の画面だけで展開される。正直なところ、2画面で全く違う映像が流れる本作はかなり見づらい作品なのだが、これが片側が潰れてすっきりとした一画面になってしまうととてつもない喪失感なのである。シンプルながら非常に効果的な映像手法であると言える。



 本作のもう一つの特徴は作品のドラマ性を大きく削ぎ落とした脚本にある。本作を一言で言ってしまえば、高齢夫婦が亡くなるまでの物語であり、そこに大きな物語上のイベントはほとんど用意されていない。あっても精々、夫の執筆原稿を妻が勝手に捨ててしまったであるとか、勝手に妻が外出して行方不明になりかける程度のことである。

 さらに前述の通り、本作ではワンシーンが長く、一つ一つが20-30分程度の長回しとなっており、その長いシーンのほとんどは電話をするであるとか、仕事をするであるとか、家の中をウロウロするであるといった、なんということのない場面で構成されているため、さらに”何も画面上で起こらない”印象の強い作品となっている。

 物語の終盤では夫と妻のそれぞれに最期の時が訪れるのだが、起伏の少なくストロークの長いこの作風のため、観客はこの主人公夫婦の死を悲しみもなく恐れもなく、ただ淡々と受け入れることとなる。この死とその前段階である人生の終末になんのドラマ性も持たせないというのが、個人的に本作の一番の力点であり、かつ、メインメッセージであろうと思われる。つまり、死とはただただ枯れ果て消え失せていくことであり、そこになんの美しいドラマもないという非常に突き放したドライなメッセージがそこにあるように感じるのである。

 本作ではスタッフクレジットがまず流れてから本編が開始するという珍しい構成が取られており、そのために物語の幕引きとともにブツンと作品自体も終了するようになっている。この徹底した盛り上げなさ、そっけなさに、この作品独自の諦観に満ち満ちた人生観を見て取ることができる。

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