【映画感想】『カラオケ行こ!』 ★★★☆☆ 3.2点

 合唱部で部長を務める中学生の岡聡実は合唱コンクールの帰りに、ヤクザの成田狂児に突然カラオケへと誘われる。狂児いわく、彼の所属する組のカラオケ大会で最下位になると、組長に著しく下手な入れ墨を彫られてしまうため、なんとか歌を上達させ最下位を回避したいとのこと。狂児に説得された聡実は嫌々ながらも彼の練習に協力するが、そのうちに徐々に狂児に対して惹かれていってしまう。



 本作を語るうえでまず触れておくべきは、主演の綾野剛の演技の素晴らしさであろう。主人公の成田狂児は素っ頓狂な高音でX JAPANの「紅」を歌うような突き抜けた3枚目でありつつ、気の抜けた関西弁で人の懐に入り込むチャーミングさも併せ持ち、それでいて、ヤクザの若頭としてのピリッとしたダークな部分も兼ね備えた人物。子供がとっつきやすさを覚えるような子供っぽさを持ちつつ、子供が憧れるような大人の色香も同時に備えたキャラクターで、こんな男に思春期に出会ってしまったら、そりゃあ好きになっちゃうよねという魅力溢れる人物なのだが、これを綾野剛が実に見事に演じている。

 本作は兎にも角にもこの成田狂児のキャラクター性の強さがグイグイ引っ張っていく作品なので、ここがダメだと屋台骨が崩れてしまうのだが、この漫画みたいなキャラクター(そもそも漫画原作なので当たり前なのだが)を綾野剛が魅力的に、それでいて、実在感のある人物として完璧に体現している。



 一方、これを受けるもう一人の主人公・岡聡実を演じる齋藤潤の演技も素晴らしい。まず、ベースの低体温な演技トーンが実に自然で、あまり覇気のない中学生男子の演技の解像度が高い。それがゆえに狂児のヘラヘラとした小気味の良い関西弁との相性がよく、お互いがお互いの味を引き出しているため、聡実と狂児の会話劇はどれも小気味よく、それでいてクスリと笑えるものになっている。

 さらにこの自然な男子中学生の演技に、自身の体の変化への不安であったり、狂児に陶酔していく危うさであったりといった思春期らしい聡実の様々な側面も、これまた実にナチュラルに表現されており、とにかく全体を通して等身大の中学生男子の再現性が実に高い。

 本作は綾野剛と齋藤潤の化学反応が要所要所で炸裂しており、この2人の会話劇の小気味よさとおかしみ、そして、少しの危険な香りで物語がグングンと転がっていくのである。



 このように本作は、狂児と聡実のコミカルだけどちょっと危うくもある独特なBL的な雰囲気が肝であり、おそらく作品として狙ったであろうこの雰囲気はこのうえなく見事に醸成できている。……のだが、個人的にはこれが上手く行き過ぎているがゆえに、この作中で提示される狂児と聡実の人間関係のグロテスクさが作風のコミカルさに勝ってしまい、困惑しながら観てしまうというのが正直なところ。

 コミカルな作品の味付けでごまかされがちだが、この作品の骨子を取り出してみると、ヤクザに目をつけられた中学生がそのヤクザにずっぽりハマっていってしまうというかなりアンモラルな物語であり、”おもしろ”で消費するのはかなりはばかられる内容となっている。

 しかもこれは狙ってやっているのか否かが不明であるものの、そもそもの狂児の歌が初登場の段階でクセは強いものの比較的上手く、とても組のカラオケ大会で最下位を取るような歌声ではないうえに、聡実が狂児に具体的な歌唱法を教えているような描写もないため、二人の関係が「ヤクザの男が気に入った可愛い男の子をたぶらかしている」ように見えてしまうのである。

 さらに、例えば狂児が聡実との交流を経て、最終的にヤクザを抜けてまともな職業につくといった展開になるのであれば、まだ話は変わってくるものの、実際には狂児は最後まで積極的にヤクザ稼業に勤しんでいるし、逆に聡実の方がヤクザのカラオケ大会に飛び込んでしまうほどに反社会に引っ張り込まれてしまっている。

 そして、そういった構造上の大きな問題を内包したうえで、本作は作品全体のコメディテイストに反して、聡実が狂児に惹かれていってしまう経緯をかなり繊細かつ実在感たっぷりに描いており、さらにこの明らかに反社会的な児童ポルノ的展開に作品として特に批判的な姿勢も示していない。ストレートに受け止めるにはアンモラルすぎるけれども、コメディとして見るには湿度が高すぎるというアンバランスさが実に座りが悪いのである。



 確かに綾野剛が演じるおちゃらけていて子供に優しく、それでいてダーティな危険な香りも漂うお兄さんはカッコよかったし、そんなお兄さんに心惹かれてしまう思春期の少年の心模様が丁寧に描かれる物語は大変興味深くもあった。さらに、制作側がこの作品をどういったジャンルの作品として、どういったスタンスで送り出しているのかも正確なところは分からない。

 ただ、おそらくはコメディ映画として世に送り出されているであろうこと、そして少なくとも大衆側はこの作品を笑って泣ける青春映画として需要するであろうことを考えると、やっぱりあまりにもアンモラルすぎて引いてしまいますよというのが個人的な感想である。

 本作が漫画原作であることも踏まえると、ある程度の実在性や現実性が脱臭されるアニメ作品として本作が制作されていれば、また印象が変わっていただろうなと感じる。少なくともこの物語をコメディとして消費するには、綾野剛と齋藤潤の醸し出す空気の湿度と実在感が高すぎた。

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