【映画感想】『PERFECT DAYS』 ★★★☆☆ 3.9点

 東京でトイレ清掃員として働く男性・平山は毎日同じ時間に起き、毎日同じように清掃に励み、毎日同じように夜の余暇の時間を過ごしていた。淡々と同じことを繰り返しながら生きている平山であるが、少しのイレギュラーから彼の過去が徐々に垣間見え始める。



 全体としての大きなストーリーラインのようなものはあまりなく、一人のトイレ清掃員の男性の日常風景をただただ延々と追っていくという劇映画としてかなり特殊な作りとなっている本作。本当にほぼほぼ作業のような彼の日常を描き出すだけなのだが、これがとにかく映像的に心地よい。主人公である平山は同じ時間に自然と目を覚まし、朝の日課を済まして、渋谷中のトイレを清掃してまわり、帰宅後は銭湯につかった後に、行きつけの居酒屋で一杯ひっかけ、文庫本を読んで床につく。このサイクルを作中幾度となく繰り返すのだが、この一つ一つの所作に無駄がなく、実にキビキビとしていてリズミカルであるため、観ていくとドンドンと不思議な快感が生まれていくのである。

 さらに、そこには映像的な快楽に加えて、ある種の丁寧な暮らしやミニマリズムへの憧れによって誘起される快楽も含まれている。平山の住むアパートはお世辞にも褒められたものではない汚いボロアパートであるし、仕事もきつい割に儲けの少なそうなエッセンシャルワーカー、さらには独身で子供もいない。平山は経済的・社会的観点から言えば、まごうことなく弱者である。

 しかし、彼には読書や写真撮影、拾ってきた植物の世話といった金のかからない豊かな趣味、行きつけの地下街の居酒屋でいっぱいやったり、近所の銭湯に通ったりするような適度な息抜き、そして、木々の木漏れ日やちょっとした人々の感情の機微に喜びを感じ取る繊細な感受性があり、これらが確実に彼の人生を豊かなものにしているのだ。平山は現代人が日々追われる資本主義による競争や世間体への意識から完全に解き放たれた存在であり、そこが資本主義と社会にまみれた我々現代人には果てしなく眩しく見える。このある種の理想的な人格を有した人物の理想的に豊かな生活を覗き見る快楽、それがこの作品には詰まっているのである。



 正直、ひっかかる点も多々ある。まず、主人公に設定を盛りすぎている。貧しい平凡なトイレ清掃員のように見えた主人公が、物語の進行とともに実は裕福な家の生まれであり、訳あってそんな生活を捨ててきたことが明らかになる。そして、そんな影のある過去のせいか、裕福な姪からも、同僚の清掃員が狙っていたガールズバーの店員の女性からも、馴染みの居酒屋の女将からも好意を寄せられる。役所広司がやっているから絵にはなっているが、「俺ァそんなつもりないんだが、方方から言い寄られちまってネ」憧れが強すぎて、盛れば盛るほど当初の小市民感が薄れていく。

 また、トイレ清掃という過酷なエッセンシャルワークを描いておきながら、出てくるトイレがどれも妙に綺麗なのはかなりの欺瞞であると感じる。屋外の公衆便所なんていったら、もっと糞尿や吐瀉物にまみれているはずで、そういった視覚的に汚いものを描かずに、世捨て人感だけを掬って描くのは題材に対して誠実ではないと感じる。



 全体としてストーリーについては社会性があるようで意外とない作品であると感じるのだが、映像的な快感は強い本作。この映像的な心地よさはもちろん編集の貢献が大であるとは思うものの、この卒なくきびきびとした男を演じる役所広司の力量も間違いなく大きい。第76回カンヌ国際映画祭男優賞受賞も納得の演技である。

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