椿あやか (Tsubaki Ayaka)

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椿あやか (Tsubaki Ayaka)

●文学修行中●第18回坊っちゃん文学賞大賞受賞★ショートショートガーデン→https://short-short.garden/author/807946 ★ベリショーズ(雑誌/定期寄稿)→ https://twitter.com/short_magazne ★その他雑誌掲載多数

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    「人魚屋敷の脳先生」のまとめ記事です。

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人魚屋敷の脳先生 (第1話/全26話)

01  文机に向かって終日原稿を書いていた。  あの日から毎日書いている。書き続けている。  しかし一向に書き上がる気配がしない。  そろそろ休もうかと思った所に傍らの金魚鉢から彼女が話しかけて来た。  手のひらに収まるほどの、小さな小さな彼女。  上半身はひな人形のように整った面立ちの女人である。  しかしながら、下半身は鮎のような虹色の鱗に包まれている。  人魚である。  彼女が揺れるといつも花のような甘い香りがする。  ──旦那さん。旦那さん。 「なんだい?」  ──

    • 人魚屋敷の脳先生 (第26話/全26話)

      26  こ  こや  こやなぎ  こやなぎくん  小やなぎくんの  小柳君の云う通り、僕は『夢海石榴』を書いた後に『人魚の話』を書いた。  そして世間様に発表した。  僕の家に人魚が──居る事は公となった。  我が家はご近所からだけでなく「人魚屋敷」と呼ばるようになり、僕は読者諸賢からも「脳先生」と呼ばれるようになった。 「月の底」の時以上に一風変わった愛読者からの手紙が増えた。  しかし、僕は今、あらゆる事を書き切り、精魂尽き果てている。  体調を崩し、臥せる事が多く

      • 人魚屋敷の脳先生 (第25話/全26話)

        25  ぱちり。  人魚と目が合った。   ──旦那さん、あたし。言葉の海、怖かったわ……。 「うん」  いつ帰って来てもいいように、ぴかぴかに洗って磨いておいた金魚鉢。  新しく植え替えた青い水草。  その上に彼女をそうっと寝かす。  可愛らしい箱に入った餌もある。  そうして気付け薬を一つまみ入れると蒼白だった顔に徐々に頬に朱が差してきた。  ──旦那さんは、あんなに広くて深くて恐ろしい海を、ずっと独りで泳いでいたのね。 「……」  ──あと、あとね。御免なさい。ビー玉

        • 人魚屋敷の脳先生 (第24話/全26話)

          24 【夢海石榴】   作・東雲光太郎  闇の中でしか咲かない花があった。  どのように実を結び、種を作り、花を咲かせるのか一切が謎に包まれた、幻の花である。    何しろ古い文献や異国の古ぼけた写真しか残されて居ないので、多くの人々には存在すら訝しがられているが『その手のモノ』を好む夢追い人達の心の中には確実に存在していた。  その為、夢々を媒介してしか繁殖出来ないのだとの伝承も伝わっている。  そして、その花を手にした者は『真の幸福を手に入れる』とも、『真実の愛を手に

        • 固定された記事

        人魚屋敷の脳先生 (第1話/全26話)

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          人魚屋敷の脳先生 (第23話/全26話)

          23  硝子の前をウロウロと行ったり来たり泳いでいると、急に尾鰭に激痛が走った。  驚いて足もとを見ると、ウツボが喰らいついていた。  私を再び海の底へと引きずり込もうとする。  ──脳先生。脳先生。  ──かわいそうな脳先生。  ──人魚屋敷に一人きり。  ──イカレているから、あんな夢や幻みたいな話を書くのさ。  ──イカレているから、空っぽの金魚鉢に話しかけたりするのさ。   ──イカレているから、『あんたみたいに居もしない娘』に夢中になるのさ  うるさい! うるさい

          人魚屋敷の脳先生 (第23話/全26話)

          人魚屋敷の脳先生 (第22話/全26話)

          22  二、三日寝てだいぶ復調した。  久しぶりに病院にも行ったし、帰りがけに資料の購入と野暮用の為、神保町と銀座の宝飾店にも寄った。  軽く人酔いしたので帰宅後、また少し横になる。  タエさんが用意してくれた茶と梅がゆを喰うと身体が温まった。  腹に温かいモノを入れたせいか、ようやく気持ちの方の腹も決まり、書斎に向かう。  原稿用紙をのぞき込めば、活字の海を右往左往する人魚が見える。  人魚よ。お前が戻ってきてくれたら一番にあげたいものがあるんだ。  もちろんビー玉なんか

          人魚屋敷の脳先生 (第22話/全26話)

          人魚屋敷の脳先生 (第21話/全26話)

          21  あたしはビー玉を探し出して、金魚鉢に──あの人の元へ帰ろうとおもったの。  砂煙で巻き上げられた躯をくるんと翻して再び海の奥深く、綺羅綺羅光る玉へ手を伸ばした。  ──あはははは。  きゃっ!  ──残念。残念。これはアタシの提灯だよ。  砂煙をがさつに巻き上げながら提灯鮟鱇がゲタゲタ嗤う。  ──必死にしがみついちゃってサ。  岩にへばり付いた貝が云う。  なによ。あたし、何にもしがみつかずに泳げるわよ。  ──違う。違う。  ──あんたの旦那。  ぬ。とウツボが

          人魚屋敷の脳先生 (第21話/全26話)

          人魚屋敷の脳先生 (第20話/全26話)

          20  恐ろしい夢を見ていた気がする。  目を醒ますと布団に寝かされていた。  僕は凄まじく冷や汗をかいていた。  タエさんと小柳君が心配そうな顔で僕を覗き込んでいる。 「先生、先ほどは失礼を致しました」 「いえ、こちらこそみっともない所をお見せ致しまして……」  会話を続けようとした所でタエさんが割って入った。 「先生、まだお顔の色が優れません。それに震えていらっしゃいます」 「──そうかね」 「そうです。今、温かいお茶をお持ち致しますので、そちらを召し上がったら小柳様に

          人魚屋敷の脳先生 (第20話/全26話)

          人魚屋敷の脳先生 (第19話/全26話)

          19  ──あの蝶。  ──可哀想な事をしたな。  ──何も殺すことなかったんだ。  ──そうだ。  ──明日、蝶の墓を作ってやろう。  月が隠れてしまったので、目を開けても閉じても真っ黒だ。  これじゃ、寝ているのか起きているのかわからない。  僕は少しでも寝心地の良い姿勢を探って、モゾモゾと体を動かした。  蕎麦殻枕のカシャカシャという音が響く。  右を下にして横になり、手足をちぢめる。  そうやって蛹のように丸まって。  どろり。  いつもの夢に熔けてゆく。  カシャ

          人魚屋敷の脳先生 (第19話/全26話)

          人魚屋敷の脳先生 (第18話/全26話)

          18 「何だか気味の悪いおばあさんでしたね」   その日の晩御飯は祖父の通夜の時みたいに、母も僕も喋らず、ただ黙々と機械的に箸を動かしていた。 しかし長い沈黙に耐えかねた母がついに口を開き、続けてわざと明るく言った。 「私は、山姥かと思いましたよ」  母は異様な風体の老婆に驚き、僕が蝶を燃やしたのを見ていなかったようだ。 「お母さま。人を見かけで判断しちゃいけないっていつも仰るじゃないですか」  僕は心にも無いことを言った。 「そうね。ごめんなさい。ああいう場所だから余計に

          人魚屋敷の脳先生 (第18話/全26話)

          人魚屋敷の脳先生 (第17話/全26話)

          17  僕は闇雲に走っていた。  このあたりまで来ると、お墓も比較的新しく、崩れている様なものは無い。  だけどお墓の大きさはまちまちで、中には僕の背よりも高いものもあり、視界を遮られる。  それに、みっしりと並んで建てられているから、やはり視界は悪く、方向感覚がおかしくなる。  迷路の中を走っている気分だ。  僕は汗だくだったけど、これは夏の暑さのせいなんかじゃなくて、冷や汗とか脂汗とか言われる類の汗なんだろう。  ぬるりとした不快な汗は、僕の体温を奪いながら、ボタボタ流

          人魚屋敷の脳先生 (第17話/全26話)

          人魚屋敷の脳先生 (第16話/全26話)

          16  僕は山門をくぐり、カシャカシャと玉砂利を踏みつけて、お寺の境内へと入っていった。   黄色い菊の花を持った母はずいぶん先へと進んでいて、慌てて後についていく。 本堂の裏手に進むと、一面に墓地が広がっている。  右手には、沼だか池だかわからない大きな水溜りがあって、蓮の花が綺麗に咲いていた。  その沼に面した一番本堂に近い場所に、黒い御影石でできた墓がある。祖父の墓だ。 僕は去年よりずいぶん背がのびたので、墓のてっぺんを見ることができた。 鳥の白い糞が異様に目立つ。

          人魚屋敷の脳先生 (第16話/全26話)

          人魚屋敷の脳先生 (第15話/全26話)

          15  舞台を寒村地方にしているが、実際はこの家の柿の木の葉を掃除していた時にふと頭に浮かんだ光景を書いた。光り物が好きな事を揶揄されるくだりは僕自身がモデルである。  その後、少年が天狗から解放される際に銀のバケツは返されるが、それには神通力が備わり、覗き見ててみれば人の頭の中が見えるようになっていた──という、児童雑誌に依頼されて書いたお伽噺である──つまり、小柳君は『神隠し』の間、天狗に拐かされていたという事になる。 「実はね、先生……バケツだけじゃないんです。あれ以

          人魚屋敷の脳先生 (第15話/全26話)

          人魚屋敷の脳先生 (第14話/全26話)

          14  庭で落ち葉を掃き集めていると影がさした。   烏たちがじっと僕の仕事を見つめているのが気配でわかる。  やつらは光るモノが好きだから、僕が手伝いをして貰った駄賃で集めた大事な宝物、ビー玉、ピン止め、ジュースの王冠などをかすめ取ろうとして居るのに違いない。  本当に烏たちときたら気ままに空を飛び回り庭の柿の実なんかも勝手に食べて、ただ僕を見物していてずるい。  こんな寒い日は僕だって手伝いなんかしたくない。重い斧を振り上げてマキを作り血豆が潰れたり、冷たい川の水で洗濯

          人魚屋敷の脳先生 (第14話/全26話)

          人魚屋敷の脳先生 (第13話/全26話)

          13 「君も僕の頭がおかしくなったと思いますか?」 「先生、私は先生の作品に憧れて編集者になったのです。……ですので金魚鉢に人魚が居ようと居なかろうと、その人魚が先生にだけ見えていようが、見えていなかろうが、どっちだって構いやしません。でも」 「でも?」 「そのお話、書いて下さいませんか」 「その話というのは……? 人魚が居るとか見えるとか、やはり死んだ……とか書けというのですか?」 「全てそのままじゃなくてもいいんです。その浪漫を、空想を、そして心に響いた事を書いて下さい

          人魚屋敷の脳先生 (第13話/全26話)

          人魚屋敷の脳先生 (第12話/全26話)

          12  人を書斎に通すのはいつ以来だろう。  南向きの庭に面した窓に紫檀でしつらえられた猫脚の文机。右手にも紫檀製の小さな違い棚があり、辞書や金魚鉢が置かれている。  それ以外は四方を本や原稿の束でに囲まれた簡素な部屋だ。  僕は立ち話も何だから……と、文机の前に座り、やや緊張した面持ちの小柳君に来客用の座布団を差し出した。  小柳君は居住まいを正すと、おもむろに切り出した。 「……先ほど、ご近所で伺ったのですが」 「どうせろくでもない噂でしょう」 「ろくでもないかどうかは

          人魚屋敷の脳先生 (第12話/全26話)