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〔ショートストーリー〕Change

変わる時が来た。ただ耐える日々はもう終わりだ。朝食を食べ終わると、僕はいつもの度の強い眼鏡を外し、テーブルに置いた。
「もうその眼鏡は要らないの?」
まだ眼鏡をかけたままの母が問う。僕はしっかりと頷いた。
「うん、置いていくよ」
「そう。じゃあこっちも準備しておくわね。行ってらっしゃい」
母の優しい声に励まされるように、僕は高校へ向かった。

僕の学校は歪な牢獄だ。外の常識が中では非常識になることもあるし、出るのも入るのも自由なようでいて、見えない枷に縛られている。みんな自分のポジションを意識し、そこから外れないように役割を演じているだけ。強い者と弱い者。何をやっても許される者と、何もかも否定される者。頑張るのはここまで、ふざけるのはこのぐらい。そんな自覚とさじ加減が何よりも大事なのだ。僕たち生徒だけじゃない、先生もそう。引っ越しと同時に転校してきて1年、こんなゲームはもう充分だ。最後はそっと消える予定だったのだが、事情が変わった。僕が消える前にやらなければならない事がある。考えながら歩くうちに、学校が近付いてきた。

「おう、今日も休まず登校か?」
「偉いねえ、尊敬しちゃうよぉ」
「今日も俺たちと遊びたいんだよなあ?」
校門のそばで、いつもの奴らが絡んでくる。そろいも揃ってガラも悪いが、頭も性格も悪い。誰かを痛めつけることでしか自分の存在を示せない、吐き気がするほど残念な奴ら。
「あれ?今日は眼鏡どうしたのかな?」
「壊されるからやめたとか?」
大声で言いながら、僕の肩に汚い手を回してきた。
「触るな」
僕の静かな声に、奴らは一瞬顔を見合わせると、ゲラゲラ笑い出した。
「えー?なにー?聞こえな」
「飛べ」
僕に汚い耳を傾けようとした奴が、一瞬で数メートル後ろに飛んだ。そこで2、3度後ろに転がると、ボロ切れのように動かなくなった。全く、素直に手を離せば良かったものを。
「な、何だ…どうなったんだ?」
残った奴らはパニックになっている。もういい、情けは無用だな。考えるのも面倒になってきた。僕は奴らの顔を見て言った。
「飛べ」
残った奴らも数メートル後ろに飛んで、倒れて動かなくなった。さっきまで賑やかだった他の生徒たちも、水を打ったように静まりかえっている。

「おい、何をしている!」
この学校で一番クズの体育教師が、血相を変えて走ってきた。長いものには巻かれろ、を体現している教師だ。弱い者は高圧的に怒鳴りつければ良いと思っていて、パワハラもセクハラも得意技。類は友を呼ぶと言うが、こいつもそうらしく、さっきの奴らと仲が良い。「虐められるお前にも原因がある」と僕にドヤ顔で言ったこと、絶対に忘れない。
「おい、お前!何を」
「うるさい」
教師は喉が詰まったように声が出なくなった。口をパクパクしているが、擦れた空気音しか出ない。怒りにまかせて僕に掴みかかろうとするのをヒョイとよける。本当の身体能力は、コイツよりも僕の方がずっと上だ。種族が違うので当然なのだが、これまで上手く隠してきたおかげで誰も気付いていなかった。

僕に危害を加えようと焦るほど、教師は無様に大きくよろける。振り回す手は空を切り、怒りと恥ずかしさで顔が真っ赤になっている。いつも偉そうに僕を見下していたあの目の中に、怒りに混じって恐れが見えてきた。もう、頃合いかも知れないな。僕はにっこり微笑んで言った。
「先生、サ・ヨ・ウ・ナ・ラ」
恐怖に目を大きく見開いたまま、教師は霧のように消えて無くなった。

地球という星に調査に来て、こちらの時間で5年経った。地球人とはどういう者か、中でも、これから地球のあり方を決めていく若い世代はどうなのか、潜入調査をするのが僕の役目。紛争地域や飢餓に苦しむ地域での調査を経て、平和であるはずのこの地域に来たのだが、ここに平和は無かった。声の大きい愚か者が、正しい者や無害な者を意味も無く虐げる。ここに来て2か月もすると、僕はウンザリしてしまった。

だが、毎日あいつらから嫌がらせを受けている僕から、全員が目を逸らしていた訳ではなかった。そっと担任に「何とか彼を助けたい」と訴えてくれたクラスメイト達もいたし、担任も非力ながら懸命に僕を守ろうとしてくれた。彼らがいなければ、ここでの任務は早々に切り上げていただろう。「ここの人間を残す価値はない」と報告して。彼らのおかげで、この高校は消滅せずに済んだのだ。

ところがある日、僕のことを担任に相談してくれたクラスメイト達の一人が自殺を図ろうとした。何とかギリギリで僕が感知し阻止したため、未遂で終わりはしたが、原因は明らかだった。
「俺らのこと、チクっただろ?」
以前、僕のことを相談していたことが、何故か今になってバレてしまい、執拗に奴らから嫌がらせをされたのだ。そこまで仲が良い訳でもない僕を心配してくれるほど、心優しく純粋なクラスメイトは、1週間で心が折れてしまった。もう少しの間なら大丈夫だろうと、甘く考えすぎていた僕のミスだ。

また担任も、僕を守ろうと意見するたび、例のクズ教師から嫌味を言われ、邪魔をされ、孤立させられた。それでもまだ、担任は踏ん張ってくれているが、そろそろ限界かも知れない。僕はここから消える前に、ゴミを片付けて行くことを決めた。いろいろと後が面倒なので普段はここまでやらないのだが、今回は自分のミスを挽回したかったのだ。

僕らの能力は、地球人よりも遥かに高い。念じるだけで、地球人などどうにでも出来てしまう。うっかりその能力を使わないよう、ストッパーの役割をしていたのがあの眼鏡だった。あの眼鏡は、カメラとして日々の出来事を記録する傍ら、僕らの能力を抑え込むよう作られている。一見、普通の眼鏡のように見えるし、奴らにレンズを割られたりフレームを壊されたことも何度かあるが、一番大事な部分だけ壊されないように出来ている優れ物だ。だがもういらない。少なくともここでは。

「どうした!大丈夫か!」
僕を守ろうとしてくれた担任と、事なかれ主義の教師たちが走ってくる。先に登校していたクラスメイト達も、バラバラと続いて来た。僕は担任と、僕のために動いてくれたクラスメイト達だけを見渡して言った。
「短い間でしたが、今までありがとうございました。どうかお元気で、幸せな一生を過ごせますように」
僕は言葉に乗せて、ちょっとした祝福を贈る。人間が「祈り」と呼ぶ力の、もう少し強いもの。これで少しは彼らの役に立てたはずだ。
祝福を受けた者もそうじゃない者も、戸惑って呆然としているところへ、
「やるべきことは無事に終わったのね」
眼鏡を外した母が歩いてきた。
「うん、後は頼むよ」
「はいはい」
母は、いや…この任務の相棒は、軽く息を吸うとブワッと空気を振るわすように吐き出した。すると一瞬で、先生たちも生徒たちもフリーズする。
「どのくらいフリーズしてる?」
「今回はちょっと複雑だからねえ。まあ、1分ぐらいかな」
「流石だね、母さん」
「その呼び方、もうやめてよ」

彼らが動き出す頃には、僕らについての記憶は残っていない。記憶の部分消去、これが彼女の一番強い能力だ。ただ、僕が飛ばした奴らは、また誰かを虐めようとするとさっきの恐怖心が一気に甦り動けなくなるはず。僕は消去よりも、そういう「埋め込み」が得意なのだ。そして例のクズ教師はーー
「ね、あいつは消しちゃったの?」
「いや、別次元に飛ばしただけ。数日は行方不明になるけど戻ってくるよ。毎日毎日、朝から晩まで、あいつの被害者の立場を味わって貰う時間が必要だと思ったんだ。それでも今までと同じクズのままなら、その時は…」
「自ら消えるよう、埋め込んだのね」
僕は何も言わずに、ただニヤッと笑う。良心の呵責など、欠片も感じない。あいつはそれだけのことをしてきたのだから。

地球での任務はあと2年。この5年間いろいろな地域を回り、時には「親友」とも呼べる仲間が出来たこともある。あの学校の僕を助けようとしてくれた彼らも、僕にとっては大切な友人だ。だが、覚えているのはいつも僕だけ。彼らは何一つ覚えてはいない。
これからの2年も、きっと同じことを繰り返すだろう。少し淋しい気もするが、これが僕らの任務だから仕方ない。
「次はどこだっけ」
「あの独裁者の国よ。とにかく目立たないようにしないと、すぐに任務終了になるわね」
「うわあ、また面倒だなあ…」
僕らはここの暮らしの痕跡、人々の記憶や記録や居住地などを全て消し、次の任務先に飛ぶ。今度の僕らの設定は夫婦らしい。見た目と言語を切り替え、また新しい生活が始まろうとしていた。

(完)


こんにちは。こちらに参加させていただきます。

どうも最近、自分の書くストーリーが長くなりがちです。上手く短くまとめられなくて…💦何でだろう?

小牧さん、いつもありがとうございます。お手数かけますが、よろしくお願いします。
読んでくださった方、長くなってしまい済みません。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。



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