鮎川 まき/文学フリマ東京38 Q-35

でっかい川のある街で働きながらエッセイを書いています。 既刊→「子どもが欲しい、とい…

鮎川 まき/文学フリマ東京38 Q-35

でっかい川のある街で働きながらエッセイを書いています。 既刊→「子どもが欲しい、という気持ちが欲しい」「輝くスイーツ シャインマスカット」「いのちって感じのご飯」 booth→https://ayukawamaki.booth.pm/

マガジン

  • 日記

    思い出してフフッとしてしまう一言だったり、一日中考え続けていたことだったり。その日のハイライトをギュッと詰め込みます。

  • いのちって感じのご飯

    食事や食べ物にまつわるエッセイを集めました。懐かしかったり、不思議だったり。おいしいだけでは終わらないエッセイ集です。

  • 東京⇄岐阜の遠距離婚夫婦、家を買う

    2023年、妻は東京・夫は岐阜の遠距離婚をしながら岐阜県に家を建てました。 遠距離、コロナ…色々なハードルを乗り越えた我が家の一大プロジェクトのエッセイです🏠

  • 輝くスイーツ シャインマスカット

    文学フリマ東京37で初売りしたZINE「輝くスイーツ シャインマスカット」に掲載したエッセイです。 東京→岐阜へUターンしてからの日常を書いています。 冊子版では修正を入れているため、冊子とnoteのマガジンに多少の差異があることをご了承ください。

記事一覧

固定された記事

子どもが欲しい、という気持ちが欲しい

26歳の頃。1歳上の友人Aに子どもができた。 ワンピースをぽっこりと押し上げるその膨らみを、Aは手慣れた様子で、だけど丁寧になでる。 「まきは子ども欲しいの?」 「う…

野菜ジュース前、野菜ジュース後

振り返るとあれが境目だった、という瞬間がある。 ここ数年だと、コロナを思い浮かべる人が多いのかもしれない。 「紀元前」を表す「BC」が今や「コロナ前(Before Corona…

「あなたはどんな仕事をした人だと思われたいですか?」

ときどき「面接官」の仕事がある。 わたしの働く会社では、中途採用者を同じ職種の社員が面接するのだ。 ペアで面接官を担当するのはいつも同じ人だ。 アメリカのバスケ…

文学フリマ東京38に出店しました

5/19(日)開催の「文学フリマ東京38」に出店してきました!来場してくださった皆様、運営の皆様、ありがとうございました。 こちらは参加レポ&感想記事です。 当日販売…

右手に銃を構えて怒れ

三十代に入ってから、周りの友人がバタバタと休職し始めた。 久しぶりに仕事仲間とテーブルを囲むと、五人中三人が休職経験者だと気づく。 昨年も友人の一人が休職した。 …

飛行機で甘やかされる

健康診断が好きだ。 待合室でワイドショーをぼうっと眺める時間も好きだし、「こちらのソファで待ってください」「次は突き当たりの部屋へ」と促されるままに診察室を巡る…

文学フリマ東京38でエッセイを出します📖

本日はエッセイではなくイベント参加のお知らせです。 2週間後に迫りました「文学フリマ東京38」にエッセイ2冊で参加します! 出展場所場所は第一展示場のQ-35、入ってほ…

日記:Wi-Fiネットワーク名の名付け(2024/04/27(土))

カフェが提供しているWi-Fiを使うために、PCのWi-Fi設定を開いた。候補一覧を見ると、他の客が使っているだろうネットワーク名が並ぶ。 「oatmeal」 好物だろうか。オート…

「しっかり者」やめます宣言

言われても、あまり嬉しくない褒め言葉がある。 「しっかり者」「メンタルが強い」の二つだ。 嬉しくないのに、よく言われる褒め言葉トップ5には入っている。 「いやぁ〜…

西松屋へ行く

「鮎川さん、それなら西松屋へ行くといいですよ」 会社の飲み会が始まって三時間ほど経った頃だった。 人数は最初の半分ほどに減り、残ったメンバーもいい感じにベロンベ…

日記:本能にしたがって(2024/04/18(木))

ちょろちょろ……と水が流れる音がして、顔を上げる。その度に、ああ、給水器を買ったんだと思い出す。 給水器というのは猫用の水飲みだ。どんぶりくらいの大きさで、底か…

日記:4月の「小さな恋のうた」(2024/04/12(金))

昼休みは、朝でも夜でもない特別な時間が流れている。 太陽であたためられた空気が、ポンと置かれたようにただそこにある。 人や車の動きでむやみにかき乱されることもな…

日記:結局、直感(2024/04/08(月))

花粉と寒さが落ち着いたので、朝の散歩を再開した。 カギをポケットに入れてスニーカーを履くのはいつもと同じだが、今日は買ったばかりの帽子を被る。 真っ白の糸で編まれ…

日記:自己紹介と豆知識(2024/04/3(水))

新年度が始まり、わたしのチームにも新入社員がやってきた。 「じゃあ、一人ずつ自己紹介と……最近知った豆知識を言ってください」 「豆知識」の部分は自己紹介のお約束…

出張先で受けた性差別と、それに対して怒ることの難しさ

3泊5日の海外出張から帰ってきた。所属する部署の代表として、社長や役員と一緒の旅である。 しかし、帰りの飛行機の中で私は悲しくて悲しくて仕方がなかった。 部署代表…

日記:トイレに残された香水(2024/03/24(日))

駅ビルのトイレでズボンを脱ごうとしたら、トイレットペーパーホルダーの上に赤い小瓶を見つけた。 これは、忘れ物じゃないか! 小瓶を引っ掴んでドアを開けると、ハンド…

子どもが欲しい、という気持ちが欲しい

子どもが欲しい、という気持ちが欲しい

26歳の頃。1歳上の友人Aに子どもができた。
ワンピースをぽっこりと押し上げるその膨らみを、Aは手慣れた様子で、だけど丁寧になでる。

「まきは子ども欲しいの?」
「うーん、わかんない」

24歳で結婚してまだ2年目。私たち夫婦は子どもについて真剣に話し合っていなかった。

「わからないってことは欲しくないってことだよ。『欲しい!』って思わないうちは待ったほうがいいよ」

なるほど。そういうもんか

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野菜ジュース前、野菜ジュース後

野菜ジュース前、野菜ジュース後

振り返るとあれが境目だった、という瞬間がある。

ここ数年だと、コロナを思い浮かべる人が多いのかもしれない。
「紀元前」を表す「BC」が今や「コロナ前(Before Corona)」を意味する、なんて話もあるほどだ。

話が地球規模から我が家の冷蔵庫にまで小さくなるが、冷蔵庫の中身にも「あぁ、あの日が境目だったな」という瞬間がある。

夫と同棲を始めて、初めて一緒にスーパーへ行った日だ。

空っぽ

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「あなたはどんな仕事をした人だと思われたいですか?」

「あなたはどんな仕事をした人だと思われたいですか?」

ときどき「面接官」の仕事がある。

わたしの働く会社では、中途採用者を同じ職種の社員が面接するのだ。

ペアで面接官を担当するのはいつも同じ人だ。

アメリカのバスケ小僧が来ていそうなズルズルの古着を着て、飄々と仕事をする男性である。

「あー。ちょっと変な質問なんですけどぉ、林さんが定年を迎えるとき、どんな仕事をした人だと周囲に思われたいですか?」

「思われたいですかぁ?」に関西の響きを残しな

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文学フリマ東京38に出店しました

文学フリマ東京38に出店しました

5/19(日)開催の「文学フリマ東京38」に出店してきました!来場してくださった皆様、運営の皆様、ありがとうございました。

こちらは参加レポ&感想記事です。

当日販売していたエッセイ

今回は新刊・既刊の計二冊を持っていきました。

【新刊】子どもが欲しい、という気持ちが欲しい(94P/1000円)

「30歳になったけど、子どもが欲しいのか分からん!どうしよう〜!」をひたすら書いたエッセイ集

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右手に銃を構えて怒れ

右手に銃を構えて怒れ

三十代に入ってから、周りの友人がバタバタと休職し始めた。
久しぶりに仕事仲間とテーブルを囲むと、五人中三人が休職経験者だと気づく。

昨年も友人の一人が休職した。
SNSの投稿が減ったと思ったら「実はさぁ、休職中なんだよね」と打ち明けられてしまった。

こういうときは何て言えばいいのだろうか。「寝れてますか?」と「食べれてますか?」を繰り返すことしかできない。

「もう、仕事はほどほどでいいかなっ

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飛行機で甘やかされる

飛行機で甘やかされる

健康診断が好きだ。

待合室でワイドショーをぼうっと眺める時間も好きだし、「こちらのソファで待ってください」「次は突き当たりの部屋へ」と促されるままに診察室を巡るのも好きだ。

何より好きなのは採血。
注射は嫌いだけど、子ども扱いしてもらえるのはたまらない。

「倒れたことがあるので、ベッドで採血してもらえませんか?」

カウンターには座らず、眉毛をグッとハの字に下げて伝える。看護師さんの目尻が(

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文学フリマ東京38でエッセイを出します📖

文学フリマ東京38でエッセイを出します📖

本日はエッセイではなくイベント参加のお知らせです。

2週間後に迫りました「文学フリマ東京38」にエッセイ2冊で参加します!

出展場所場所は第一展示場のQ-35、入ってほぼ正面の列です

販売予定のエッセイ今回は新刊1冊、既刊1冊の計2冊を持っていきます。

【新刊】子どもが欲しい、という気持ちが欲しい(94P/1000円)

「30歳になったけど、子どもが欲しいのか分からん!どうしよう〜!」を

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日記:Wi-Fiネットワーク名の名付け(2024/04/27(土))

日記:Wi-Fiネットワーク名の名付け(2024/04/27(土))

カフェが提供しているWi-Fiを使うために、PCのWi-Fi設定を開いた。候補一覧を見ると、他の客が使っているだろうネットワーク名が並ぶ。

「oatmeal」
好物だろうか。オートミールって、「白米」のように単品で好きになるイメージがなかったのでなんか新鮮。

「clarinet」
おっ。クラリネットを吹いている人だろうか。わたしも、わたしも吹いてたよ!クラリネット! 

「cadenza」

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「しっかり者」やめます宣言

「しっかり者」やめます宣言

言われても、あまり嬉しくない褒め言葉がある。
「しっかり者」「メンタルが強い」の二つだ。

嬉しくないのに、よく言われる褒め言葉トップ5には入っている。
「いやぁ〜、鮎川さんは本当にメンタル強いよねぇ」
飲み会でジョッキを握りしめた男性が唸り、周りがしみじみと頷く。

「いやぁ〜↑↑」と上がり調子の声に込められたのは、感嘆か、畏れか、それともおだてか。分からないので、謙遜か受取拒否か分からないよう

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西松屋へ行く

西松屋へ行く

「鮎川さん、それなら西松屋へ行くといいですよ」

会社の飲み会が始まって三時間ほど経った頃だった。
人数は最初の半分ほどに減り、残ったメンバーもいい感じにベロンベロンな時間だ。そんなだらりとした空気の中で「子どもを……欲しくなりたいんです〜」と泣き言をこぼしたわたしに、二歳の息子を育てる同僚が言った。

「西松屋で子ども服を見ましょう! ちっちゃい服や靴がたまらなくかわいいですから。特に、七十セ

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日記:本能にしたがって(2024/04/18(木))

日記:本能にしたがって(2024/04/18(木))

ちょろちょろ……と水が流れる音がして、顔を上げる。その度に、ああ、給水器を買ったんだと思い出す。

給水器というのは猫用の水飲みだ。どんぶりくらいの大きさで、底から吸い上げられた水がてっぺんの小さな噴水から落ちて、ぐるぐる巡る仕組みになっている。

猫は、流れている水が本能的に好きだ。
我が家の猫も夫が毎日洗ってくれる水入れを無視しては、わたしが何日も放置しているキッチンの蛇口や風呂場の床を流れる

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日記:4月の「小さな恋のうた」(2024/04/12(金))

日記:4月の「小さな恋のうた」(2024/04/12(金))

昼休みは、朝でも夜でもない特別な時間が流れている。

太陽であたためられた空気が、ポンと置かれたようにただそこにある。
人や車の動きでむやみにかき乱されることもなく、風が吹いたら流れ、吹かなければそこに留まる。もったりとした、形をかろうじて保った生クリームのような空気。
その中を自転車でゆっくり進むのが好きだ。

昼休みに仕事場へ向かって自転車を漕いでいると、聞き慣れない低音が耳に飛び込んできた。

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日記:結局、直感(2024/04/08(月))

日記:結局、直感(2024/04/08(月))

花粉と寒さが落ち着いたので、朝の散歩を再開した。
カギをポケットに入れてスニーカーを履くのはいつもと同じだが、今日は買ったばかりの帽子を被る。
真っ白の糸で編まれたバケットハットだ。

ここ数年は暑さが強烈になり、日焼け対策も兼ねてちょっとした外出や散歩で被れる帽子を探していた。

昨夏「バケットハット」「帽子」と検索した総時間はもはや計測不能だ。
今でもあちこちの通販サイトの「お気に入り」には、

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日記:自己紹介と豆知識(2024/04/3(水))

日記:自己紹介と豆知識(2024/04/3(水))

新年度が始まり、わたしのチームにも新入社員がやってきた。
「じゃあ、一人ずつ自己紹介と……最近知った豆知識を言ってください」

「豆知識」の部分は自己紹介のお約束で、リーダーの小さなおふざけだ。過去には「住んでみたい場所」とか「子どもの頃の夢」なんてのがあった。

思いついた人から自己紹介ね、の一言で全員が焦ったような困ったような顔で黙る。

わたしは会議が止まったのをいいことに、マイクをオフにし

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出張先で受けた性差別と、それに対して怒ることの難しさ

出張先で受けた性差別と、それに対して怒ることの難しさ

3泊5日の海外出張から帰ってきた。所属する部署の代表として、社長や役員と一緒の旅である。

しかし、帰りの飛行機の中で私は悲しくて悲しくて仕方がなかった。
部署代表としての務めもしっかり果たしたのに、帰国して丸一日経った今も、自分が受けた仕打ちに怒り悲しんでいる。

そしてその怒りは、一緒に出張に行ったメンバーにはどうせ伝わらないだろうと思い、ここに書くことにする。

最終日、現地で働く日本人との

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日記:トイレに残された香水(2024/03/24(日))

日記:トイレに残された香水(2024/03/24(日))

駅ビルのトイレでズボンを脱ごうとしたら、トイレットペーパーホルダーの上に赤い小瓶を見つけた。

これは、忘れ物じゃないか!

小瓶を引っ掴んでドアを開けると、ハンドドライヤーで手を乾かしている女性と目が合う。

「あの、これ」
「あっ。わたしじゃないです」

何か言いかけるよりも早く、その人は笑顔で手を左右に振った。
(分かってますよ、置いてありましたよね)
そう優しい目で言いながら。

あ、はい

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