見出し画像

【書評】『フットボール風土記』とあわせて読みたい二冊の本 『股旅フットボール』『サッカーおくのほそ道』(宇都宮徹壱)

なぜ今、書評を書くのか

というところから、OWL magazineの読者の皆様には話を始めようと思います。僕が今回書評を書くのは、宇都宮徹壱さんの『股旅フットボール』(以下『股旅』)と『サッカーおくのほそ道』(以下『おくのほそ道』)です。

画像1

宇都宮さんは、OWL magazineに数多く寄稿していただいており、OWLにとって非常に縁の深い方です。今月には新刊『フットボール風土記』(以下『風土記』)を出版されました。

今月のOWL magazineでは、宇都宮さんにまつわるオムニバス記事が一つ既に出て、もう一つ出る予定です。一つは、初めて出会った宇都宮さんの本について書いた『私たちはいかにして「宇都宮徹壱」に出会ったのか【OWLオムニバス】』です。

そして、もう一つは新刊である『風土記』の感想です。どちらも『風土記』をより多くの人に読んでいただきたいという希望とともに、改めて宇都宮さんの魅力を再発見できないかという思いで企画されたものです。

この企画に乗じて、僕も宇都宮さんについて何か記事を書いてみようと思い立ちました。そこで『股旅』と『おくのほそ道』の書評です。読書家と大層胸を張って名乗れるかはわかりませんが、僕は本が大好きです。サッカーも同じくらい大好きです。つまりサッカーと本が掛け合わさる「サッカー本」はいわば大好きの二乗です。当然、宇都宮さんの本も読んでいます。

特に『股旅』は僕が読んだサッカー本の中でも、最も強く印象に残った本の一冊です。少し思い出を語ります。読んだ当時、僕は中学2年生、14歳でした。読み始めると内容の興味深さに一気読みした記憶があります。読んだ時期はちょうど夏休み中で、国語の宿題として読書感想文が出されていました。そこで僕はこの本を題材に感想文を書きました。先生の評価はなんと上々。おそらく先生の意図とはまったく合っていないであろう本を題材にしたにも関わらず、公正な評価をしてくれた先生に感謝するとともに、宇都宮さんにも密かに感謝した覚えがあります。最近、読書感想文のあり方そのものがSNSで話題に上がっていました。多分当時の僕であれば、「好きな本を熱意のまま書けばいいじゃん」と思っていたことでしょう。この書評を書くために締め切りと掲載日を延期し、ひいひい言いながら書いている現在の僕とはえらい違いです。あの頃の僕よ、カムバック。むなしい思いが心の中をめぐります。

話を戻します。じゃあ『股旅』だけ取り上げたらいいじゃないかという話になるかもしれません。どうして『おくのほそ道』も合わせて取り上げるのかというと、僕の中でこの二冊はいわば「シリーズもの」という位置づけだからです。さらに新刊の『風土記』もこのシリーズの中に入っています。これら三冊はどれも「社会人サッカー」を取り上げているからです。ここでいう「社会人サッカー」とは、日本のJリーグ以下のカテゴリの男子サッカーを指します。その時々の社会人サッカーの風景や状況がそれぞれの本では切り取られています。

具体的に『股旅』は2005~2007年、『おくのほそ道』は2008~2016年、『風土記』は2016~2020年の記録です。この三冊を読めば、ここ十数年の社会人サッカーの状況が理解できるといっても過言ではありません。

今回、書評を書くにあたって改めて二冊を読んでみました。出版当時に読んだときとは、また違った感想が浮かんできます。その感想とともに、本の魅力を伝えられたらと思います。

最後に注意ですが、この記事は月額マガジンの記事なので途中から有料になります。しかし!しかし!しかし!今回は特別大盤振る舞いキャンペーンとしてほぼ8割方無料で読むことができます!なので皆さん安心して続きをお読みください。何卒よろしくお願いします。

Jリーグへ登っていったクラブの物語

今はJリーグに所属しているクラブが、Jを目指してJFLや地域リーグを戦う姿が本には記されています。『股旅』では、グルージャ盛岡、V・ファーレン長崎、ファジアーノ岡山、ツエーゲン金沢、カマタマーレ讃岐、FC岐阜、町田ゼルビア。『おくのほそ道』では、ツエーゲン金沢(股旅でも登場)、福島ユナイテッド、AC長野パルセイロ、アスルクラロ沼津、ヴァンラーレ八戸。この二冊はこれらJクラブがJクラブたる前の前日譚をめぐる旅でもあるのです。いくつかのクラブを例に挙げてひもといていきます。

V・ファーレン長崎は、今や「ジャパネット」のクラブというイメージが非常に色濃いですが、成り立ちは違います。ジャパネットグループがV・ファーレンを子会社化したのは、2017年です。V・ファーレンがJを目指すクラブへと発展したのは、一人の男の影響が非常に強いのです。名前は小嶺忠敏。国見高校を名門サッカー部へと育て上げた名伯楽です。小嶺さん自身が代表して矢面に立ったわけではありませんが、島原商業高校時代の教え子たちが小嶺さんが定年を迎える前に(定年退職後、県外に出て行く可能性も考えられたため)、Jを目指すクラブを作り上げようとしました。

ファジアーノ岡山のホームスタジアムといえば、シティライトスタジアム(Cスタ)です。しかし、ここを使わせてもらえなかった時期がファジアーノにはありました。『股旅』によれば、岡山県は伝統的に陸上競技団体の発言力が強く、「桃スタ(Cスタのこと)は陸上競技施設なのに、そこでサッカーをするのはいかがなものか」という意見も根強くあったらしいです。ファジアーノといえばJ2の中でも地域に密着した優良クラブというイメージがありますが、かつてはこのような競技間に横たわるセクショナリズムに大きく悩まされたこともありました。

Jを目指す地域リーグのクラブに立ちはだかる大きな壁が全国地域サッカーチャンピオンリーグ(かつては全国地域リーグ決勝大会という名前だった)(以下、地決)です。この大会は、地域リーグからJFLに昇格するクラブを決める大会です。また、地決への出場枠が約束され、「日本一過酷な大会」とも呼ばれている全国社会人サッカー選手権(以下、全社)という大会もあります。

画像2

(2020年・地決予選ラウンド。提供:豊田剛資)

本では、地決や全社を勝ち上がった者、負けて去った者たちの悲喜こもごもが描かれています。『股旅』を読み進めると、V・ファーレンは地決や全社でかなり辛酸をなめていることが分かります。この二冊で登場するクラブでは唯一J1の在籍経験がある長崎ですが、そんな歴史もあったのです。逆に『股旅』に登場するMIOびわこ草津(現・MIOびわこ滋賀)のように、V・ファーレンよりも先にJFLに昇格しながらも現在に至るまでJリーグへ昇格できていないクラブもあります。

時が経つにつれてこの二冊は歴史的資料としての価値が非常に高まっています。Jリーグに入って数年が経つと、そのクラブがJリーグにいることがだんだんと当たり前になっていきます。そうすると、Jリーグ入る前のいわゆる前史が忘れられていくこともあります。いざ思い出そうとしたときには、資料が少なかったり残っていない場合もあるでしょう。クラブの歴史を知らないことがいけないことだとは言いません。歴史を知ることの強要は、いわゆる新規へのハードルを高くする一因になります。しかし、だからといって歴史を伝えたいと思うことはいけないことなのでしょうか。僕はそう思いません。未来のサポーターにどんな手段であれ歴史を伝えていくことは、大切なことだと思います。そんな歴史を伝えるための貴重な資料がこの二冊なのです。

Jリーグを選ばなかったクラブの物語

Jを目指すクラブがある一方で、目指さない選択をしているクラブもあります。主として「企業クラブ」と呼ばれるものです。『おくのほそ道』では、Honda FC、SAGAWA SHIGA FC、ホンダロックSC、三菱重工長崎が取り上げられています。『股旅』は取り上げたクラブが皆Jを目指していたのに対し、『おくのほそ道』ではその道を選ばなかったクラブの物語も紡がれています。

Honda FCは、本田技研サッカー部時代にプロ化、Jへの参入を何度か模索しながらも断念した歴史があります。しかし、アマチュアクラブとはいえ、Jリーグ開幕以前から所在地である静岡県浜松市への地域貢献を実践してきました。また、多数のJリーガーを輩出している強豪クラブでもあります。

三菱重工長崎は、地域リーグではかつてV・ファーレン長崎と「長崎ダービー」としてしのぎを削っていたクラブです。そんなクラブがJクラブとなった長崎から強化選手兼コーチを受け入れ、全社と国体に挑みます。プロ選手とアマチュア選手の邂逅は、それぞれに大きな刺激を与え、クラブは全社で快進撃を巻き起こします。

クラブの歴史に、親会社である企業の盛衰が重なるのも企業クラブならではです。盛衰だけではなく、その企業の理念や風土もそのクラブを通して透けて見えます。SAGAWA SHIGA FCは、JFLに所属していた佐川急便東京と佐川急便大阪が合併して滋賀県守山市に拠点を移した企業クラブです。本の中で、守山市に人の流れを作りたいという狙いがあることが経営陣から語られます。しかしその後「JFLで3回の優勝を果たし、『仕事とサッカーを両立させ、企業スポーツとしてアマチュア最高峰であるJFLで活躍する』というチーム設立時の理念について一定の成果を果たしたという結論に至り」活動を停止します。また、母体である佐川急便東京や佐川急便大阪の成り立ちについて、面白い裏話が存在することも本の中で語られています。

2014年にJ3が創設されたことで、社会人サッカーの様相も否応なしに変わることになります。ホンダロックSCの名物サポーターであるロック総統は、本の中で「上を目指さないクラブの存在意義を認めないこと」、「J3の創設で上を目指すクラブを切り分け、JFLから多様性が失われること」を批判していました。結果として、3部から事実上の4部の全国リーグとなったJFLはその地盤沈下が避けられなくなりました。

東京武蔵野シティFCは、まさにその荒波に巻き込まれていったクラブといえるかもしれません。本の中では、2015年にプロ化を宣言し、Jを目指して百年構想クラブの仲間となっているところで終わっています。しかし2020年、Jを目指すことを断念し、百年構想クラブから外れることを発表します。

画像3

(2019年・東京武蔵野シティFC vs ホンダロックSC。提供:さかまき)

宇都宮さんは『おくのほそ道』の中で「「語られないサッカー」というものが、間違いなく存在する。」と書いています。Jリーグを目指さないクラブというのはどうしても「語られない」部類に入ってしまうことがどうしても多いはずです。そんな一般には語られないクラブにも、魅力的な物語が存在することをこの本は示してくれています。

『フットボール風土記』へと繋がる物語

最初に『股旅』、『おくのほそ道』、『風土記』はシリーズものだと書きました。それは順番に読むと、ここ十数年の社会人サッカーの歴史を時系列に追えるという話だけではありません。『股旅』や『おくのほそ道』で登場したクラブや人物が、立場を変えて『風土記』の物語に登場するからです。

と、ここからは新刊である『風土記』の内容の話もしていくので、有料公開にさせていただきます。

OWL magazineでは、ここでしか読めない宇都宮さんの記事を読むことができます。

今月はこちら!

もっともっと宇都宮さんの文章を読みたいという方には、OWL magazineの購読が是非ともおすすめです!!!

700円で個性あふれる執筆陣による記事を毎月12~15記事程度読むことができます!よろしくお願いします。

ここから先は

1,112字
スポーツと旅を通じて人の繋がりが生まれ、人の繋がりによって、新たな旅が生まれていきます。旅を消費するのではなく旅によって価値を生み出していくことを目指したマガジンです。 毎月15〜20本の記事を更新しています。寄稿も随時受け付けています。

サポーターはあくまでも応援者であり、言ってしまえばサッカー界の脇役といえます。しかしながら、スポーツツーリズムという文脈においては、サポー…