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余はいかにしておしまいさんとなりしか(後編)

 こんにちは。緒方です。今回は僕がいかにして今日の体たらくな人生を送ることになったのかを振り返る回の後編となります。前回までで中学入学~浪人決定の6年間を振り返り終わったので今回は1浪~今日に至るまでを振り返りたいと思います。


一応前編を貼っておきます。


1浪時(駿台)

本当の孤独

 僕は現役時の受験に失敗し、高校卒業と同時に駿台に入学します。高2の終わりくらいから浪人を意識していたエリートだったので浪人が決まっても何も感じませんでした。
 さてそんなこんなで駿台に入塾した僕ですが入塾1日目、チューターの話を聞くだけなので何なら0日目と言ってもいいくらいの時点で僕は予備校のある違和感に気付いてしまいます。

あれ?何でこいつらもう友達同士で動いてんの?

 あれは確かチューターの話を聞き終えフロントの女性職員に書類か何かを渡すために列に並んでいた時。僕は当然ぼっちで列に並んでいたのですが、列に友達同士で並んでいたり、何人かで固まって帰宅していたりする人間をそれなりの数、その場で目撃してしまったのです。これには正直当時はかなり困惑しましたが今になっては既に集団で固まっていた連中の正体が分かります。彼らは地元の進学校から半ば持ち上がりのような形で集団浪人してきた連中なのです。
 ガチ進学校というのは数十人、下手すりゃ百人単位で浪人を輩出しています。たまに浪人率が半分超える高校もありますよね(数年前の旭㊙高校がそうだった記憶が)。そうなると地元の大手予備校に彼らの大多数が流れ込むのです。特に河合塾と駿台は大手中の大手なので浪人勢力が二分されると仮定すると仮に100人の浪人がひとつの高校から錬成された場合、50人が地元の駿台に入学するのです(一部駿台で言うなら大阪校といったエリートコースがある校舎に越境入学する人もいるでしょうが)。すると校舎内にクラスの友達、部活の友達、知人が結構いるという、言うなら高校4年生とでも言うべき状態に突入できるのです。
 一方、自称進以下はどうか。自称進って基本的に「何が何でも第一志望!」と言うよりは「適当に受かった大学に進学します」というスタンスの人が大多数を占めています。「同志社志望で関大までしか受からなかった。まあいいや、関大に行こう」「ハム大志望で立命館にしか受からなかったけど立命でええか」という人ばかりです。別にそれを否定している訳ではありませんが。僕の学校はこういう保守的な人種と逆のアグレッシブな人種とがちょうど混ざり合っていた学校でした。なので浪人してる人もまあまあいるのですがとはいえガチ進よりは相対的に人数が少ないですし、そもそも僕のコミュ障が災いして、うちの校舎に来た同高は僕とあまり交友が無い人ばかりでした。何なら名前すら知らない人もいました。
 ここまで聞いたらお察しつくでしょうが僕は駿台時代ガチぼっちに突入してしまいます。クラス内がA高校派閥、B高校派閥、C高校派閥と戦国時代のように仲間内で集まり、昼休みに集まって飯を食うなどの団結行動を見せる中で僕は自分の机でもぐもぐママが作ってくれた弁当を食べていました 🤓🍱💦💦自習室も一人、フロホでスマホポチポチする時も一人、休み時間も一人、行き帰りも一人。1浪の1年間は誇張抜きで同年代の人間と面と向かって喋った経験が0です。駿台のチューター、職員、講師、コンビニなどの店員、親。僕が喋った人種はこれだけです。
 こうして本物の孤独を拗らせ、ばちこり鬱のような状態に苛まれた僕はその屈折した感性で予備校の人間を見続け、どんどんとおしまいさんへと近づいてゆきます。

辛いよ苦しいよ

 周りは友達や下手すりゃ異性で仲良くしているのを尻目にぼっち生活していた僕は次第に中学時に感じていたあの思いを再度抱くようになります

あれ?俺、友達全然いなくね???

 予備校に友達がいなくて半ば鬱のような状態になっていると考えなくてもいいことにまで考えが巡るんですよね。その一環で、高校時代のことをぼんやり考えていると中学時代と同じような発想に至りました。
 高校時も中学時と同様、新しく出会った知人を友人に昇華するプロセスを経験することなく終わりました。しかも高校生って中学生よりも行動範囲広がって、遊ぶ回数も増えるのでなおのこと高校時代のぼっち度合いがくっきりと僕に押し寄せました。現に高校時代の僕は周りの連中が部活終わりに近くのラーメン屋にラーメン食いに行ったり、そのままゲーセンに向かったりしている中で基本家に直帰でしたし、たまに家に帰るのが遅くなると思えば別に誰かに誘われた訳でもなく、一人で高校近くの快活クラブで漫画読んで時間潰しているという始末でした。
 高校時代から自分ぼっちしているなあという意識はもちろんありましたが、特に気に留めませんでした。なぜか。それは僕が学年でも成績が上位であり、成績が良いというアイデンティティーをクラス内でも、部活内でも構築できたからです。典型的な僕は勉強できるから青春なんてどうでもいいんだい‼️🤓キャラですね。ですが、浪人してどうなったか。周りにはガチ進学校出身の人間がザラにいるので成績でトップを取るのは不可能となりました。しかも周りのそういった連中が同性同士ではもちろん、異性とですら絡んでいる状況です。つまり、僕は浪人して勉強できないのになぜか友達もいない最悪な人間に自身のアイデンティティーが書き換えられてしまったのです。青春していないことの言い訳を勉強に求めていた僕がその勉強すら取り上げられてしまうと本当に何もできない人間の誕生です。僕のアイデンティティーが完全に崩壊してしまいました。これこそが僕がおしまいさんになった一番の要因でしょう。
 ここで志望校に受かればその苦しみは一年で終わり、何だかんだ俺は努力できる男と自己認識を書き換えて大学生活をスタート出来たことでしょう。しかし、僕はそれを実行するにはあまりにも怠惰で、不真面目すぎました。上記のような自己嫌悪を拗らせて勉強に集中できなくなったという言い訳もできますが僕はそこまで勉強に熱中していませんでした。そのまま本番を迎え、再度不合格になり、滑り止めの某大学に進学します。
 ここで名実ともに僕は受験も青春も楽しめなかったおしまいさんになってしまうことが確定しました。さようなら人生。

2浪時(仮面)

 ここまで来ると勘の良い方なら僕が仮面浪人を決意した理由が何となく予想出来るのではないでしょうか。
 つまり、僕はこのまま青春も勉強もどちらも出来ない人間として終わりたくなかったのです。せめて勉強では実績を残して自分を認めてあげないと…と躍起になっていました。というより、それ以外で自分を肯定してあげる術を知りませんでした(今も正直あんまりわからん。だから受験生が多いTwitterから離れられないのかも)。
 受験って手っ取り早く自己肯定に繋がるんですよね。模試で良い成績を取って、志望校に受かる。このプロセスに人間関係という不特定要素が大きく影響してくることはないので、ないからこそ、そういう人間関係を円滑に送れなかった人間には魅力的に映るんですよね。
 僕もこの魔力にまんまと誘惑されました。しかも周りは大学生で遊んでる奴が大半。カップルはもちろんのこと、男女複数人で並んで歩いている光景は大学になってよく見かけました。さらにその通っている大学が不本意となれば、なおさら「勉強で良い成績を残してこいつらとは違うってのを証明するんだい‼️🤓」を強く思うようになります。
 しかし、性格が怠惰すぎるが故にたいした勉強をすることもなく、あっさり落ちて今に至ります。

おわりに

 こうやって振り返ってみると僕は青春を手にすることが出来ずにそれを払拭するために勉強に縋りつくも、努力しなかったので結局余計に拗らせた人間と言うことが出来ると認識できました。こうやって振り返りnoteを書いたおかげでこれまでモヤモヤしていた「自分ってどういう人間なんだろう」に一応端的な答えをつけることが出来たのでnoteやってみて良かったです。正直僕みたいにならないようにはどうすれば良いのかよく分かってないです。取り敢えず目の前の物事に全力投球すれば良いのでしょうか。でも、努力できない人間もいますし、難しいところですね。
 今では自分は何も出来ない残念な人という属性に慣れてきてある種諦念の気持ちでいっぱいです。悩まなくなったとも言えるし、チャレンジ精神を失ったとも言えるし、これがどう今後の人生に働くかはまだ分かりませんね。

 今回はこれで終わります。前後編足してたぶん6500字くらいも粗相のない文体を流してしまい、すみませんでした。また気が向いたら何か書きます。最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

*一応タイトルの元ネタを貼っておかないと内村鑑三に怒られそうなので 



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