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<ショートストーリー>道の果て

 むかし、このあたりにダイダラボッチという大男が住んでいたそうです。ある時、美しい娘を見かけたダイダラボッチが驚いてしりもちをついてしまいました。そのくぼみが市の中心地、手をついたくぼみが今の西区三杉地区、はずみで飛び散った土を集めたのが、市内でもっとも高い高峰山(143メートル)になったといわれています。

(市政50年記念誌「わたしたちの大平市」ふるさとの伝説より)

「だいだらトンネル(仮称)全面開通を早期実現しよう!」という色あせたスローガンを掲げたトタンの立看板が、風でベコベコ音を立てている。それ以外に主張するものはない、荒涼とした空地が広がっていた。

 エンド・オブ・ザ・ロード。誰も通らない道路は山裾に突っ込むように唐突に終わる。その先はアスファルトの敷設もなく、もっさり生えたセイタカアワダチソウが、トタンの鳴らすベコベコにあわせて黄色い頭を振っていた。

 私が知らない昭和とかいう時代に、この山のどてっ腹にトンネルを通して、隣町とつなげたら便利だよね、みたいな構想があったらしい。
 小学生のころ、トンネルをテーマにした未来の町の絵画コンクールみたいなものもあった気がするが、まもなく平成も終わろうという今になっても、ここにトンネルはない。
 トンネル開通のためにわざわざつくった道路は、犬の散歩や子どもの自転車教習所として利用されている。

 トンネルを掘るのに思ったよりコストがかかるのがわかって、迂回ルートをつくる案がでたとか、それもその後凍結状態とか、結局町の人口も減っていまさら用途をなさないとか。
 私も町を出た側の身だから、詳しいことはわからない。でも、きっと今後もトンネルは通らないし、この道路を車が走り抜けることもないだろう。

 セイタカアワダチソウをかきわけ、未成道の終わりの先へ進んだ。藪に埋もれながら、桜の木が今もそこに、すっくとあった。
 トンネル開通(してないけど)の記念に近隣小学校の卒業生が植樹したのだ。その小学校も児童数が減って今年、廃校になった。

写真AC/コモレビ

 葉を少し色づかせながら立っている桜は、16年の間にずいぶん大きくなったように感じる。
 考えてみれば、この桜が花を咲かせているところを一度もみたことがないまま、私は町を離れていた。

 桜のざわめきをしばらく浴びてから、私はもと来た道へ戻った。
 トタンはあいかわらずベコベコ音を立てている。赤い文字だったのだろう部分は褪色してしまい、何が書かれていたのかわからない。トンネル工事推進のイメージキャラクター「だいだら君」が、元気な笑顔でバンザイしていた。その口の中も白く抜けている。
 永遠に口を開けたまま、バンザイし続けるんだな、この子は。

 一晩で山をつくったり、しりもちひとつで盆地をつくるようなダイダラボッチがいなくても、人は人の力で町の姿を変えていく。ときにはそれを途中で放り出す。放棄された場所はやがて草木に埋もれ、誰が見ていなくても時期がくれば花も咲く。
 私が忘れていても、思いだしても。

『そのヒグラシ』特集「未完成」掲載/2017年


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