環境と経済が一つになる世界へ スタートアップ・次世代・地域の視点
気候変動分野を中心とした環境金融で長年ご活躍されてきた三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング株式会社 フェロー(サステナビリティ)の吉高まりさんに、IISEソートリーダーシップ推進部のメンバーがお話を伺いました。吉高さんは、三菱UFJモルガン・スタンレー証券における排出量取引ビジネスの立ち上げなどのご活動をしてきました。現在は政府、自治体、企業など多様なセクターに向けてサステナブル経営・ファイナンスのアドバイスをされています。東京大学や慶應義塾大学で教鞭も取られています。
環境影響を考慮した経済活動が当たり前に
——吉高さんの最近の活動について教えてください。
吉高:企業へのアドバイザーや、政府の有識者委員として様々な活動をしています。最近はカーボン・クレジットのほか、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)との関連でも注目されている農業や、Nature-based Solutions(自然を基盤とした解決策)のようなテーマに関わることも増えています。環境省「脱炭素先行地域評価委員会委員」として、日本全国の地域を訪問する機会も多いです。
——東京証券取引所でカーボン・クレジット市場が開設されました。一方、キャップアンドトレードのように排出削減を義務化しないと、なかなか市場が活性化しないように感じます。カーボンプライシングやカーボン・クレジットの今後の方向性について、どのように考えていますか。
吉高:国内と海外では、カーボン・クレジットに対しての目線にギャップがあると感じています。世界ではカーボン・クレジットに関連したスタートアップが多いですが、日本では地球温暖化対策としては劣後した位置づけとされていると感じます。
日本人は市場メカニズムに慣れていないので、キャップアンドトレードの導入はまだハードルがありそうです。今はカーボン・クレジットの値付けをどうしていくのかを見定めている状況だと思います。
日本企業は自主的な制度を好む傾向にあります。2023年度からGXリーグへの参加企業が自主的に目標設定をして、達成状況を公開する仕組みができました。自主的参加型の排出量取引制度(GX-ETS)も創設されました。2033年度頃には発電部門に対して排出枠の有償オークション制度が実施される予定です。それに合わせて今後義務化の議論もおこなわれる可能性はありますが、制度設計に時間はかかると思います。
——カーボンプライシングの議論ともつながりますが、環境に取り組む上では、社会の側に様々な課題があると思います。企業も生活者も行動変容が必要なことは理解していても、実際にはなかなか進まない、という側面があります。その壁をどうやって乗り越えていくべきなのか、今感じていることがあれば教えてください。
吉高:若い世代や学生と話していると、環境への影響を考慮した経済活動が当たり前になる、と真剣に考えている人が多いですね。「エシカル」というよりも、外部不経済を考慮することが当たり前になるというような考え方です。これまでは、環境に配慮する=コストが増える、という考え方でした。でも、環境に配慮した商品が高い価格でも売れるようになれば、それが市場になります。クライメートテックのスタートアップにも、注目が集まっています。
——環境への影響を織り込んだ価格が、普通の価格になるということですね。
吉高:そうです。その背景には、今のままでは地球がまずい、という危機感があります。毎年のように自然災害が起きるようになりましたし、サステナビリティが自分ごとになってきているのだと思います。
AIで新しい世界観が生み出されていく
——吉高さんは若い世代やスタートアップとも交流されていますが、彼らに期待していることはありますか。
吉高:社会課題の解決を目指して起業することが普通になっています。日本の場合には、スケールアップするスタートアップがまだ少ないですが、最初から海外を目指し、環境や気候変動の解決を目指す若者が増えればいいと思います。企業に就職するだけではなく、自分でやりたいことを追求するために起業する、という選択肢が増えていくことに期待しています。海外では、カーボン・クレジットやネイチャーポジティブの分野で、ICTを使って精緻なモニタリングをするスタートアップなどが目立ちます。
——ICTが貢献できる領域が、たくさんありそうですね。
吉高:とてもたくさんあると思います。AIが進化すればデータ解析も進みますし、カーボン・クレジットのような価値化がより進みます。フィンテックとクライメートテックのかけ合わせもますます進んでいきそうです。海外のスタートアップは、「環境」と「金融」を分けて考えるのではなく初めから一緒に考えています。日本では、GXとDXを別々のものとして捉えていますが、その考え方も変えていく必要があるかもしれません。
——特に注目しているテクノロジーはありますか。
吉高:AIとサステナビリティ、というテーマには注目しています。AIで新しい世界観が次々に生みだされていくことで、これまでの「サステナビリティかコスト優先か」というような次元ではない、価値観の変化が進んでいく気がします。単に「AIを活用する」というレベルではなく、AIによってこれまでと根本的に違う社会になると思います。
環境をツールに、よりよい社会へ
——COP28では、気候変動適応にも注目が集まっていました。緩和に比べて適応には資金流入が進んでいない、という課題があります。我々も、適応に資金が回るためにはどうしたらいいかを考えているところです。適応策は投資による価値が見えにくいことが課題のため、NECはデータでその価値を「見える化」しようとしています。
吉高:適応ファイナンスには、以前から注目しています。たとえば、GARI(Global Adaptation and Resilience Investment Working Group)という2015年に始まったイニシアチブがあります。お金が動くところではデータの取得が必要になりますので、そこでもやはりデータの重要性が議論されています。適応策はCO2と比べてなかなか定量化できていないので、データの可視化が進むことには期待しています。
今一番関心を持っているのはブルーファイナンス(※1)です。これによって海洋環境の保全が進み、適応プロジェクトも推進されると思っています。一方で、森林のデータは衛星データで可視化が進んでいますが、海洋のデータは見えにくいことが課題になります。
ブルーボンド(※2)やCATボンド(※3)といった手法が脚光を浴びてくるなど、徐々に基準が作られ、適応ファイナンスの規模感も大きくなってくると思います。
——海洋の環境に関しても、国際協調して取り組んでいくことが重要ですね。
吉高:気候変動の被害を大きく受けるのが海洋です。特にアジアは海洋国家も多く、重要なパートナーになると思います。Just Transition(公正な移行)のためのパートナーシップも大事です。
——Just Transitionは、日本における「地域」という枠組みでも大事な概念になっていくと思っています。吉高さんが様々な地域に行かれて、感じていることはありますか。
吉高:日本でも雇用を含めた地域全体のトランジションを考えていく必要があります。脱炭素先行地域評価委員会委員として色々な地域を回っていますが、自治体によって取り組みに差があります。それは、自治体職員が問題意識を持っているかどうかにかかっている気がします。環境の取組が先進的な地域は、DXもヘルスケアも進んでいて、お金や人も集まってきます。企業版ふるさと納税を活用して環境に取り組んでいる地域もあります。
環境への取組が、他の分野にもいい影響をもたらすという好循環が生まれています。そのように環境というものをツールとして、市場や社会がよい方向に変わっていくことに期待しています。
聞き手・文:国際社会経済研究所(IISE)ソートリーダーシップ推進部
崎村奏子、藤平慶太、畔見昌幸
Editor’s Opinion
吉高さんは著書『GREEN BUSINESS』の中で、環境で社内起業する「グリーン・イントラプレナー」としてのご自身のキャリアを振り返っています。会社の中で排出量取引ビジネスを立ち上げるために、まずやったことは社外のネットワークづくりだったそうです。
吉高さんは今、環境金融の専門家として多忙な日々を送る中でも、学生やスタートアップ、様々な地域のプレーヤー等、多様な人との対話やネットワークづくりを続けています。環境問題の解決は一人や一社ではできません。私たちも外に出て、現場に行き、多様なネットワークを広げることを大切にしていきたいと思いました。(崎村奏子)
参考文献
吉高まり、小林光『GREEN BUSINESS 環境をよくして稼ぐ。その発想とスキル 慶應義塾大学 熱血講義「環境ビジネスデザイン論」再現版』木楽舎、2021年