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「必要なのは、衛星データが前提の社会デザイン」新しいルール構築に向けた、城戸彩乃さんの仲間づくり

宇宙ビジネスに取り組む企業の増加や衛星データ利活用の推進によって、宇宙産業は今後 より大きな発展が予想されています。そんな中で、将来的に宇宙ビジネスをより大きく育てていくため、携わる企業や人にとってはどういった取り組みが必要になるのでしょうか。

自身を「技術の翻訳者兼プレイヤー」とし、企業と連携した宇宙テクノロジーの社会実装に取り組んでいるのが、株式会社sorano me代表の城戸彩乃さん。同社は主に宇宙産業に関する業務支援やコンサルティングを行い、宇宙技術の利活用を考える企業に向けて、衛星データの活用方法を提案しています。

ここ数年、テレビやニュースで話題を目にすることも多くなった宇宙ビジネス。学生時代から宇宙に関する情報発信に携わっている城戸さんは、ここ数年の「宇宙」に対する世間が持つ関心の変化をどのように見ているのでしょうか。そして、宇宙技術によって世の中に変化を起こすために必要だと感じていることは。城戸さんに伺いました。


城戸  彩乃(きど・あやの)さん
株式会社sorano me・代表取締役。
大学在学中に、フリーマガジン『TELSTAR』、宇宙ビジネスの情報を伝える宇宙ビジネスメディア『宙畑』を立上げ。大学卒業後は大手人材系企業に就職後、さくらインターネット「Tellus」に携わった後に現職。sorano me発ベンチャーでカーボンクレジットやNbSに取り組む「株式会社Archeda」の取締役を兼任。 文部科学省 国立研究開発法人審議会JAXA部会 委員・経済産業省 2050年カーボンニュートラルに向けた若手有識者研究会・委員などを務める。
Web:https://soranome.com/

sorano meは、「お客様と宇宙ビジネスを作っていく」会社


——城戸さんが代表を務められている「sorano me(ソラノメ)」で取り組んでいる事業について、教えてください。

sorano meは、衛星データをはじめとした宇宙技術の社会実装に取り組んでいる会社です。宇宙に関連した事業に興味を持ったお客様からお話を伺って、「衛星データ活用を通してできること」や「お客様の事業に還元できること」を提案するコンサルティング業務を主に行っています。

取り組んでいる事業は大きく2種類あって、私はそれぞれを「宇宙領域」と「地球領域」と呼んでいます。まず「宇宙領域」は、人工衛星やロケットを開発する企業に向けて自社の製品やソフトウエアを販売したい、といった「宇宙インフラの生産開発に新規参入したい」お客様へのコンサルティングですね。

対する「地球領域」は、人工衛星から得た測位や観測データを「地球で行っているビジネスに利用する」ことを目標とするお客様へのコンサルティング。直近では衛星データ活用の幅も広がっているため、「地球領域」のご相談が増えています。

——「宇宙ビジネスのコンサルティング企業」であるsorano meは、どういった経緯で立ち上げられたのでしょうか。

sorano meは、大学在学中に立ち上げた宇宙フリーマガジン『TELSTAR』や、宇宙ビジネスメディア『宙畑」(学生時代はボランティアで運営)に関わった中心メンバーで共同創業した会社です。

『宙畑』を立ち上げた当時の目的は、情報発信を通して宇宙ビジネスの面白さに気づき、行動を起こす人を後押しすることでした。しかし発信する中で「自社でも宇宙ビジネスに参入できないか」とご相談を受けることが増えてきて、具体的な事業や、宇宙ビジネスへの参入戦略を考えることをお客様とご一緒するため、sorano meの起業に至りました。

城戸さんが代表を務めるsorano meでは、「宇宙ビジネスの社会実装」と、
「自らが技術の翻訳者兼プレイヤー」になることが掲げられている

企業さんからしてみると、衛星データに興味を持ったものの、データを活用するノウハウをお持ちでないことがほとんどです。しかし、せっかく衛星データに興味を持ってくれたのにビジネスが進んでいかない状況をもどかしく感じたんですよね。いろいろな会社さんと関わるなかで、「私はビジネスを作ることに注力するほうが、最終的に宇宙ビジネスの広がりに繋がるのでは」と考えて独立し、今に至ります。

課題は、新しいビジネスを作れる人が少ないこと


——そもそも、城戸さんはどうして宇宙に興味を持ったのですか?

きっかけになったのは、高校生の時にスペースデブリの問題を知ったことです。もともとは文系の学生だったのですが宇宙に関わる仕事をするため理系に転向し、大学では航空宇宙工学を学びました。

そこで国内・海外さまざまな宇宙利用やビジネスの取り組みについて学んだのですが……同時に宇宙利用をより拡大していくため、やらなければいけないことにも気付くようになって。

——どういったことに気付かれたのでしょうか。

そもそも宇宙ビジネスは、政府の方針次第で、その行き先が大きく変わってしまいがちです。政府が予算を削ったら立ち行かなくなってしまう企業やプロジェクトも少なくなく、それに振り回されないためには、宇宙ビジネスを民間企業によって進めていかなければいけないんです

そして民間利用をより広めていくためには、技術者以外にもその面白さが伝わるような、「技術活用のアイデア」をたくさん生み出す必要があります。技術者が「これが面白いよ」と発信するのではなく、宇宙が専門でなくても、それぞれの分野の人が宇宙ビジネスのアイデアを出せる状態にしたい、と思いました。

——技術者以外にも、宇宙ビジネスを「開いて」いこうとされたのですね。

私が学生の頃は宇宙ビジネスに関わる民間企業はまだまだ少なく、「宇宙の利活用」といったら政府が主体になって行うもの、と思われていました。宇宙に関わる仕事に就きたいと思っても、国の機関や大手企業の特定の部門など、進路の選択肢もとても限られていた時期です。しかしこれからは、研究者と同じくらい「新しいビジネスを作る」人が産業を大きくするため必要になってくるだろうな、と

そう考えて学生の時に作っていたのが、フリーマガジン『TELSTAR(テルスター)』です。進路を考える中高生に向けて、宇宙の仕事にチャレンジするときの選択肢を広げてもらうのが目的で、「必ずしも理工学が専門でなくても、宇宙の仕事ができる」ことを知ってもらうため立ち上げたものです。

『宙畑』も、同じく学生の時からやっているWebメディアです。『TELSTAR』の後にはじめたもので、宇宙ビジネスの裾野を広げるため大学卒業後も会社員として働きながら運営していました。『宙畑』はのちにさくらインターネットの傘下に入って、衛星データプラットフォーム『Tellus』のメディアとなり、今でも情報発信を行っています。

城戸さんが携わるWebメディア『宙畑』。衛星データの利活用に関する情報と一緒に、
宇宙ビジネス企業に関するニュース等も掲載している

——学生時代や『宙畑』でのご経験を通して、「宇宙ビジネスのことを発信する」ことの大切さを感じられるようになったんですね。

そうですね。もともと私は航空宇宙工学を学ぶ学生だったのですが、現在は技術者ではない立場で宇宙ビジネスに関わっています。実をいうと、私は「机について、データや計算に向かう」ことがとても苦手で(笑)。やってみたら、実験よりも記事を作ったり、企画を考えたりするほうが得意だったんですよ。

「宇宙ビジネスの民間利用を広げる」という目的を考えると、そんな私が技術者になってもできることは限られている。であれば、Webメディアで情報発信をしたり、お客様の相談に乗ったりして、宇宙ビジネスに関わる人を増やしていくことのほうが確実に社会に貢献できるんじゃないか、と考えたんです。

ビジネス変化の要因は、データが使いやすくなったから


——ここ数年、海外の宇宙ベンチャー企業の話題もあって宇宙ビジネスは少しずつ注目を集めるようになっています。城戸さんとしては、そういったここ数年での変化を感じていますか?

興味を持っている人は確実に増えていると思います。

例えば10年前は、天文学のような研究の対象や、ロケット開発のような「巨大な事業を立ち上げて、未開の地に挑む」といった文脈で「宇宙」が語られるケースが多かったと記憶しています。当時は宇宙事業に取り組んでいるのも超大手企業のほかは、政府やそこに関連する研究機関くらいでした。

しかし最近は、「宇宙は活用していくのが当たり前」「開発をするのは当たり前で、ビジネスにどうやって活用するのか考えよう」と、世間の風向きが変わってきているのを感じます

衛星データを利活用するベンチャー企業や中小企業が登場した結果、宇宙に関わる仕事も増えてきている印象ですね。働いている人は、化学系や機械エンジニアのお仕事や、IT系のデータ活用を専門としていた人が転職して来ているようです。

——そういった、宇宙ビジネスの参入障壁はどうして下がったのだと思いますか?

大きく理由が2つあると思っていて。まずは、純粋に衛星データが増えたこと。人工衛星が増えて、かつては「週に1度」だったデータ収集が「1日に1度」のペースになり、よりデータが使いやすくなりました。

もうひとつが、データを活用できる状況が整ったこと。昔は観測衛星を運用する大手企業からデータを購入しCD-Rで受け取って中身を見る、といった時代だったのですが、今はデータを閲覧できるクラウドアプリケーションがあります。Webブラウザからもデータを閲覧できるので、そもそも「衛星データを手に入れる」までのハードルが下がった、と言えるのかもしれません

こういった、衛星データ活用のインフラが整ったのも、背景には「国からの投資が増えた」ことがあったのだと思います。

——目立つ企業の活躍はあるものの、そうではない部分で「盛り上がりを支える」整備がなされていたのですね。

もちろん、世界の宇宙ベンチャー企業の活躍も「認知の拡大」という意味では非常に大きな役割を果たしているはずです。

そこで宇宙の取り組みを知った人が、「かっこいいけど、自分ではチャレンジできないだろうな」と思いつつ、仕事を調べてみる。すると、衛星データ利用に関わる国内企業の存在を知る。そこで「意外とチャレンジできる場所があるじゃん!」と思えるようになった、という状況が生まれているんだと思います。

衛星データでビジネス“変革”は、まだ難しい


——sorano meの事業を通して「衛星データについて全く詳しくない」方とお話をする機会も増えているのではないかと思います。そういった方々は、宇宙利用についてどういったイメージをお持ちなのでしょうか。

おっしゃるとおりで、これまで宇宙と無縁だった方々と、「衛星データ」に関して理解していること・知っていることの違いを感じる場面はたくさんあります。例えば「地上を動画のように撮影している」「航空写真くらいの解像度で、地上の様子を見られる」といった勘違いをされている方が多い印象ですね。

——どちらも、現在の衛星データでは定常的には実現できていないものですね。

「写真の解像度」はどんどん上がってきてはいるものの、まだ難しいのが現状ですね。「宇宙」と聞いて万能の技術をイメージする方もいらっしゃるのですが……正直なところ、「衛星データに対する、期待値が高すぎる」場合もあります

そういったお客様とお話するときは「飛行機を使わなくても航空写真が手に入るので、コスト削減できます」や「飛行機を飛ばすよりも、高頻度で航空写真が手に入ります」というような説明をしていきます。

ですので、ご相談によっては「今までの仕事を劇的に変革させる」というよりも、今までのビジネスの延長線上にある「改善」の提案に留まってしまう場合もあるんです。そういった「衛星データの実際のところ」をお伝えすると、お客様によってガッカリされてしまうことも少なくなくて。

sorano meのnoteページでは、会社としての取り組みや活動報告が、
定期的に城戸さん自らの言葉で発信されている

——ビジネスを便利にする「改善」はできるが、劇的に変える「変革」は難しい、ということですね。

しかし、ここ数年で衛星データによってできることはさらに増えています。なので、一度下がった期待値を、また適切な状態にしていく取り組みが必要になってきています。

そして今後、衛星データ利用の幅をより増やしていくのであれば、「社会インフラの作り直し」も必要になると思っています。「衛星データを通して地上をモニタリングすること」を前提として社会ルールの整備をするよう、考え方を根本的に変えていかなければいけません

衛星データを前提にしたシステム設計が変革の鍵に


——社会のルールやインフラは、具体的にどのように見直す必要があるのでしょうか。

少し前にお話したお客様から、「衛星データを利用して、街中の電柱を見たい」という相談がありました。しかし先ほどお話ししたように、現状の衛星データでは、市街地の電柱を完璧に捉えるのは難しい。

例えば、お客様の要望が「衛星データを使って、電柱に木の枝がかからないようにしたい」というものであれば、「衛星データを利用して近場の木の生育状況をチェック、かかる可能性が高い場所を判別する」というソリューションを提示できる場合もあります。とはいえ、そのやり方では「電柱を管理したい」という目的自体を解決しているとは言い難いですよね。

——「衛星データを使って行えるよう、別の手段を取っている」ということですね。

しかし、これが「人工衛星を利用した電柱の管理」を前提として都市が整備されていたら話が変わります。例えば「光や電波で観測しやすくするため、電柱の上に反射板をつける」等、設計の時点で「人工衛星で管理しやすい電柱」を作るようにするんです。

今後、衛星データの活用を通して生活を大きく「変革」させたいのであれば、衛星データを使うことを前提にした、都市や地上のシステムの再設計が必要。都市以外でも、漁業や農業でも、衛星データ活用を前提にシステムを企画・設計できれば、より大きなインパクトが出るようになるはずです。

城戸さんがsorano meと並行して取締役を務める株式会社Archeda(アルケダ)は、
SAR衛星を用いて森林のモニタリングを行うサービスを提供している。
城戸さんいわく「市中をアップデートするための取り組みのひとつ」とのこと

——衛星データ活用が前提となる社会を作るためには、どういった取り組めから始めればよいのでしょうか。

やはりまずは、衛星データについて理解している人を増やしていくことです。宇宙ビジネスに取り組む企業と、そういった場所で働く人を増やすのはもちろん、農業や漁業、不動産といった、それぞれの業界・分野に衛星データを理解している人がいるのが理想です。

私もコンサルティング業務としてたくさんの業界と関わっていますが、仕組みやルール作りに携わるのは、ほとんどの場合でその業界の内側にいる方々。ですので、「各業界で働く、衛星データを知っている人」を増やしていきたいなと思っています。

——城戸さんの目標は「多くの人に、衛星データを知ってもらう」のではなく、「衛星データの使い方を伝えられる人を増やす」ことなのですね。

そうですね。現在sorano meでは、「宇宙分野以外の業界で働いているが、衛星データや宇宙利用を理解している人」を増やそうとしています。副業としてsorano meの仕事を手伝ってくれる人を「ソラノメイト」と呼んでいるのですが、今の目標は「日本の主要業界にひとりずつ、ソラノメイトがいる」状態になること

一般的な事業会社に勤めている人が衛星データについて理解するのはとても難しいし、大きなモチベーションが必要です。それならば、「衛星データでできること」をシンプルな言葉にして伝えられる人が増えればいいと思うんです。

様々な業界の人を巻き込んで、そういった「技術の翻訳者」を増やしたい。ソラノメイトが各業界のルール作りに関わり、「衛星データの利活用」が前提となった世界へ向けて少しずつ進めていくのが今後の計画です。

その取り組みのためには、ソラノメイトはもちろん、宇宙ビジネスに関わる企業の協力も欠かせません。特に社会マネジメントやインフラマネジメントのルールづくりに関わる大手企業は、「衛星データを前提にした社会づくり」をより本格的に考えて欲しい。私自身も社会のルール作りに関われるよう、今後も仲間を増やしていければと思っています。

企画・制作:IISEソートリーダシップ「宇宙」担当チーム
文:伊藤 駿 写真:品田裕美 編集:ノオト