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経営戦略の中心に「ソートリーダーシップ活動」を 。NECがシンクタンクを軸に進める理由とは? ~対談・NEC田中執行役 Corporate SEVP 兼 CGAO×IISE 藤沢理事長

社会課題の解決や理想的な社会のコンセプトを自ら発信し、世の中の賛同を得ながら実現を目指す。「ソートリーダーシップ(Thought Leadership)」の名のもとに公表するかは別として、こうした活動を展開する企業は少なくないと考えられます。様々な形でソートリーダーシップを実践する企業の経営層、キーパーソンの方々と、シンクタンク「国際社会経済研究所(IISE)(以下、IISE)」理事長の藤沢 久美による対談を通して、ソートリーダーシップにおける活動のヒントを見出し、新たな知見を浮かび上がらせていきます。対談を重ねながら、ソートリーダーシップが広く企業文化として定着することを目指し、発信していきます。

第1回のお相手は、NEC執行役 Corporate SEVP 兼 CGAOの田中 繁広 氏。かつて経済産業省で多くの国際交渉をリードしてきた田中氏が、自身の経験からソートリーダーシップの目的と意義を語ります。


未来のビジョンは情報だけでは作れない


藤沢 田中さんは、通商産業省(現在の経済産業省)でキャリアをスタートされました。まずは、経産省を選ばれた理由を教えてください。

田中 元々は法律家になりたいと思っていました。裁判官になり、世の中から冤罪を無くしたいという思いが強かったのです。しかし就活で官庁を回ってみると、意外に仕事が面白そうに感じました。仮に仕事がうまくいかなくても後で法曹を目指せば良いかと思い、国家公務員になることにしました。省庁の候補はいくつかありましたが、日本の強みは民間企業の持つ経済力なので、そこに近いところで仕事ができる通産省を選んだのです。

NEC 副社長 執行役 Corporate SEVP 兼 CGAO 田中 繁広 氏

藤沢 通産省では、どのようなお仕事をされましたか。

田中 最初に、電子電機産業も所管する機械情報産業局で2年ほど仕事をしました。日米貿易摩擦が中心課題になっていた時期で、貿易摩擦関連の仕事に携わりました。

次に配属されたのが、産業政策局の産業構造課という部署です。ここは通産省のビジョンを打ち出し、政策も作るユニークな課です。通産省は「ビジョン官庁」とも言われ、将来の経済や産業のビジョンを打ち出して政策を進めることを大きな特色にしていました。「70年代通産ビジョン」や「80年代通産ビジョン」が有名です。私が配属された80年代後半は、日本経済がとても強かった時代。高度経済成長を成し遂げ、オイルショックを乗り越え、バブル経済への道を突き進んでいました。

産業構造課では、主に2つのビジョンをまとめる機会がありました。1つ目は「構造調整ビジョン」です。円高が極まりつつあった当時に、内需主導型の経済への転換を主張しました。2つ目は、「共存的競争への道」です。こちらは日本の国際化が必須であることを打ち出し、「グローバリゼーションレポート」と呼ばれました。

藤沢 2つのビジョンを作るために、有識者の意見を集約されたと思います。その前提として、田中さんなりの仮説があったのではないでしょうか。

IISE 理事長 藤沢 久美

田中 重要なご指摘です。仮説がなければ、掘り下げはできません。自分なりの仮説を持つために、先行する欧米の産業界の動向を研究しました。今と違ってモデルとなる国々は限られていました。

当時は業界の代表者が集まる形の審議会も色々とありましたが、未来のビジョンを作るには、それだけではなく、将来のことを考えている経営者や学者、技術を理解し展望を持っている専門家などに議論に入ってもらうこともしました。当時はインターネットがありませんから、様々な新聞や雑誌を読んだり、各種のシンクタンクから情報を得たりしながら作業を進めました。

ルールを変えるには、仲間づくりも重要


藤沢 その後、国際的な交渉の舞台に進まれました。

田中 1986年から当時のGATT(関税や貿易に関する一般協定)の多角的貿易交渉(ウルグアイラウンド)が動いていました。私はその中で、工業製品の関税交渉を担当しました。日本は最強の工業輸出国でしたから、他国の関税を下げさせ、輸出を増やすという明確な目的がありました。世界の国々は日本の輸出が自国の産業を破壊しかねないと警戒する空気が強く、いわば今の中国のような立ち位置にいました。敵対的とも言える空気の中で、日本の主張を通すのに苦労しました。

GATTがWTO(世界貿易機関)に進化する過程で国際経済ルールが強化され、司法化も進みました。私もそうした時代の形成に関わっていましたが、完成に近づいたところで、再び秩序が崩壊し始めたように思います。私の世代は、そのようなアップダウンを最前線で体験してきたと言えます。

通産省(現・経産省)在籍時代の田中氏が、執筆に関わった2冊の書籍。
「構造調整ビジョン」と「共存的競争への道」、2つのビジョンがまとめられている

藤沢 ルールが作られていく中で不利にならないように行動し、逆に秩序が壊れていく中で存在感を維持していくには、どのような工夫が必要だったのでしょうか。

田中 自分のポジションをしっかりと持ち、目標を明確にする必要があります。強い意志を持つだけでなく、それを支える客観的な事実をどれだけ持ち、伝えられるかが重要です。

そのうえで、自身の主張を広げていくための仲間作りが求められます。どんなに正しいことを訴えていても、1人で世界を動かすことはできません。私が関わった多くの交渉では、どれだけ仲間を増やせるかがポイントになりました。日本の主張の賛同者を増やしていくのです。

そのためにも、主張がどれだけ事実に基づいているかが大切です。また、自分だけ得をしようとする話には、誰も耳を傾けてくれません。Win-Winの関係になれる公平性が伴わないと、仲間は増えません。私はそれを、骨身に染みて感じてきました。

ソートリーダーシップが巻き込む主体は、人と社会


藤沢 田中さんがNECに移籍されて、同社における「ソートリーダーシップ(Thought Leadership)活動」の責任者になられました。NECが進めるソートリーダーシップ活動には、新たな産業を1つ創造するほどのインパクトがあると思っています。田中さんがソートリーダーシップ活動の責任者になったことの意義は、どこにあるとお考えですか。

田中 NECがソートリーダーシップ活動で目指しているのは、「NEC 2030VISION」を起点に、自らが持つ技術を中心とする強みと社会の巻き込みを通じて、社会を変えていくことです。私は「Orchestrating a brighter world」というNECのブランドメッセージが好きで、その理念を現実にしようとするソートリーダーシップ活動の取り組みに共感しました。経産省時代の見方とも共通するものを感じました。

藤沢 田中さんは今、経産省時代にされていたことを、民間企業でも進められようとしていますね。政府にいらした立場から見て、民間企業がビジョンやルール作りに参加することには、どのような意義がありますか。

田中 国はビジョンを出しますが、実際に社会を変えていくのは企業の製品やサービスです。国民生活の隅々まで届く力を持つものを提供できて初めて、NECの技術は社会に実装されます。どちらが重要かという話ではなく、両方あってこそ、社会は変わっていきます。

また、日本は「官民一体」で動くという認識が国内外にありますが、これは間違いです。官と民が同じ方向を向いているのは事実ですが、実態としては、政府と企業の距離感が世界で最も遠いのが日本だと思っています。

ウルグアイラウンド交渉でジュネーブに張り付いていた時も、私に最も頻繁に接触してくるのは国内企業ではなく、海外企業、団体やそのロビイストたちでした。「この品目の関税をこうして欲しい」、「A国の関税を下げるために、日本にもっと動いてほしい」などと働きかけてきます。こうした経験から、官民一体になるとはどういうことかを認識しました。

生成AI等の技術が登場し、政府は技術に対する十分な理解も持っていなければ、その将来展望も持っているわけではありません。技術の可能性やリスクを理解している民間のプレーヤーが主体的にルールや制度のあり方を考えることが必要なのです。あるべきルールや制度の姿は、民間企業こそが提言すべきです。

現状では多くの民間企業は、そのような社会の期待に十分に応える役割を果たせていないと私は理解しています。一刻も早く、そうしたルールの提言をごく普通にできるようになっていきたいと思います。

藤沢 NECはかつてBtoCのビジネスを中心にしていましたが、今は完全にBtoB中心になっています。なぜBtoCではなくBtoBの時代になってから、ソートリーダーシップ活動を強化しようと考えたのでしょうか。

田中 当社のビジネスはBtoBですが、当然、その先にはC(Consumer)があります。BtoBの正体はBtoBtoCであり、最終的には生活者、国民全体に影響を及ぼしていきます。インフラ的なビジネスは特にそうですし、IT関連の製品やサービスも、お客様企業を通じてエンドユーザーに届きます。そこまで視野に入れなければ、BtoBのビジネスは成功しません。そこにソートリーダーシップ活動の価値があり、ソートリーダーシップ活動無くして私たちがビジネスを広げて行くことはできないと考えています。

藤沢 NECの研究開発は、時代の先端を歩んでいます。誰も使ったことがない技術を社会に出し、そこから全く新しい常識やライフスタイル、働き方、産業などが生まれてくると思います。NECがソートリーダーシップ活動によって発信していくビジョンは、社会のどこまでを巻き込む必要があるでしょうか。

田中 新しい技術が社会に出ていくときには、市場側の受け止めが必要です。時間をかけて浸透していく中で、ソートリーダーシップ活動が巻き込むべき主体には人と社会があります。

例えば、NECは顔認証の技術を得意としています。しかし、その技術が社会に受け入れられるには、個人情報に関する不安を解消する必要があります。つまり、個人情報を守る仕組みを先に作らなければ、社会実装はできないわけです。

個人情報に関する仕組みは、NECが一企業として提案しただけでは成立しません。法律や制度にしていくためには、社会を構成する業界や国など様々な主体を巻き込み、それぞれが役割を果たしていく必要があるのです。それがまさにソートリーダーシップ活動だと思います。

経営戦略の中にソートリーダーシップ活動を根付かせる


藤沢 NECのソートリーダーシップ活動は3年目に入っていますね。これまでの活動と今後の展望について、どのようにお考えでしょうか。

田中 まだ大きな成果はありませんが、一つの転換点としてIISEというシンクタンクをソートリーダーシップ活動の中心に据える決断をしました。ソートリーダーシップ活動は世界中で進んでいますが、シンクタンクを主体に進める例は珍しいと思います。

NECが目指すソートリーダーシップ活動は、様々な分野、社会を大きく巻き込んでいく必要があります。そのとき、NECという企業名が先にあると「NECのビジネスや利益のためにやっているのではないか」という捉え方をされる場合があり、本当に届けたいメッセージが届きにくくなってしまいます。

独立したシンクタンクを中心に進める方が、より多くの人たちにメッセージを届けやすくなります。私はこの方法が正しいと思っています。初めての試みですから試行錯誤もありますが、時にアジャイルに取り組み、仲間を広げていければと思います。

藤沢 ソートリーダーシップは一つのマーケティング手法として、米IBMが最初に導入しました。その後、様々な国や企業に広がりましたが、シンクタンクを用いたのはおそらくNECが最初だと思います。NECのビジネスとうまく連携して進める必要がある半面、独立したシンクタンクとしては、NECの思い通りの絵は描けない可能性もあります。

田中 ソートリーダーシップ活動は、NECの事業の主体としっかりとつながることが大事な原則です。だからこそ経営戦略の中に位置づけられているのです。他方、ビジネス側とシンクタンクの考えは、常に同じ方向やスピード感を共有するとは限りません。時には対立することもあるでしょう。その緊張と困難を超えたところで、経営戦略に真に組み込まれたソートリーダーシップ活動が実現されていくというのが、私たちが悩み抜いた末の結論です。シンクタンクが全く自由に発想するということではありません。

こう考えたのも、この活動を通してNECが変わっていく必要があるからです。その先には、ソートリーダーシップ活動がNECの組織カルチャーとして定着し、ソートリーダーシップという言葉を使わなくても自然にソートリーダーシップ的な行動を取れる状態になることを目指しています。

藤沢 ソートリーダーシップ活動の推進は、従来のビジネスやシンクタンクが行ってきた調査研究の手法とは少し異なります。全く新しい発想を取り入れ、これまでとは違う思考方法を採るべきだと感じています。

田中 同感です。容易ではないからこそ、豊富な経験を持った人材はますます重要です。当社にとっても、シンクタンクにとっても、大きなチャレンジになります。成功へのモデルが確立されているわけでもありません。

モデルが無いからこそ、私たちが初めてそれを示していける。そんな気概を持ち、様々なことをアジャイルに試しながら進めていただきたいです。多くの課題解決にソートリーダーシップ活動が貢献していくと期待しています。

藤沢 そのためには、どのようなスキルや能力が求められるとお考えですか。

田中 一つは、課題を見つける能力でしょう。それが単なる思いに終わらず、それを支えるファクトをさかのぼって本質をつかむ情熱と広い視野や知識が必要です。

もう一つは、仲間を作って活動を外へ広げて行く能力です。多くの人や組織にメッセージを伝え、巻き込んでいくためのアイデアを豊富に持っていることも重要です。

藤沢 メッセージを発信する時に、企業として発信する場合と、ソートリーダーという個人として発信する場合があります。社内でソートリーダーという個人をどう育て、位置付けていくべきでしょうか。

田中 今はまだ、NECの中にはソートリーダーを育てる仕組みがありません。IISEという存在が、そこで生きてくると考えます。人事異動に左右されずに取り組むことを可能にする兼業や副業などの仕組みも揃いました。個人としてそのような存在を目指したいと考える人が出てくることが目標です。

藤沢 誰も成し遂げたことのない、民間発の新たな産業づくりを目指す活動ですね。ワクワクしますし、やりがいもあります。世界を舞台に活躍されてきた田中さんの言葉には、企業がソートリーダーシップを実践する上で、重要な種がいくつもありました。人と社会を巻き込み、それぞれの役割を果たしながら、理想の実現を目指していくその第一歩を後押しできればと思います。

聞き手:IISE 理事長 藤沢 久美

藤沢 久美

大阪市立大学卒業後、国内外の投資運用会社勤務を経て1995年、日本初の投資信託評価会社を起業。1999年、同社を世界的格付け会社スタンダード&プアーズに売却。2000年、シンクタンク・ソフィアバンクの設立に参画。2013年~2022年3月まで同代表。2022年4月より現職。https://kumifujisawa.jp/

企画・制作・編集:ソートリーダーシップHub(藤沢久美、鈴木章太郎、塩谷公規、石垣亜純)

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