いつまでも浸っていたい。全身で。『モーヴ色のあめふる(佐藤弓生)』感想
2022年8月、熱帯夜。
体温と同じくらい熱がこもった寝室で、冷房が利くのを待ちながら。
Twitterで奇書が読みたいアライさん(https://note.com/kisyo_arai/)のおすすめを拝見し、勢いよく本書を買いました。
Kindleだけれど、確かに勢いはあったように思う。
現代短歌の歌集を読むのは、ほとんど初めてと言って良いかもしれません。
なので、常識から外れた感想を書いていたら、笑ってお流しくださると幸いです。
読み始めて気づいたこと。
五七五七七、の文字数に当てはまってはいるけれど、文節で区切られていない歌がたびたび登場します。
これは、「句またがり」と呼ばれる技巧だそうです。
なるほど。勉強になりました。
そして私にとって、この句またがりが、とても。すごく。心地好かったのです。
句の切れ目と文節の切れ目が違うから、あれっ?と立ち止まる。
そして反芻し、理解する。
目で読む時のリズムと、心の中で音読した時のリズムが異なるのは、ゆったりとした合間に転調を繰り返す、静かな楽曲に似ています。
何回も味わって楽しめるけど、どこか寂しさが残る、ハッカみたいな清涼感の余韻。
気づけば冷えてきている室内とともに、心の温度が下がっていく。
五七五七七、の区切れではないところに「……」などの空白があるのも、どきっとして良かったです。
袖を引っ張られるような感覚だけど、それがまた快いというか。
みみずを踏みつけてしまったのだろうということを、直接的な言葉ではなく表現したことに心を打たれました。
ぽたりと水面に落ちた雫のように密やかだけど、痛切な悲しさが潜んでいる。
私も昔、暗い夜道で蛙を踏みつけてしまったことがあって。
その断末魔の声とともに襲ってきた、どうにもならない罪悪感を思い出しました。
またすぐに心を打たれてしまいました。
どこにでも地獄はある……。
そこに、ゆきずりのひと、という全くの他人が登場するところも好きです。
絶望の中、ただ青空の青さにだけ、心を寄せる。そんな情景。
鳥のハヤブサのことかと思ったら、後半で小惑星探査機「はやぶさ」のことだと分かる。この、ミステリーみたいな物語性。素晴らしい。
宇宙が頻繁に登場する中で、特に月についての言及が多い気がします。
私は月とハルキゲニアが好きなので、特にこちらの歌に惹かれました。
ハルキゲニアは、背中にトゲトゲ、お腹には脚がいっぱいある、細長い古代生物です。
あとは、松谷みよ子さんのモモちゃんに言及した句について。
私が大学で民話を調べていた時、松谷みよ子さんにはあんなにお世話になったのに、「モモちゃんとアカネちゃん」シリーズの作者でもあったということを忘れていました。
とっても懐かしい。みんなモモちゃんだった。
読み進めると、あっという間に心が宇宙へ、空想へと飛んでいきます。
そして何より、知らない言葉がたくさんあって、自らの不勉強を嘆きつつも嬉しくなる。
表題になっている「モーヴ色」について調べてみると、元はフランス語で、薄く灰色がかった紫のことだと分かりました。
マゼンタよりも青みが強い。そんな色の、雨に思いを馳せる。
一方で、知っている言葉も、ひらがなにすると印象が変わります。
古語を含めた日本語の美しさ、その用い方のバランスの良さに、何度も感動しました。
つめたい地面を裸足で踏みながら、刃を抜いて、対峙しているような気持ちにもなります。
言葉の威力を思い知った夜。
体は日常にあって、心だけ思考に浮き沈みする感覚。
ずっとこの中で漂っていたいから、終わってほしくない。
でも読み終えてしまった。残念。
楽しい時間はいつも短いものです。
久しぶりに本を通読できて、とてもいい時間を過ごせたことが嬉しかったです。
こちらの本を紹介されていた、奇書が読みたいアライさんに感謝します。
そして、佐藤弓生氏と、本の制作・出版に携わった方々へ、心からの賛辞と謝意を述べさせていただきます。
ありがとうございました。
Photo by CHUTTERSNAP on Unsplash
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