見出し画像

アレキシサイミア

こんにちは、ナツミです。前の記事。9いいねありがとうございました。本当に閲覧してくれる方に感謝しかないですね。文章を書くのは苦手ですが、見てくださる方がいるので書きます。あと純粋に僕が文を書くことが好きなので書き続けます。


さて、前回は精神疾患系のこと次のnoteで書くよ〜って言ったと思うのですが、今回は別の話を書こうかなと思います。暇つぶしでも、流し読みでもいいので、ちょっと時間いただきますね。


大人になるってなんだろう。大人ってなんだろう。
僕はかなりの頻度でそれを考えます。
20歳をむかえたら大人になるのか、自立ができたら大人になれるのか、沢山の考えがあると思います。

僕は、物事の関心や、感じ方が変わった時、大人になったな。と思います。
例えばそれが15歳であっても、思考や感じ方が変わったのならもう大人だと僕は思います。

子供は大人が思っている以上に色々なことに関心をもち、沢山の思考を巡らせ、脳内で自分の世界を作ることが出来ます。

例えば、
草むらの中の蛇苺、
砂場のキラキラとした石、
甘い蜜の味のする花、
道路に落ちている謎の木の実、
サラサラとした感触の良い砂、
挙げていったらキリがないです。

子供はこれらのようなものに関心をもち、ときめき、脳内で理想の世界を創り、楽しむことが出来るのです。

僕にはもう出来ません。そしてこれを読んでいる貴方達にも恐らくできません。決めつけてしまってごめんなさい。出来るよって人がいたら、僕のことをこれでもかってくらい叩いてください。

話が少し逸れましたね、すみません。
子供達は上で書いたような物に触れ、関心を持ち生きてますが、僕達はどうでしょう。

お金のこと、
自分の精神状態のこと、
道路に落ちている入ってるか入ってないか分からないタバコの箱、
乗れるか分からない満員電車、
そして、言葉で表現することの出来ない孤独感、

恐らく考えていることはこのぐらいでしょう。全員が全員同じ思考ではないですが、僕の考えること、感じることはこのぐらいです。

随分と変わってしまいましたね。
キラキラ光る砂を見て、「ダイヤモンドだ、宝石なんだ、宝物だ」と思う感性は消えてしまいました。
甘い蜜の味のする花をみて「大人達に秘密で食べられる、僕が見つけた秘密のおやつなんだ」と思う感性は消えてしまいました。

今考えることなんて、「お金がないなぁ」とか、「薬が効かないな」とか、「明日事故が起きて死ねないかなぁ」とか、本当にそのぐらいです。

苦しいけど、大人になるってそういうことなんだろうなと思います。あったはずの感性が消えていくということなのだと思います。

大人になって、元々色があったはずの自分が、どんどん透明になっていく感覚が怖いです。
実体があるはずなのに、僕の色は時間の経過とともに無くなり、きっと最後残るのは果てしない「無」だと思います。
なんとか自分にとって価値のある大切なものを探して残そうと模索しますが、そもそも価値のある物と価値の無いものすら見分けがつかなくなりました。僕はもう価値の無いものですら、失うのが怖いのです。
それでも自分なりに大切にしてるつもりですけどね。大切にしたいっていういう気持ちだけは本物なので。


何かを伝えたくてこの文章を書いたわけではありません。プロフィールにも書いてあるとおり、このnoteは僕が死ぬまでの記録なので。あくまでも僕の思想です。

眠くなってきたので今日は終わりです。
おやすみなさい。バイバイ。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?