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《連載小説》おじいちゃんはパンクロッカー 第九回:垂蔵のニュース

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 日が変わってもまだ露都とサトルの冷戦状態は続いていた。朝食の時も互いに口も聞かず食事が終わったら互いに声もかけず外に出た。絵里は露都に呆れ果てあなたお父さんなんだから子供じみた事はやめてサトルに頭下げなさいよと叱ってきた。だが露都はそれに対して何も答えず、ただサトルが自分について何か言っていなかったか聞くだけであった。

 露都は自分の混乱を全て垂蔵のせいと決めつけ、日常から出来るだけ垂蔵の存在を消そうと試みた。彼は積極的に会議で発言し、うまく会議をまとめ上げた。そんな彼の働きぶりを同僚はアイツやばい薬でもやってるのかと驚いていたが、それも全て垂蔵のことを頭から退けるためであった。だが現実はそうは問屋が下さなかった。嫌なことはこっちがどんなに避けても向こうからやってくるのだ。

 昼食時間になると露都は最近そうしているようにこの日も庁舎の近くの公園のベンチでスマホをいじって株価情報や学術論文やwikiなんかを覗いていた。株価情報にも学術論文にもwikiにも別に興味などはなかったが、とにかく暇つぶしにはなったからである。その露都の所に同期で入省した男が声をかけてきた。この男は露都の小学時代からの友人で親が大企業の経営者である葛木だった。

「よぉ、大口久しぶり。そっちは忙しい?うちは最近徹夜漬けでさぁ。まるで肉体労働者みたいだぜ。何のために官僚になったんだよって感じだよ。ああ!早く辞めてえな!」

「いいな、実家の太い奴は呑気にそんなこと言えて。俺なんか何も持ってねえからしがみつくしかねえんだよ」

「へっ、何言ってんだよ。お前のお母さんの父親なんて局長まで登りつめた人じゃねえか。その息子の叔父さんだって今審議官だろ?いずれ父親みたいに局長になるって噂されてる人じゃん。どこが何も持ってねえだよ。お前は俺らに比べりゃよっぽど恵まれてんだよ。いい加減その事に気づけ」

「あっそ!」

「ところでさ」と葛木は突然真顔になって言った。

「お前の親父さん、倒れたんだって?大丈夫かよ?」

「えっ?」と露都は思わず声を上げた。こんな事家族以外どこにも話していないぞ。コイツはどっからそんな事知ったんだ?まさか省内に垂蔵の事がバレてるって事か?下手に大っぴらになったらまずい事になる。そうなったら叔父さんは真っ先に俺を切り捨てるはず。あの人はなんだかんだいって結局は自分が一番かわいいんだから。

「おい、何そんなびっくりした顔してんだよ。自分の父ちゃんが倒れたってネット話題になってんの知らないのか?昨日の夜親父さんがやってるサーチ&デストロイだっけ?そのバンドの事務所がネットに親父さんが急病で倒れたって事を公式であげたんだよ」

「知るわけねえだろそんなもん!」露都は葛木の言葉にホッとしてとりあえず肩をなでおろした。しかし改めて友人の言ったことを思い返しあんなクズが病気になったぐらいでなんで世間が大騒ぎするんだと不思議に思った。

「まぁ、お前もいろいろ忙しくてネットなんかチェックする暇ねえってのはわかるけどな。でも凄え人なんだな、お前の親父さん、なんかいろんな人が親父さん心配してるぜ。ミュージシャンは勿論評論家や政治ジャーナリストまでさ、親父さんのバンドを聞いて人生変わったとか言い出してさ。そういや、俺小学校の時お前の親父さんバカにしてたよな。あんまりにも今更で意味ないかもしれないけど詫びるよ。申し訳なかった。親父さん早く元気になるといいな」

「ああ、ありがとう。だけどお願いだから俺と親父が親子だって事絶対に口外しないでくれ。俺と二人だけの時もだ」

「おいおい、親父さんがパンクロックやってちゃやっぱり出世に響くってのか?お前には叔父さんとお祖父さんがついてんだろ?」

「おい!」

「わかったよ!もう言わねえよ!ったく神経質な奴だな!」

 そう言うと葛木は立ち上がってじゃあなと言って足早に去って行った。再び一人になった露都は今の友人の言葉を思い浮かべて何ともいえない気分になった。こんなに頭から垂蔵の事を追い出そうとしているのにどうして周りは放っておいてくれないのか。あの野郎、今更畏まって散々クソ親父をバカにした事を謝ってきやがって。そういうのが尚更こっちを苛立たせるのかわかっているのか?露都の頭の中にふと昨夜観たビデオの映像が浮かんできた。垂蔵の馬鹿げた見世物としか思えないあの様を。アイツ結構有名だったんだな。全く知らなかったよ。まあ知る気もなかったけど。

 葛木の話を聞いて世間で垂蔵の事がどう語られているかが気になってきた。しかし露都はそんな事はバカげた事と手に持っていたスマホをポケットにしまい、そしてベンチから立ち上がって庁舎へと戻った。さぁ、もう仕事だ。垂蔵の事などさっさと忘れてしまえ。

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