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世界はシティポップに夢中

 改めてここに書く必要はないが今世界中の人々がシティポップに夢中になっている。なぜ世界の人々が三十年以上前に流行ったシティポップを絶賛しているのについての分析は専門家に任せて、三文ライターの私はここでシティポップに関するちょっとしたエピソードを紹介することにしよう。


 冒頭にも書いたように世界は今シティポップに夢中になっている。それは竹内まりやの『プラスティック・ラブ』がYouTubeで注目されたことに始まり、杏里や角松敏生がそれに続き、近年の松原みきの再評価に至った。そして今最も注目を浴びているシティポップはKIYOSHI YMAKAWAである。しかしこの突然の再評価は昔から彼を追っていた人にとっては今更の評価かもしれない。

 私は何度もKIYOSHI YAMAKAWAについて書いているから読者にとっては繰り返しになるが、新規の読者もいるかもしれないので再び彼の経歴をここに書くことにする。KIYOSHI YAMAKAWAは1970年年代中盤に日本にはソウルシンガーとしてデビューした。しかし当時の歌謡曲が中心の日本の音楽シーンには受け入れられなかった。彼はそのまま地道に活動していたが、彼を売らんとしていたレコード会社はすでに完成していた新アルバムのマスターテープをいじって当時流行していたシティポップ風にアレンジを変えてしまったのだ。これにKIYOSHI YAMAKAWAは激怒し。日本の音楽界に失望してアメリカへと旅立ってしまった。そのアルバムも全く売れずいつのまにか忘れさられていたが、皮肉な事にこのアルバム『アドベンチャー・ナイト』は数十年の時を得て大々的に再評価されてしまったのだ。KIYOSHI YAMAKAWAの名はシティポップとともに語られ、名実ともにシティポップの象徴となった。しかしこれは私の記事を追っている読者には周知の事だが、KIYOSHI YAMAKAWAは『アドヴェンチャー・ナイト』発表後、本物のソウルを求めてアメリカに旅立ったが、そのまま現在も行方しれずとなっている。

 そのKIYOSHI YAMAKAWAに会いに突然アメリカから一人の青年が日本にやってきた。この青年はガンジー・ガンジーという今世界で最も注目されているビートメイカーである。彼は三年前に自らのアーティスト名を冠したトラック『Gandhi Gandhi』でデビューをしたが、このEDMとヒップホップにゴアトランスまで混ぜ合わせたようなサイケデリックなアッパーチューンはたちまちの内に世界のクラブシーンを席巻してしまった。途中で何度もスポークンされる「ガンジャガンジャガンジャ!」のフレーズはガンジー・ガンジーの戦争なんか今すぐやめてガンジャキメてピースしようぜという平和への願いだ。しかし彼の名を一気にメジャーにしたのは何といっても昨年リリースした「カーマスートラ」であろう。この角砂糖を火で炙って溶かしたような禁断の薫りと甘さに満ちたメロウチューンは間違いなく今世紀最高のベッドタイムミュージックだ。このインド文学の古典である『カーマスートラ』のセクシャルな声の朗読をバックに緩やかに奏でられる曲でもガンジー・ガンジーは秘儀を尽くしてラブアンドピースを極めろと謳っている。このチューンをリリースした後ガンジー・ガンジーはビッグネームの仲間入りを果たし、グラミーにノミネートをされるまでになった。コラボやリミックスの依頼は後を立たず、彼がレイブパーティーに出ると予告すれば万単位の会場が一瞬にしてソールドアウトになってしまった。そんなセレブな男がKIYOSHI YAMAKAWAを求めて日本にまで来てしまったのである。

 とはいえ、確かに驚くべきことではあるが、この突然の来日は全く予想もできなかったことではない。ガンジー・ガンジーがKIYOSHI YAMAKAWAをリスペクトしているのは周知の事実であったし、彼のSpotifyのプレイリストにも『アドベンチャー・ナイト』はしっかり並んでいた。そしてインタビューで彼は何度となくKIYOSHI YAMAKAWAに会いたいと言っていたからである。しかしそれにしてもわざわざ多忙な中の貴重な休暇を使ってわざわざ日本までKIYOSHI YAMAKAWAに会いに来るとは。それほどなまでに我らがシティポップのキングKIYOSHI YAMAKAWAを愛しているということなのだろうか。

 この突然のガンジー・ガンジーの来訪に日本のレコード会社やライブのプロモート会社はてんやわんやとなった。ガンジー・ガンジーは日本に来る前にレコード会社やライブのプロモート会社に「今から日本に行くからKIYOSHI YAMAKAWAを俺の前に連れてこい」と等とんでもないメールを送ってきからだ。

 ガンジー・ガンジーのあまりに無茶な要求にレコード会社とライブのプロモート会社の担当者一同はパニックに陥った。何故なら自分たちが主催するガンジー・ガンジーのレイブパーティーが半年後に控えているからだ。ガンジー・ガンジーといえばキャンセル魔で有名でちょっとでも気に入らないことがあるとすぐにブッチしてキャンセルしてしまう男だ。勿論賠償金は膨大な額になるだろう。しかし一夜で億を稼ぐといわれているガンジー・ガンジーにとってはキャンセル料なんか端金だ。かえってキャンセルされたから困るのは自分たちなのである。せっかく大金積んで呼んだのにキャンセルなんかされたらレイブは確実に大失敗し自分たちに大損害が出る。その結果彼らを待つのはここでは到底書けないぐらいの悲惨な運命である。

 当たり前だが担当者はすぐにガンジー・ガンジーに宛ててメールでKIYOSHI YAMAKAWAが今も行方不明だから合わせる事はできないと返答した。しかしガンジー・ガンジーは日本のとっくに捏造だと判明しているTwitterを添付してきて「お前らジャップもKIYOSHI YAMAKAWAはちゃんといるって言ってるぜ!」と人種差別丸出しの言葉で返して来たのだ。

 ガンジー・ガンジーのこの返信に担当者一同は頭を抱えたが、レコード会社の幹部のあまりガンジー・ガンジーの事をよく知らない年配の連中がやって来てどうせKIYOSHI YAMAKAWAなんか見つからないんだから、昔の外タレみたいに彼を川崎のソープランドにでも連れて行ってあげればいいんじゃないかと言い出した。すると担当者の中の彼をよく知っている若い人間が慌ててそれはやめたほうがいいと言い出して、ガンジー・ガンジーが#Metooに賛同していて、女性を奴隷として扱う売春なんか今すぐ禁止にすべきだと主張している人間である事を伝えた。

 幹部連中はそれを聞いて「レイプの最後の一文字をブに変えただけのアホなパーティやってるやつがが偉そうなこと言うんじゃねえよ!」とか「どうせ裏でやりまくりでしょ」とか「あのエリックだって一瞬でソープに落ちたんだ。そんなガキ一瞬で」とか口々に最低な事を言ったが、そんなしょうもない愚痴を上の空で聞いていた担当者の一人は頭を抱えてこう叫んだ。

「いったいどうすりゃいいんだよ!」


 しかしそうやって叫んだところでKIYOSHI YAMAKAWAの所在はつかめず、かといってガンジー・ガンジーの乗る飛行機を運行中止にする事はできず、とうとうガンジー・ガンジーは日本に降り立ってしまった。ガンジー・ガンジーは空港に降りるとすぐ担当者に電話をかけた。ガンジー・ガンジーは関係者に羽田にいるから早く俺を迎えに来い。KIYOSHI YAMAKAWAには明日会いに行くから彼にそう伝えろとあまりにも無理がありすぎる事を言ってきた。しかし、半年後の巨大レイブパーティの主役をキレさせる訳にはいかない関係者はKIYOSHI YAMAKAWAも会いたがっているとかその場凌ぎの出鱈目をペラペラ並べて彼を喜ばせた。

 さて関係者一同はそれから空港までガンジー・ガンジーを出迎えに行ったのだが、実際の彼は一夜で億を稼ぐ男とかいう大物ぶりからは想像できない拍子抜けするほど普通の白人青年だった。アメリカ人としてはやや細身で小柄なこの青年はベースボールキャップとTシャツにハーフパンツといういかにも能天気なアメリカンな格好でキャリーバックを手に立っていた。その普通ぶりのせいで誰もこの男が今世界を席巻しているガンジー・ガンジーその人だと全く気付かず通り過ぎていた。担当者一同は明日への恐怖に慄きながらおずおずとガンジー・ガンジーに近づいてハローと挨拶をした。するとガンジー・ガンジーは何故か鼻を鳴らしてあたりの匂いを嗅ぐと「スパイシー」とつぶやくと手を広げてこう叫んだ。

「イッツ・ショウ・ユー・ターイム!」

 担当者一同はガンジー・ガンジーの醤油と大谷翔平をかけた最高につまらないアメリカン・ジョークに無理矢理の大爆笑で応えた。彼らは初めて実際のガンジー・ガンジーに会って、彼がアメリカの田舎にいそうな純朴な青年に思えたのでこれだったらやっぱり風俗いけるんじゃないかとか思い始めた。今までの外タレの経験からわかる。こうゆうタイプは一旦風俗に行かせればすぐに堕ちるはずだ。KIYOSHI YAMAKAWAなんてどうせ探しても見つからないんだからせめてものお詫びに風俗でたっぷり東洋思想を学んでもらおう。彼らは互いに目を見合わせていけるんじゃねと微笑んだ。

 都心に向かう車中でガンジー・ガンジーはヨガのジムに寄りたいとか言い出した。なんでも本場のヨガを体験したいらしい。彼はヨガと禅で俺のスピリチュアルを高めたいとか抜かしはじめた。ああ!まさにヤンキー。こいつはインドと日本の区別もつかないのか。だが担当者たちはガンジー・ガンジーの戯言に微笑み、そして互いにうなずき合って確認するとその中の英語に堪能な男がガンジー・ガンジーに向かって言った。

「ミスターガンジー・ガンジー。東洋思想を学ぶには格好の場所がありますよ。川崎ってとこにあるんですが今から案内……」

 しかしガンジー・ガンジーは川崎と聞くなり急に顔色を変えてしまった。ああ!担当者たちは彼がDJ仲間からジャップのKAWASAKIのSO-PULANDってとこでOMOTENASHIを受けだぜと聞いていたのを知らなかったのだ。ガンジー・ガンジーはKAWASAKIと聞いた途端いきなりファックと大声を上げて猛烈に担当者たちをディスり始めた。

「ヘイ・ユー!お前らは未開人の猿か!このイエローモンキーめ!KAWASAKI、芸者、花魁。お前らイエローモンキーはどれだけ女性たちを苦しめれば気が済むんだ!俺をこんなに怒らせたのはお前が初めてだ!お前は黒人と女性はなによりも大切にしなきゃダメだってのがわかんないのか?もしKIYOSHI YAMAKAWAに会う予定がなかったら今すぐアメリカに帰るとこだぜ!そうなったらどうなるかお前らイエローモンキーのお得意の計算で考えろ!とにかく今回だけは勘弁してやる。ただ絶対にKIYOSHI YAMAKAWAには会わせろよ!出ないと二度とこのイエローモンキーランドに来てやんねえからな!」

 ああ!いけると思っていたおもてなしが大失敗に終わってしまった。怒り狂うガンジー・ガンジーをどうにか宥めてホテルに送った後、彼らはそのまま某場所でミーティングを始めた。最初に飛び出したのは当然互いの責任のなすり合いだった。皆、誰がガンジー・ガンジーを風俗に連れてけなんて言い出したんだとか、俺は反対だったとか、それぞれ嘘八百の言葉を並べて自己弁護に走り、挙げ句の果てに皆頭を抱えて叫ぶのだった。

「いったいどうすりゃいいんだよ!」


 だがもう彼らにはKIYOSHI YAMAKAWAを探す道しか残されていなかった。だがこんだけ四方八方あらゆる関係者に当たって探しても見つからないものをたった半日でどうやって見つければいいのか。彼は議論を重ねた末もうやけくそでTwitterにガンジー・ガンジーがKIYOSHI YAMAKAWAに会うために極秘で来日している事を発表することにした。

 勿論ガンジー・ガンジーの来日自体本当に極秘なので下手したら大問題になる。しかしもう別の大問題がすでに起こってしまっているので、背に腹は変えられなかった。この情報が拡散すればもしかしたらKIYOSHI YAMAKAWAが現れるかもしれない。彼らは奇跡を信じてすぐさま各社SNSに投稿する文面を作成してとりあえず空港で撮ったガンジー・ガンジーの写真を載っけるともう勢いのままに次々と投稿して待った。

 ああ!このままKIYOSHI YAMAKAWAからなんの連絡もなかったら俺たちは確実にクビになる。そうなったらきっと君は来ない♫なんてのが流れ始める頃には確実にあの世に逝ってるぜ。ああ!どうしたらいいんだ!ガンジスの川に流されるのだけはごめんだ!

 だがそんな彼らの願いが神に通じたのか、奇跡はすぐに現れた。何とTwitterでKIYOSHI YAMAKAWAと名乗る男からのレスポンスがあったのだ。そのKIYOSHI YAMAKAWAと名乗る男は担当者のTweetに「俺だ。KIYOSHI YAMAKAWAだ」と一言だけコメントを入れてきた。しかしこんな悪戯を仕掛けてくる奴なんていくらでもいる。彼らは偽物と決めつけて無視する事に決めた。

 しかしである。このKIYOSHI YAMAKAWAと名乗る男は再び俺を信じられないのかとコメントを出して画像を貼り付けてきたのだ。担当者はしつこい男だと呆れ果てながら画像を見たのだが、その画像を見た瞬間驚きのあまり一斉に声を上げた。間違いないこれは本物だ。その写真に載っているのは舘ひろしみたいなグラサンをかけた白いTシャツにジーパンを履いた若きKIYOSHI YAMAKAWAで、彼がその胸の辺りに持っているのは明らかに『アドヴェンチャー・ナイト』のマスター・テープだったのだ。彼らはそれがアドヴェンチャー・ナイトのマスター・テープであることを何度も確認した。スペルには、英語が苦手なのか所々二重線で修正されているが、ハッキリとAdventure Nightと書かれていた。

 担当者たちはこの奇跡に全員狂喜した。間違いないコイツは本物のKIYOSHI YAMAKAWAだ。今まで誰も見つけられなかった人間を俺たちは見つけたんだ!このKIYOSHI YAMAKAWAの登場にTwitterはバズりまくり一時はサーバーが落ちる事態になった。日本どころか世界中がこの突然現れた伝説の男を話題にし、ガンジー・ガンジーのDJ仲間はお前やっぱり持ってるよ。やっぱりビッグになるやつは違うぜと彼を称えた。当然ガンジー・ガンジーもすぐさま担当者のTweetをリツイートして「Oh My Gosh!」とコメントをつけた。本来極秘であるはずの来日を晒された事などどうでもいいようだった。

 さて担当者一同は翌日の夜明け前にガンジー・ガンジーを出迎えにホテルへと向かった。KIYOSHI YAMAKAWAにはあの後すぐ電話でガンジー・ガンジーというDJが会いたがっている事を伝えたが、なんと彼は快く引き受けてくれた。「そのガンの爺いみてえな奴が俺に会いたいってんだな。いつでもあってやるぜ。ただ今俺の住んでるとこは東京からちいとばかし遠いんだけどな」と言って今住んでいる場所を教えてくれた。群馬県のど田舎の町だそうだ。担当者は群馬県と聞いてそんなど田舎まで連れて行かなけりゃいけないのかと嘆息したが、ガンジー・ガンジーはむしろ喜んでいた。彼は俺は東洋の深淵に入ろうとしているんだ。禅、ヨガ、ブッダ、ライスシャワー、アニメ、マンガ、そしてKIYOSHI YAMAKAWA。こんなアジアのフルコースを出されちゃ食べないわけには行かねえとかほざいていた。ああ!呆れるほどの無知!アメリカ人はバカだと思っていたがここまでバカだったとは!担当者はガンジー・ガンジーのバカさ加減に呆れ果てたが、しかし調子を合わせて必死に媚びを売った。

 そんなわけで早速ホテルでガンジー・ガンジーと合流したのだが、彼は昨日の揉め事など忘れたかのようにニコニコ顔だった。なんと彼は興奮のあまり一晩中KIYOSHI YAMAKAWAの曲を聴いて怪しげなタバコを吸っていたらしい。怪しげなタバコで妙にハイになっていたガンジー・ガンジーは挨拶もそこそこに腕を広げて担当者にこう呼びかけた。

「さぁ、今からグルーのKIYOSHI YAMAKAWAに会って俺たちのスピリチュアルを高めようぜ!」

 こうして担当者たちはガンジー・ガンジーを乗せてKIYOSHI YAMAKAWAの元へと向かったのだが、しかしKIYOSHI YAMAKAWAに会うのは午後の3時であった。いくらなんでも夜明け前に出るなんていくらなんでも早すぎないだろうか、と担当者たちはやたらはしゃいでいるガンジー・ガンジーを見て疑問に思ったが、そのガンジー・ガンジーが突然通訳担当の肩を叩いてこう言ったのだ。

「ヘイ、ユー!今からワットに行かないか?」

「What?」

「モンキー。そっちのワットじゃねえよ。ブッダの教会みたいなとこだ。KIYOSHI YAMAKAWAに会う前に禅でスピリチュアルを高めたいんだ。昨日はヨガをやろうとしたけどお前らモンキーのせいでムカついてそれどころじゃなかった。だけど今日は違う。俺は今日こそアジアを極めてやるんだ!」

 もう担当者はこの馬鹿のアメリカ人の甚だしい勘違いを正す気にはなれず、彼の言う通りにどっか適当なお寺に行くことに決めた。我々は群馬へ行く道すからネットでこの辺にガンジー・ガンジーのようなバカなアメリカンを適当にサービスしてくれるような寺があるか検索していたが、その時突然ガンジー・ガンジーがワンダフルとか言って道路脇に建っていたボロ寺を指差した。

「モンキー。あのファッキンワットに行こうぜ!あのワットには絶対パワースポットがある!」

 そんなわけで担当者たちはガンジー・ガンジーがワットとかいうそのボロ寺に案内させられる羽目になったのである。彼らは寺がこんなバカのアメリカ人の頼みなんか受け入れるわけないと思いながら寺の前に車を止めたが、その時ガチムチの坊主の男がこちらに近寄ってきたので早速彼に事情を説明してお願いした。このガチムチの男は寺の住職らしかったが彼は快くOKしてくれた。ガンジー・ガンジーは住職と一緒に中に入って行ったが、スタッフはここは本当に禅宗の寺なのか疑問に思った。

 寺の中から住職の警策を叩くちょっと卑猥なヤバい音とガンジー・ガンジーのカモンとかシットとかファックとかオウいう喘ぎ声にも聞こえる叫び声が聞こえた。担当者たちはその叫び声をBGMにしながらガンジー・ガンジーと引き会わせる予定のKIYOSHI YAMAKAWAについて話していた。

「あの、TwitterのKIYOSHI YAMAKAWAって本当に本物なんだろうな。ニセモノがたくさん出ているって話じゃないか」

「本物に決まってるだろうが!お前もあのマスターテープ見ただろ?やたら二重線引いたりして英語苦手そうだったけどちゃんとアドヴェンチャー・ナイトって書いてたじゃないか。とにかくここまで来ちまったんだ。それに今更KIYOSHI YAMAKAWAじゃありませんでした。やっぱり別の人でしたなんて言えるかよ」

「お前も疑ってんじゃねえかよ!とにかく……」

 その時いつのまにか寺から出ていたガンジー・ガンジーは異様に興奮した顔で彼らに話しかけてきた。まるでキマりまくっているような状態であった。

「オー、最高だぜベイビー。もうガンジャなんかいらねえって感じだった。さぁ、これで準備は終わりだ。早くKIYOSHI YAMAKAWAに会いに行こうぜ!」

 そんなわけで担当者たちは再びガンギマリみたいになったガンジー・ガンジーを乗せて群馬へと向かった。その車中でガンジー・ガンジーはアジアとKIYOSHI YAMAKAWAへの憧れを語った。ガンジー・ガンジーによると彼がKIYOSHI YAMAKAWAを知ったのはデビュー曲の『Gandhi Gandhi』を出した後だが、その頃彼は大スランプに陥っていたらしい。多分突然の大ブレイクがプレッシャーになったせいだと彼は語っていた。スランプのせいで彼は自信喪失し、カート・コバーンのように頭にショットガンを撃つことさえ考えたそうだが、そんな彼を救ったのが、たまたまYouTubeで観たKIYOSHI YAMAKAWAの『アドヴェンチャー・ナイト』のMVだった。恐らくアメリカ人のファンが勝手に作ったらしきそのMVにはブッダやヨガ、禅などの、いかにもバカなアメリカ人がイメージしそうな陳腐な東洋の映像の目白押しだったらしいが、その映像をバックに流れていたのがKIYOSHI YAMAKAWAの『アドヴェンチャー・ナイト』だったのである。

「俺はあれを聴いてリアルどん底に叩き落とされたよ。これがリアルアジアかよって思った。だってあのファッキンブッダの禅野郎は俺の目指していたニルヴァーナにあっさり到達していやがったんだぜ。ファッキングレイト、ホーリーシット!まったく俺の完敗だったよ。コイツに比べたら俺の『Gandhi Gandhi』なんて間違いなくゴミだった。俺はクソほどにもアジアを理解してなかったと悟ったね。こんなもの聴かされちゃファッキンスーサイドなんかしている暇ねえって思ったんだ。だから俺は『アドヴェンチャー・ナイト』聴きまくって本物のアジアを体に取り込もうと思った。そうやってブッダの心で作ったのが『カーマスートラ』なんだ。いってみればKIYOSHI YAMAKAWAは俺をファッキンスーサイドから救ってくれただけでなく、ファッキンニルヴァーナにまで連れて行ってくれたんだ。そのKIYOSHI YAMAKAWAに今から会えるなんてよ」

 担当者たちはガンジー・ガンジーの話を興味津々に聞いていたが、その時若い担当者が「へえ~KIYOSHI YAMAKAWAってあのロックバンドのニルヴァーナに影響を与えていたんですね。凄いなあ~」とアホな事を口にしたので慌てて口を塞いで黙らせた。車の外はいつの間にか田んぼだらけになっていた。日本人にとってはなんの変哲もないど田舎だ。群馬といえば田舎の代名詞。『お前はグンマを知らない』じゃないが、関東最大の田舎者の生息地だ。石を投げれば田舎者に当たるそんな田舎者の鳥獣保護区みたいなとこだ。担当者たちは田んぼを眺めてひでえ田舎と嘲笑したが、ガンジー・ガンジーは田んぼにすっかり魅了され、ゴージャスとか言い出して今すぐ車を止めろと言い出した。

 ガンジー・ガンジーはこのど田舎の群馬の田んぼに異様に感動したらしくこれが俺が求めてアジアだと呟いた。そして恐る恐る我々に近づいて来たいかにも田吾作みたいなルックスをしたオヤジを目を潤ませて拝み倒した。オーファッキングレイト!ファッキンブッダ!

 それから担当者たちはガンジー・ガンジーを車に乗せて再び移動を開始した。ガンジー・ガンジーはまだこのど田舎の景色に魅了されているようだった。しかし、担当者たちは目的地に近づくごとに不安になった。Twitterのあの男は本当にKIYOSHI YOMAKAWAなのか。別の人間ではないのか。ひょっとしたらただのいたずらか。だが、英語が苦手そうで二重線が無数に引かれていたが、マスターテープにはちゃんとアドヴェンチャー・ナイトと書いてあった。もはや髪、いや神にでも祈るしかない。担当者たちは奇跡を信じた。


 そしてとうとう一行の前にKIYOSHI YAMAWAがやっているというスナックが現れた。スナックの看板にはあの『Adventure night』と英語が苦手なのかところどころ二重線が引かれているがきっちり書いてある。その店名の下に『シティポップの==KIYOSHI YAMAKAWAのカラオケ教室〜生徒さん随時募集中!』とこれまた「の」と「K」の間に取り消し線で消されていて何が書いてあったのか確認できないが、おそらくここには「キング」の文字が入っているのだろう。担当者たちはこの看板と教室の案内文を見てここにいるのが間違いなくKIYOSHI YAMAKAWAだと確信した。

 ガンジー・ガンジーは看板を見た瞬間Twitterの写真とそっくりだ。これがグルーの住まうオオマイガーとため息を吐き早く車から降ろせと喚き出した。担当者はまず我々が話して来ると言ったが、ガンジー・ガンジーは聞かず無理矢理ドアをこじ開けてスナックの方に行ってしまった。スタッフは呆れ果てて慌てて後を追った。

 スタッフは店の前で立ち止まっているガンジー・ガンジーを見つけたが、彼はどうやら尻込みして中に入れないようだった。ガンジー・ガンジーのような典型的なアメ公でパリピな人間でも尻込みすることがあるのかとスタッフは驚いた。会いたい人間にすぐに会おうと車から飛び出したものの、いざ本人を目の前にすると急に臆して尻込みしてしまう。身近にもそんな人間はよくいるが、ガンジー・ガンジーのような能天気でバカなアメリカ人も同じような反応をするとは。スタッフは初めてガンジー・ガンジーというふざけた芸名のこのバカなアメリカ人に親近感を持った。スタッフの通訳担当はガンジー・ガンジーの肩に手を当てて言った。

「ヘイ、ガンジー勇気を出せよ。ドアの向こうには憧れのKIYOSHI YOSHI YAMAKAWAがいるんだぜ」

 スタッフはドアの前に立ち誰がドアのベルを鳴らすか相談した。結局一番若いスタッフがドアベルを鳴らすことになった。なんだか警察の家宅捜索みたいだった。ただ人を訪ねるだけなのに妙な緊張感が走る。先ほどまで調子こいていたガンジー・ガンジーはスタッフの後ろで縮こまって怯えていた。スタッフが緊張の面持ちでドアベルを鳴らした。しかしなんの反応もない。若いスタッフは代わってくれと言いたげに後ろを振り返った。しかし日本はいまだ年功序列社会。若者は年寄りに従うしかないのだ。そんなわけで若いスタッフはもう一度ベルを押した。すると中から男の声で「鍵は開いているから店ん中入ってきやがれ!」と言っているのが聞こえた。するとそれを聞いたガンジー・ガンジーはさっきあれほど怯えていたにも関わらず一目散で店の中に飛び込んだ。スタッフも彼が何かしでかさないように続いて中に入った。店はボロボロで本当に営業しているのかといった有様だった。ハゲてパイプが剥き出しになったイス。同じように至る所がボロボロに割れたソファー。全く酷い有様だ。その店のカウンターの奥に一人の老人が立っていた。彼があのKIYOSHI YAMAKAWAなのだろうか。ガンジー・ガンジーは目を見開いてこの老人をマジマジと見つめていた。彼は目をウルウルさせて老人にゆっくり近づいた。そして彼に尋ねた。

「Are you Mr KIYOSHI YAMAKAWA?」

 老人は突然やってきた。外人を訝しげに見て簡潔に答えた。

「Yes I Am」

 これを聞いたガンジー・ガンジーは突然頭を抱えてオーマイガー、オーマイガー!と絶叫した。

「Oh!,My God!Oh!,My Gosh!オー・マイ・ゴッド!オー!マイ!ゴッド!オオ!マイ!ゴッシュ!」

 このアメリカ人の馬鹿騒ぎに若いスタッフは驚いて通訳担当に話しかけた。

「アメリカ人ってホントにオーマイガーとか言うんですね。あんなリアクションYouTubeの中だけかと思ってました」

 そう聞きながら不思議そうにガンジー・ガンジーを見ている若者に年長の通訳担当は優しく教えてあげた。

「アメリカ人はリアクション民族だからみんなああだよ。アイツらはいつもどうでもいい事でオーマイガーとか喚くんだ」

 ガンジー・ガンジーはまだ頭を抱えてオー・マイ・ゴッドと繰り返し喚いていた。もうそれしか言葉を喋れないのかといった状態であった。

「オーマイガー!オーマイガー!オーマイガー!オオ!マイ!ガーァー!」

「うるせえんだよ!このアメ公が!テメエらは口を閉じることも知らねえのか!」

 KIYOSHI YAMAKAWAの強烈な一喝だった。スタッフがガンジー・ガンジーがブチ切れて日本から出ていくとか言い出すのを恐れて慌てて二人を抑えようと二人を取り囲んだ。しかしガンジー・ガンジーはKIYOSHI YAMAKAWAの一喝に激怒するどころか逆に膝をついて涙ながらにを乞い始めたのだ。

「Forgive Me Please Maestro!」

「ちっ、しゃあねえなぁ〜、たくお前はそんなに俺が、このKIYOSHI YAMAKAWAが好きなのか。オラ、立てよ。俺の店は地べたで飲むところじゃねえんだ」

 KIYOSHI YAMAKAWAはそう言いながらガンジー・ガンジーをたたせた。ガンジー・ガンジーの奴はいつものお調子ものぶりはどこへやらすっかりおとなしくなってしまっている。KIYOSHI YAMAKAWAはそのガンジー・ガンジーをカウンターへと座らせた。スタッフ一同はこの心温まる光景を見て一安心した。これでレイブは大成功だ。それどころかガンジー・ガンジーが乗り気になってKIYOSHI YAMAKAWAとコラボしたいなんて言い出すかもしれない、いやアメリカ人なら絶対に言うだろう。その時ガンジー・ガンジーがいきなり十字をきりKIYOSHI YAMAKAWAに切々と訴えた。

「オー、我がマエストロ、プロフェッサー、グルー。ボクはアナタに会いにジャパンまで来ました。プリーズ、ボクの話を聞いてください」

 ガンジー・ガンジーはこう片言の日本語でKIYOSHI YAMAKAWAに言うとそれから通訳を通して彼に話しかけた。彼はまず自分がどれほどKIYOSHI YAMAKAWAを愛しているか語った。自分がYouTubeで初めてKIYOSHI YAMAKAWAを知った当時、成功のプレッシャーで自殺すら考えていた事。そんな彼をたまたま観たファンビデオの『アドヴェンチャー・ナイト』が救ってくれた事。とうとう彼は耐えきれず号泣しながらKIYOSHI YAMAKAWAに抱きついた。

「オー!マイマエストロ、プロフェッサー、グルー!ボクはアナタに命救われた!アナタボクのブッダだよ!」

 KIYOSHI YAMAKAWAはそう言って泣き崩れるガンジー・ガンジーを優しく抱きとめた。

「そんなにまで俺のことを思っていてくれたんだな。全く遠く離れた外国人がこんなにも俺を慕ってくれるのに、日本人ときたらいつもいつも俺をバカにしやがって!俺ののどちんこ震わせた歌を誰もききゃしねえんだ!たまに俺に興味があるって奴が来るけど、そいつらは俺の話を聞いた途端お前誰だよとか訳のわからないことを喚いて帰っていくんだ。ひでぇ話さ」

「オー!」

 日本語をほとんど理解できないガンジー・ガンジーはKIYOSHI YAMAKAWAの言っている事をほとんど理解できなかっただろう。だが彼はハートで彼の悲しみを受け取った。ああ!憧れのファッキン・ブッダが泣いている。ジャップはブッダのスピリッツをとうの昔に忘れた野蛮人。そんなことを思ったのかもしれない。

 スタッフはこの年の離れた二人の抱擁を感動して見ていた。祖父と孫ほど年の離れた国籍も人種も違う二人の抱擁。これぞラブアンドピース。スタッフは二人を眺めながら今度のレイブは絶対に大成功すると確信した。

 それから二人は通訳を交えて話し始めた。まずガンジー・ガンジーはKIYOSHI YAMAKAWAに『アドヴェンチャー・ナイト』がどれだけ素晴らしいか熱く語ったが、KIYOSHI YAMAKAWAはこのアルバムのことをすっかり忘れているらしく、完全にチンプンカンプンのようであった。ガンジー・ガンジーはそれでも諦めずそのソウルの影響を濃厚に受けた黒いボイスや、シルキーの極みのようなアレンジや、その他コード進行やらギターのカッティングについて褒めちぎっていたが、KIYOSHI YAMAKAWAは何故かまるで無反応であった。ガンジー・ガンジーはこのKIYOSHI YAMAKAWAの態度を不思議に思ったことだろう。あんな名盤を作った当の本人が何を言っても何も反応せず、ただ訝しげな目で自分を見ているのだ。彼は通訳を疑い、小声で通訳に俺の言った通りちゃんと伝えているんだろうなと脅しをかけた。その問いに通訳はハッキリと一語一句伝えていると答えた。だが通訳を信用できなくなった彼は覚えたての日本語で直接KIYOSHI YAMAKAWAに自分の気持ちを伝える事にした。

「ボクは、アナタの『Adventure Night』がダイスキです。Loveです。あれはシティ・ポップのMaster Pieceです」

 ガンジー・ガンジーが拙い日本語で自らの『アドヴェンチャー・ナイト』に対する思いを語った瞬間、KIYOSHI YAMAKAWAはいきなりテーブルを叩いた。ガンジー・ガンジーも周りのスタッフもこの態度の豹変ぶりにビックリした。

「シティ・ポップだぁ?このアメ公が!テメエよくも俺に言ってはいけないことを言ったな!俺は昔からシティ・ポップなんて言葉を聞くだけで虫唾が走るんだ!俺の歌をあんなシティ・ポップなんてのどちんこの震えねえカス音楽と一緒にするな!」

 KIYOSHI YAMAKAWAのこのブチ切れぶりにその場にいた者たちは一斉に震え上がった。ガンジー・ガンジーは唖然とし、スタッフ一同は背筋が凍った。ガンジー・ガンジーはKIYOSHI YAMAKAWAのブチ切れぶりが理解できずWhat?とか呟く。スタッフは気の短いガンジー・ガンジーがブチ切れて出ていく事を恐れた。あれだけ褒めちぎってあげたのにシティ・ポップって言葉を言われただけでブチ切れられる道理があるだろうか。大体店の看板に堂々とシティ・ポップのなんちゃらと下手くそな手書きで書いているじゃないか。だが、意外にもガンジー・ガンジーは耐えた。このファッキン・イエロー・ジャップとかイエロー・モンキーとか罵詈雑言を言わず、通訳に向かってKIYOSHI YAMAKAWAに冷静に自分の言葉を伝えるよう頼んだのであった。ガンジー・ガンジーはKIYOSHI YAMAKAWAに向かって何故シティ・ポップをそんなに嫌うのか聞いた。するとKIYOSHI YAMAKAWAは肩を怒らせてこの外国人に向かって身の上話を語り始めた。

「俺は中学を出るとすぐに集団就職で東京に上京した。だけど俺には歌手になるって夢があったんだ。だから俺は仕事を辞めて作曲家花村亨って偉い先生のところに弟子入りしたんだ。そこでみっちり歌を仕込まれたさ。あとそれから南島四郎師匠の家に住み込みで入って師匠のパンチの縫いつけもしたことがある。そんなこんなでやっとこさ歌手デビューしたんだが、それからが大変だった。全国津々浦々のキャバレー回り。地元のヤクザどもが俺の前でいつも乱闘騒ぎを起こしていた。一度なんかピストルの弾が俺のこめかみのそばを通り抜けたことがある。そんな俺にあんな学生連中がやってるシティ・ポップなんてあまちゃん音楽が好きになれるわけないだろ!歌手になって全然売れなかった時、レコード会社の連中がシティ・ポップやってみないかとか言い出したんだ。当時俺はシティ・ポップなんて全く知らなかった。レコード会社の連中はよくあんたにはソウルを感じるよなんて言っていたが、なんで俺がソウルなんだよ!俺はキムチじゃねえだろうが!いや韓国はずっと好きだぜ。なんせ日本で一番ソウルの街に詳しい恩人のパク・ホンギさんのご先祖が生まれた国だからな。だけど全くなんでこの俺がシティ・ポップなんだよ。俺と漢字違いの同姓同名の大卒のスカしたアイツならともかくよ。この本物ののどちんこ震わす歌手の俺があんなインチキ音楽やんなきゃいけなかったんだよ。その俺と同姓同名のアイツは事務所の後輩なんだけど生意気な奴で先輩の俺のいう事なんか何も聞きゃしないんだ。事務所であの大御所歌手の後川清先輩と俺とアイツの三人で三途の川トリオをやろうって話が持ち上がった時、あの野郎そんなアホみたいな事はできねえとか言って断りやがったんだ。あのやろう後川先輩に恥かかせやがって!一発ぶん殴ってやりたかったぜ。とにかく俺は無理矢理シティ・ポップを歌わされたんだが、いまだに公開しているぜ。あんなものやるんじゃなかったってな」

「Oh!, Gang Star!」

 ガンジー・ガンジーは通訳から聞かされたKIYOSHI YAMAKAWAの壮絶なサイドストーリーに聞き入ってため息と共にこう呟いた。するとKIYOSHI YAMAKAWAは青い目を輝かせて自分を見ている外国人に向かってこんな事を言った。

「なんだお前アメリカ人のくせに英語もわからないのか?どうしてギャングが星になるんだよ」

 この本当に長年アメリカで暮らしていたとはとても思えないバカっぷりにスタッフはこの老人はボケているのかと思った。だがそれでもこの男はかつてシティ・ポップのキングを言われていた男。そのヤクザそのまんまの姿には今もなおJ-POP以前の音楽業界の香りが漂っている。彼の話したサイドストーリーは昔の日本の芸能人の半数が体験した事だろう。貧しい家に生まれ、成功を求めて芸能界に飛び込んだ。だが他の芸能人とKIYOSHI YAMAKAWAが決定的に違うのは彼が自らの音楽に強烈なこだわりを持っていたことだ。そのこだわりのせいで彼は世間にまともに評価されず、日本から出ていく事になったのだ。

 ひとしきり自分の過去を語り終えたKIYOSHI YAMAKAWAは妙に悲しげな表情を見せた。彼は自分が忌み嫌っているシティ・ポップの文脈で再評価されたのが納得いかないのだろうか。通訳からKIYOSHI YAMAKAWAの話を全て聞いたガンジー・ガンジーはそんな彼を切ないような表情で眺めた。自分がこれほど愛していたシティ・ポップのキングは、このジャンルを意味嫌い、いくら再評価されようが頑なにそれを認めようとかせず、こんなボロ屋みたいなスナックで一生を終えようとしている。このファッキンニルヴァーナのブッダを一生このまま埋もれさせてたまるか。彼はKIYOSHI YAMAKAWAを見て彼に言った。

「Mr KIYOSHI YAMAKAWA。ボクアナタをBlakeさせてあげるよ。だからボクと……」

「うるせえんだよ馬鹿野郎!俺はもう終わった人間なんだ!アメリカのラスベガスで全財産すっちまって這々の体で日本に帰ってきて、パク・ホンギさんのつてを頼ってソウルに行ったけど、そこでも失敗して、挙句の果てに大嫌いなシティ・ポップのブランドネーム使ってカラオケ教室やっているような体たらくだ。いいか?お前も若いんだからこんな終わり切ったおいぼれに関わるんじゃねえ!」

「No!」

 ガンジー・ガンジーは思わず立ち上がって叫んだ。日本語もろくに喋れぬ彼にKIYOSHI YAMAKAWAの話はほとんどわからなかっただろうが、それを語る彼の表情から全てを察したのだ。

「アナタまだEnd Markついてないよ。アナタきっとまだSing出来るよ。ほらSingしてくれよ」

 ガンジー・ガンジーはそう言いながら『アドヴェンチャー・ナイト』のCDを彼に差し出した。しかしKIYOSHI YAMAKAWAはそんなんじゃねえと受け取りを拒否してしまった。

「No!Let's Singing!」

 ガンジー・ガンジーは絶望的な声で叫んだ。だが違かったのだ。KIYOSHI YAMAKAWAは歌うのを拒否したわけではなかったのだ。KIYOSHI YAMAKAWAはちょっと待ってろとガンジー・ガンジーに言い、それから店の奥に引っ込んだ。そしてすぐにラジカセとマイクを手に戻ってきたのだ。

 このサプライズにガンジー・ガンジーとスタッフ一同はどよめいた。奇跡ってのはやっぱり起こるものだ。あの伝説のシティ・ポップのキングに会えただけでなく、自分たちの目の前で歌ってくれるんだから。一同は固唾を飲んでKIYOSHI YAMAKAWAを見守った。アメリカ人のガンジー・ガンジーさえ何も言わず黙ってこの伝説の男の生歌を待っていた。

 彼らの前でKIYOSHI YAMAKAWAは手に持っていたラジカセからカセットテープを取り出し、そして指でテープの穴をクルクル回して頭まで戻その光景はこの世にサブスクやCDさえなかった遠い昔を思い出させた。ガンジー・ガンジーは古ぼけたヴィンテージ物のラジカセとカセットテープを見てまたオーマイガー!と声をあげた。スタッフもラジカセとカセットテープに見とれた。今奇跡が起ころうとしている。伝説のシティ・ポップのキングが頭まで戻したカセットテープを再びラジカセに入れた。そしてゆっくりとラジカセのスタートボタンを押した。

 その途端頭がくらくらするような一瞬にして人を脱水症状にし死に至らしめるぐらい酷いZ級の歌謡曲もどきのイントロが流れてきた。その場にいた誰もがラジカセが壊れたのか。誰かがカセットに重ねどりをしたのかと思った。だがKIYOSHI YAMAKAWAはノリノリで体を揺らしながらマイクを握りしめているではないか。やがてイントロが終わりKIYOSHI YAMAKAWAはマイクに向かって熱唱した。

「ああ〜♫アヴァンチュール・ナイトぉ〜♫熱海の夜はぁ〜」

 KIYOSHI YAMAKAWAはそのまま最後まで歌い尽くしたが、ガンジー・ガンジーを始めスタッフ一同はあまりの酷さにショックを受けただ愕然として立ち尽くすだけだった。久しぶりに熱唱してすっかり上機嫌になっていたKIYOSHI YAMAKAWAは徐にレコードを見せびらかして叫んだ。

「どうだい兄ちゃんたち!俺の痺れるような歌を聴いて感動のあまり言葉も出ないか?これがこのKIYOSHI YAMAKAWA様ののどちんこが震えるような名曲『アヴァンチュール・ナイト』だ!お前らさっきから曲のタイトル間違えてんじゃねえよ。アドヴェンチャー・ナイトじゃなくてアヴァンチュール・ナイトだぞ!」

 スタッフの一人がKIYOSHI YAMAKAWAが見せびらかしているレコードを見て思わず叫んだ。

「ああ!まさかこれは、まさか……ああ!終わりだ!何もかも終わりだ!」

 他のスタッフは叫んだ男を取り囲んでどうしたんだと問いただす。男はKIYOSHI YAMAKAWAの持っているレコードをあれを見ろとレコードを指差した。

 KIYOSHI YAMAKAWAの持っていたレコードは『アドヴェンチャー・ナイト』……ではなく『アヴァンチュール・ナイト』とかいう全く知らないタイトルのレコードであった。海岸通りを走る車に金髪の女を侍らせたあの有名なジャケットと瓜二つだが、タイトルが微妙に違かったのである。そして帯もまた微妙に違っていた。KIYOSHI YAMAKAWAのアドヴェンチャー・ナイトの帯は『シティ・ポップのキング登場!スティーリー・ダンの完璧さとボズ・スキャッグスの熱いソウルを持つ男が歌う一夜のアドヴェンチャー』というものだが、今KIYOSHI YAMAKAWAが手にしているレコードの帯にはこうかかれているのだ。

『シティ・ポップの帝王登場!スティーリー・ダンの完璧さとボズス・スキャッグスの熱いソウルをもつ男が歌う一夜のアヴァンチュール』

 スタッフはさらに名前の漢字が違っているのを見つけた。KIYOSHI YAMAKAWAの名前の漢字は山川潔だが、このKIYOSHI YAMAKAWAと名乗っている男のレコードの名前は山川清なのだ。コイツは偽物のKIYOSHI YAMAKAWAだ!ああ!どうしよう!なんで今まで偽物だってことに気づかなかったんだ。大体アメリカに何年もいたやつが英語のスペル何回も間違って二重線で消すかよ!それにコイツイエスアイアムしか喋れねえじゃん。ああ!もう終わりだ!

 そんなスタッフの前でKIYOSHI YAMAKAWAの真っ赤な偽物こと山川清は信じがたい事態に完全に我を忘れているガンジー・ガンジーにまとわりついていた。

「なぉ、お前皿洗いの達人なんだろ?俺はお前らみたいな奴らのこたぁよく知ってるんだぜ。お前らはミックスジュース作るのうまいんだよな。ほら俺とコロボックリしようぜ?なぁ、善は急げだ。コロボックリしてやるからまずは金出せ!」

 平和主義者で銃を激しく嫌うガンジー・ガンジーは生まれて初めて銃でこの赤ら顔のジジイをぶち殺してやりたいと思った。彼は銃の代わりに激しい憎悪の弾丸を込めた指先をKIYOSHI YAMAKAWAの偽物に突きつけて叫んだ。

「Who Are You!(お前誰だよ!)」








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