見出し画像

《連載小説》おじいちゃんはパンクロッカー 第三回:余命宣告

前回 次回

 母が亡くなったのは露都が大学を卒業する直前だった。すでに入省が決まり、垂蔵を激怒させた卒論も提出し、後は卒業を待つだけとなった時突然母が倒れた。露都は母がお勝手で倒れているのを見つけるとすぐに救急車を呼んだ。そして母に付き添って救急車に乗ったのだが、そこで彼は医者から母が重い病気に罹っている事と、寿命が長くても半年である事を知らされたのだった。露都はこれを聞いてやっぱりかと頭を抱えた。ああ!いずれこうなるって薄々わかっていたのに。わかっていながら何も出来なかった。あのクズ親父のせいで!露都は垂蔵のせいで苦しみ続けた母を思って心で泣いた。垂蔵が働かないせいでパートの掛け持ちしていた母。だけどそれだけじゃ生活費が足らないから実家に頭を下げて金を貸してもらっていた母。垂蔵が持ち込むトラブルのせいで毎夜涙していた母。許せん!母をここまで追い詰めたのは垂蔵だ。ああ!畜生!後何年か耐えてくれたら俺が楽をさせてやれたのに!

 露都は医師の部屋を退出するとまっすぐ母のいる病室に戻ったが、母は起きており、露都は入ってきたのを見てすぐに体を起こした。

「お医者さんから私のこと聞いたのね。なんて言ってた?」

 この母の問いに露都は何も答えることが出来なかった。根が正直な彼には適当に誤魔化すなんて事は出来なかった。悔しさに俯いて思いっきり舌を噛んだ。母はその露都の絶対に嘘がつけない態度を見て父親そっくりだと笑った。

「あ、もう大体わかったから何にも言わなくていいよ。どうせ明日あたりにお医者さんからちゃんとした説明あるんだろうし。でも垂蔵には何も言わないであげて。あの人絶対落ち込んでバンドなんか辞めるとか言い出すから」

 露都は思わず母に言い返そうとしたが、声が出ようという瞬間に我に返って慌てて口を閉じた。彼は真から母を憐れみ、その母をここまで追いやった垂蔵を憎んだ。母さんはなんだってあのクズをいつまでも甘やかすんだ?何が落ち込んでバンド活動が出来なくなるだよ!あんなゴミバンドなんかすぐに辞めさせて働かせてれば、母さんだってこんなことにならずに済んだんじゃないか!しかもアイツは母さんを何度も裏切ってきただろ?ああ!母さん今からでもいいからアイツと離婚しろよ!

 垂蔵が病院にやってきたのは夜半であった。彼は病室に入るなり笑いながらライブでこの時間まで来れなかった事を詫びた。垂蔵は酔っているらしく、赤ら顔で妻と息子の前に現れて病院に担ぎ込まれた妻に対して病院から連絡あって心配したけど全然大丈夫じゃねえかよというと、続けてさっきまでやっていたライブの事を喋り始めた。

「本当にあのライブハウスでまたやれてよかったぜ!あそこはずっと出禁になってたからな!店長もチンポに竹筒被せて放置した事を許してくれたし、ファンもまたここでデストロイ演れて嬉しいなんて泣きやがってよ!最後にゃモッシュの嵐だぜ!俺も年甲斐もなく頭から客席に突っ込んじまった。見ろよこの頭の傷をよ!」

「良かったねぇ垂蔵。私も見たかったよ」

「で、どうなんだよ病気は。どうせ入院してればすぐに直んだろ?」
 この垂蔵の言葉を聞いて露都は思わず父を睨みつけた。全くおめでたいほどのバカだ。コイツは察する事さえできないのか。

「全然平気よ。お医者さんはまだ何にも言ってこないけど多分そのうち退院できるんじゃないかな」

 母が医者から正式に余命宣言されたのは翌日だった。母は彼女らしく気丈に宣告を受け入れた。その母を見て露都は涙が出そうになったが、母の手前必死に涙を抑えた。母は医者に垂蔵は今日もライブがあるから来れなくてと詫びたが、それは半分嘘だった。彼女は自分の本当の病を垂蔵から隠し通そうとしてあえて彼を呼ばなかったのだ。

 死ぬ寸前まで母は露都に向かって何度も垂蔵と仲直りするように言っていた。あなたたちは親子なんだし私だってあなたたちが歪み合っていたんじゃ天国に行きたくてもいけないよと見舞いに来るたびに露都を諭した。露都はそれを聞くたびに母を哀れに思い、さらに父への憎しみを募らせた。そんな露都にある日母は掠れ声でこんな事を言った。

「あれでもお父さん、すっごくカッコいいんだから。垂蔵はね、露都も思ってる通り、普段は全くどうしようもない人間だけど、ステージに上がったら全然違うんだよ。あの人はステージで叫んで暴れてる時が一番輝いているの」

 母の言葉を聞いて露都は思いっきり口を噛んだ。どこまでも純粋でお人よしな母。垂蔵に騙されていることも知らず、いや騙されている事を知っていながらどこまでも垂蔵の面倒を見続けている母。なんでその母が病気で死ななけりゃいけないんだ。死ぬべきはアイツだろ?ハードコアパンクなんて公害音楽撒き散らして、クズみたいな連中とつるんでいるアイツじゃないか!露都は母に向かって頷き、別れを告げた。そしてエレベーターで一階まで降りると、そこから出口を突き抜けて全速力で駆け出した。露都は走りながら思いっきり泣いた。畜生!畜生!俺がもっと母さんを守ってやればこんな事にはならなかったのに!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?