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《連載小説》おじいちゃんはパンクロッカー 第六回:母の遺書

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 母の葬式の喪主は露都が務めた。。垂蔵がとても喪主が務まる状態ではなかったためである。葬式中ずっと垂蔵は泣き崩れ、それが終わってお通夜に入ってもまだ泣き崩れていた。バンドのメンバーや音楽関係者やファンに慰められていたが、彼は酒をガブガブ飲みながらもう死んだ方がマシだと吠えていた。露都はこの垂蔵の泣き言を聞くたびに怒りが込み上げてきた。このクズのせいで母は死んだ。このクズのせいで!

 露都は母が死んだ翌日、病室の遺物を引き上げたが、その時に母の遺書を二通見つけた。一通は自分宛のもので、もう一通は垂蔵宛のものだった。それを見て露都はいずれ自分たちに渡そうとしていたのだろう。彼は遺書を書いている母親の姿を思い浮かべて悲しくなった。

 その露都に母の父が来て声をかけてきた。この彼にとっては祖父の一人である男は某省で最終的には局長にまでなったエリートだった。

「まぁ、こんな事になって辛いね。君の心中は察するよ」

「いえ、お祖父さんに比べたら僕なんて……」

「今は変な謙遜はやめるんだ。あまり無理をするなよ。ちゃんと寝ているかね?君まで倒れられたら私は娘に対して申し訳が立たないからね」

「ありがとうございます」

「ところで、こんな時にこれを言うのはなんだがと思うんだが……あの四月からの事だけとね。私も息子も全力で君をサポートするつもりだ。何かあったら気軽に私と息子に相談してくれ。娘も君の将来が安定することを何よりも望んでいるだろうからね」

 その時奥の垂蔵たちの所から騒ぎが起こった。どうやら垂蔵が酒によって誰かに絡み出したらしい。露都は垂蔵を怒鳴りつけてやろうと立ち上がりかけたが、祖父はその彼を手で制した。

「今注意しにいくと下手に揉めるから行かん方がいい」

「申し訳ありません。あんな父で」

 露都が謝ると祖父は深いため息をついて話し始めた。

「恐らく君は知らないだろうが、あれの父親と私は先輩と後輩の間柄なんだ。先輩は、事務次官まで勤めたエリート中のエリートでね、アイツはその先輩の子供たちの中でいわゆる不肖の息子ってやつなんだ。先輩もアイツの扱い方に非常に困っていたらしい。ああいう野良犬みたいな連中とつるみだしたからね。それでとうとうアイツは戸籍ごと勘当されてその後消息はつかめなかったんだが、まさか私の娘の彼氏として現れるなんて思わなかったよ。私は娘が連れて来たアイツのあまりに異様な格好に驚いたよ。娘は私にアイツがどれほど素晴らしい人間か語っていたが、その言葉と実際のアイツのあまりに格好が凄まじいので笑いしか起きなかった。アイツが娘と出て行った後で先輩に電話したんだ。娘があなたの息子を彼氏として連れて来たってな。だけど全く取り憑く島なしさ。先輩はアイツは戸籍からも外してあるし、今はただの他人だ、俺の知ったこっちゃないってね。あまりにも無責任な言い分だが、先輩を責めてもどうにもならない。私は自分で娘と奴を別れさせるために娘を説得したんだ。だけど娘の奴は垂蔵と別れるなんて出来ないって強い目で言うんだな。その目に根負けして私は娘とアイツの結婚を認めたんだが……」

 とここで祖父は言葉を切ってしばらく娘の遺影と奥で喚いている垂蔵を交互に見た。それから露都の顔を見て再び口を開いた。

「だけどこうなってしまったら。それが正しかったのかわからなくなるね。娘が最後までアイツを愛していたのはわかるんだよ。だけど、あの娘の苦労ぶりを間近でみて、いまこうして若死にしてしまった娘を思うとね、君には申し訳ないと思うが、それでもやっぱりそう考えてしまうんだよ」

 祖父はそのまま泣き崩れた。露都は泣き崩れる祖父に言葉をかけることが出来ずただ見ている事しか出来なかった。

 その日のお通夜が終わり参列者を見送った後、露都は自分の部屋に戻り机の引き出しを開けて母の自分宛の遺書を出した。遺書は母らしく柔らかい字で書かれていた。日付を見ると入院した間もなく書かれたもののようだ。これを見た露都は思わず目頭を押さえた。こんな早くから覚悟決めていたのか。そして彼は遺書を封筒から出して読み始めたが、最後まで読み終えた瞬間腹立ちのあまり便箋を脇に退けた。

 なんだよこれ。俺のことなんかほとんど書いてねえじゃねえか。何が露都はしっかりしてるから安心して旅立てるだよ。何が自慢の孝行息子だよ。ふざけんな!息子宛の遺書をこんな片言半句で片付けるなよ!あとアイツのことばかり。垂蔵は強がっているけど本当は弱い人間だ。だから露都が私の代わりに支えてあげて。最後まで私が垂蔵の面倒見てあげたかったけどもうそれは出来ないから……。バカヤロウ!最後までアイツの事を信じきって逝く事はねえだろうが!母さん、アンタはアイツに殺されたようなものなんだぞ!なのにどうしてなんだよ!

 露都は震える手で便箋を自分の名前が書かれた封筒に入れ、それから引き出しの中の垂蔵宛の遺書を手に取った。彼は母の垂蔵宛の遺書を前に葛藤していた。この遺書はあくまで垂蔵宛のものだ。自分が読んではいけないと思いと、どうしても母が遺した言葉の全てを読みたいという思いが頭の中で戦っていた。どうせ自分宛の遺書から母が何を書いているかなんておおよそわかる。だがそれでも母が垂蔵と暮らして来た日々をどう思っていたのかどうしても知りたかった。考えた挙句露都は結局垂蔵宛の遺書を自分宛の遺書と一緒に引き出しに戻した。そうしてしばらく床で横になっていたが、突然彼は起きて再び垂蔵宛の遺書を取り出した。やっぱり読まずにいられなかったのだ。

 遺書を読み終えると露都は思わず遺書を跳ね除けて泣き崩れた。泣きながら「バッカじゃねえの!」と叫んだ。その遺書には垂蔵への批判めいたものは一切書かれておらず、ただ垂蔵との思い出と感謝が書かれていた。しかも母は続けて垂蔵に対しこれから垂蔵を支えられなくなるのが辛いとまで書いていた。遺書の最後はこう締められていた。

『垂蔵。あなたといた日々は波瀾万丈で楽しかったよ。私は誰がなんと言おうと一番の幸せものです。ありがとう。』

 この母のあまりに無邪気な母の言葉を読んで露都は激しく混乱していた。母に対する怒りやら気恥ずかしさやら憐れみやら嘲りやらそれら全部の感情が一気に押し寄せてきてどうしようもなかった。ただ泣くしかなかった。このバカバカしいほどに感動的に綴られた垂蔵への想いにただ圧倒され言葉が出なかった。露都は近くにあったティッシュで涙を拭うと、床に散らばった便箋を封筒に入れた。そして引き出しに戻す時、明日垂蔵に渡そうと決めた。

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