見出し画像

《連載小説》おじいちゃんはパンクロッカー 第七回:それから

前回 次回

「だけどアンタは全く変わらなかった。俺はアンタに母さんの遺書を渡した時、アンタに期待をかけていたんだよ。この母さんの無邪気なまでの想いが書かれた遺書読んでアンタが自分のしでかした事を反省してまともな人間になってくれる事を。だがアンタは何も変わらなかった。アンタは母さんが亡くなってからいくらもしないうちに女を連れ込みやがった。まだ四十九日も経っていないのにだぜ」

 露都はこの垂蔵のあからさまな裏切りを見てもう限界だと思って家を出た。彼は家を出る時母の仏壇や母の遺品を全て持っていこうとした。だが腹立たしいことに母への思いが彼を引き止めてしまった。母は垂蔵をずっと愛していた。それを全部持っていったら自分が母と垂蔵の間を引き裂くことになってしまう。だからやはり残していった方がいいと思ったのだ。

 露都が家から出て行って一年ぐらい経った頃、垂蔵は母との貴重な思い出のあったこの貸家を引き払ってどこかに消えてしまった。露都はそれを知って腹が立ち完全に父と縁を切ることに決めた。自分の手元にある父の何かしらの痕跡のあったものはすべて処分し、一時は自分の名前を全て変えることさえ考えた。ああいうクズはどうせどっかで野垂れ死ぬんだろう。そんなこと俺の知ったことかと彼は思い、そして父を記憶の中からでさえ遠ざけた。

 しかし昨年の年末に垂蔵は突然目の前に現れた。しかも露都の家の近くにあるボロアパートに引っ越して来たのだ。垂蔵によるとそのアパートはサーチ&デストロイのファンたちがカンパし合って家がなくて困っている垂蔵に無償で提供しているという事だった。

 そしてこれがその結果か。全く呆れるぜ。露都は垂蔵の呑気にいびきなんかかいて熟睡している顔を憎さげに見つめた。

「アンタ何で帰って来たんだ?今更罪滅ぼしのためか?どっからか俺に家族がいるってこと突き止めたんだろうが、なんであんなクズのかたまりみたいなもん大量に寄越しやがったんだ?そんな事をしたってアンタのしでかしたことの罪は消えないし、アンタの母さんと俺に対する罪はもうとっくに時効なんだよ。そう時効。アンタは罰則を受けない代わりに永遠に罪を償う事はできないんだ。それか老後の一人暮らしが寂しくて養ってもらうために俺を頼りにきたのか?よく考えればこっちの方が本心だよな。何故ならアンタは母さんの遺書を読んで何も心を動かされなかった人間なんだから。だけどそれもダメだ、もっとダメだ。アンタは俺たちよりあのクズみたいな連中に看取られて死ぬ方がよっぽどふさわしいんだよ」

 その時ドアが開いて巡回の看護師が現れた。露都は我に返って慌てて挨拶をした。看護師はその露都に「もうすぐ消灯の時間になりますのでそろそろご退出お願いします」と声をかけてきた。露都はそれを聞いて長居して申し訳ありませんと言って慌てて病室を出た。彼はその時何故か後ろ髪引かれる的なものを感じたが、それは決して気分のいいものではなかった。

 ベルを鳴らすと絵里がすぐにドアを開けてくれた。寝てればよかったのにと露都が言うと、彼女は怒ったような声で寝れるわけないでしょと言い返して来た。続けて彼女はお父さんは大丈夫かと聞いて来たが、露都はそれに対して大きなため息をついて頷いた。彼はそのまま書斎に行こうとしたがふと立ち止まってサトルの事を聞いた。すると絵里は呆れたように笑ってサトルが「絶対にパパは許さない。おじいちゃんのプレゼントをあんなふうにボクから取り上げる奴は人間じゃない」と言っていたと答えた。それを聞いて露都はそうかと苦笑して再び書斎へと向かったが、その絵理がご飯は食べないのかと聞いてきたので彼は食べてきたからいいと嘘をついてそのまま行こうとした。

「ホントに食べてんの?朝だって食べずにそのまま出て行ったでしょ?あの、お昼はどうなのよ」

「食べてるよ」

 と露都は妻に返事をして軽く腕を上げて見せたが、絵里には彼が昨日から何も食べていない事は見え見えであった。

「ったく、ホントに嘘がつけないんだから」

 と絵里は書斎のドアの鍵を開けるのに苦労している夫の背中を見て呆れ顔で呟いた。

 露都は書斎に入ると、とりあえず鞄の中の書類を整理してそれから風呂に入って寝ようと考えた。だが、いざそうしようとすると病室での垂蔵の寝姿がチラついて何もやる気がしなくなった。垂蔵はもうじき死ぬ。それに対し自分は心配する必要なとなく死ぬまでの間入院費を払ってやればいいだけだ。だけど死んだら死んだで俺が葬儀をしなきゃいけないのか?だけどなんだって俺があのクズの葬式なんかしなきゃいけないんだ。あんな奴をどうして俺が見送んなきゃいけないんだ!

 ああ!めんどくせ!と露都は強引に断ち切って鞄から書類を抜き出そうとした。だが抜き出そうとした瞬間、また別の事を思い浮かべた。今度は母の垂蔵への遺書だ。母はその遺書で最初から最後まで垂蔵への愛と感謝の言葉を書き綴っていたが、その中で母は垂蔵のバンドサーチ&デストロイのライブを観た時に自分がどれほど救われたかを書いていた。『あなたのあのライブを観なかったら私は生きていなかったかも知れない。これは大袈裟じゃなくてホントのことだから。』露都はあの時このくだりを読んだ時、十代や二十代ならともかく五十近い末期ガンの病人が書く文章じゃないだろって激しく憤った。あの遺書は今も垂蔵は持っているのだろうか。いや、ヤツのことだ。酔ってどっかに捨てちまってるはずだ。と露都は毒付いたが、そうしたところで気分が治まるはずはなかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?