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シティポップと天かす生姜醤油全部入りうどんの物語

 シティポップに天かす生姜醤油全部入りうどん。全くミシンと蝙蝠傘の出会いのよりもよほどシュールレアリスティックなナンセンスだ。

 僕は今最高のシティポップであるKIYOSHI YAMAKAWAを聴きながら海沿いの道を走っている。隣には最高の彼女。うどんの麺のようなもちもちとした肌をしたキュートな君を乗せている。

 ずっと一人だった僕。その僕の前に現れた君。二人の行先はこのオンボロなアメ車のみ知るさ。

 KIYOSHI YAMAKAWAを聴きながらうどんなんて変じゃない?なんて彼女は不満げな顔で言うよ。だけどそんなものあのうどん家に行けば宇宙のスターダストみたいに消えてしまうさ。だってあの店はKIYOSHI YAMAKAWAがいる店なんだから。

 僕はそれを知ったのはTwitterで。知らない誰かが千葉の九十九里浜でKIYOSHI YAMAKAWAがうどん屋やってるぜってつぶやいたのを見たんだ。KIYOSHI YAMAKAWAが作るうどん。早く食べたいよ。君と一緒にKIYOSHI YAMAKAWAの歌を聴きながら天かす生姜醤油全部入りうどんを食べたいんだ。

 さて夜も更けてきた頃僕らはとある海沿いのうどん屋の駐車場に車を止めて店へと向かう。今夜は最高の夜。きっとKIYOSHI YAMAKAWAが僕らをきつく結びつけてくれるさ。

 さて、店に入ると早速といいたいとこだけど、期待の音楽なんか流れちゃいない。ああ!店に入ったらKIYOSHI YAMAKAWAのアドヴェンチャー・ナイトが僕らを迎えてくれると思ったのに。

 店員がやって来て僕らを奥のテーブル席に案内する。店の雰囲気は悪くない。アメリカンなうどん屋。そんなミスマッチはまさにシュールなナンセンス。うどんとシティポップ、あるいは僕と君の出会いはこうもり傘とミシンの出会いのように美しいさ。

 僕は店員に天かす生姜醤油入り全部うどんを注文する。もちろん店のメニューにはないさ。だけど僕はうどんといったらこれって決めてるんだ。彼女はふくれっ面して僕を見てる。ねえ、せっかくのドライブを台無しにしないで。そんなゲテモノ頼まないでよ。

 だけど僕は言う。君も天かす生姜醤油全部入りうどん食べろよ。君も食べればきっとスイートな気分になれるから。じゃあなんて彼女。一度だけ食べてみるかなんて興味を隠せないわざとらしいイヤイヤ顔で同意する。僕は注文してから店員に尋ねるんだ。

「今日はKIYOSHI YAMAKAWAいないのかい?」

 店員はにこやかな顔で一曲一万円だと言ってきた。僕らがうどんを食べ終わったらディナーショーをやってくれるらしい。

 生暖かい風が吹く砂浜。カーブ沿いにあるリゾートホテル。ここでKIYOSHI YAMAKAWAの生歌を聴いた後はきっと二人……。

「いいさ」なんて僕は気取って答える。そして彼女にも申し訳程度の同意をとる。「いいよ」なんて感じで。

 店員は僕と彼女のために天かす生姜醤油全部入りのうどんを持ってきた。彼女の肌を隠すように覆いかぶさる天かすの衣を剥いで今うどんを味わおう。僕を見つめたまま照れたような顔してる君。どうしたの?もううどんが冷めちゃうよ。

 天かす生姜醤油全部入りうどんを啜る僕。そんな僕を不安げな顔で見ている彼女。そんなに見ていないで食べてごらん美味しいよ。彼女は勇気を出して箸でうどんを摘む。

「ちょっとなにこれ。美味しいじゃない!天かすはまるで麺の美味みを包み込む衣のようになっているし、生姜はまるで海の塩みたい。そして醤油は海に降り注ぐ恵みの雨よ。あなたどうしてこんな美味しいものを食べさせてくれなかったのよ!」

 そう言って無邪気にはしゃぐ君。だけど間違っているよ。僕は何度も天かす生姜醤油全部入りうどんは美味しいって言ったじゃないか。でもいいさ。君が喜んでくれるなら。

 うどんを食べていよいよ僕らはKIYOSHI YAMAKAWAの歌を聴く。きっと彼の歌でメイド・イン・ヘブン。僕と彼女はアドベンチャー・ナイトの深い闇に行けるだろう。

 一人の太った老人が入ってきてギター。いや、何故かラジカセを片手にやってくる。ラジカセなんて懐かしすぎるもの持ってくるなんて。

 シティポップは未来へのノスタルジー。行き場のないこの現代から純粋に未来を信じられた過去への逃避なのかもしれない。でもいいさ。今夜は彼女と過去まで逃避するんだ。僕らが生まれる前の希望に溢れた未来へ。

 一曲でいいかい?なんて言ってKIYOSHI YAMAKAWAはラジカセからカセットを取り出すと、カセットの穴に鉛筆を差し込んで出だしまで戻してからまたラジカセに入れる。そしてラジカセのスタートボタンを押す。エレガントなストリング。わかっているさ。さぁ、始めてくれ!

「ちょっと曲違うんじゃない?」

「いや、違わないさ。これはKIYOSHI YAMAKAWAの『アドヴェンチャー・ナイト』以外の何者でもないよ」

「そう?」

 怪訝な顔で僕をみる彼女。そんなに心配しないで。二人のドライブは始まったばかりなんだから。

「ああ〜♫アヴァンチュール・ナイトぉ〜♫熱海の夜わぁ〜♫」

 まさか一万円払ってこんなに酷い歌を聞かされるとは思わなかった。彼女なんかあまりの酷い歌に泣きそうだ。どこがKIYOSHI YAMAKAWAなんだ全然違うやつじゃないか。僕は怒りに任せて目の前のジジイを問いただしてやった。

「あの……あなたホントにKIYOSHI YAMAKAWAさんですか?」

「当たり前だろうがバカやろ!テメエ俺がKIYOSHI YAMAKAWAだから一万円払ったんだろうが!これを見やがれ!」

 そう叫ぶとジジイは僕らに手に持っていたレコードを突き出した。そこにはKIYOSHI YAMAKAWAの名と曲のタイトルが載っていた。曲はこんなタイトルだった。

「アヴァンチュール・ナイト』

 僕は彼女と怒りに任せてジジイを指差して叫んだ。

「お前誰だよ!」

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