全裸の王子様 #28
28話 『重なる最後』
??:うっわ…何なん今の技……えぐ……
普段から関西弁を話さぬように心がけた、おっとりとした雰囲気を放つ少女は、瞳の前で丸めた親指と人差し指の間にある空間を片目で眺め、そう呟いた。
??:ん?どうした?保乃?
たまたま隣で話を聞いていた、未だ幼い少女のような顔立とスラっとした背の高い少女が、"保乃"と呼ばれた女性に声をかけた。
保乃:ねぇ!見てよ!天ちゃん!これ!
そう言って、保乃は無邪気そうに自身が先程まで眺めていた丸めた指の間を覗き込ませた。
保乃:これさ…やばくない?!
天:これって……
そこに映るのは、四人の少女が血だらけになりながら、一人の男を殺そうとする映像だった。
天:…
保乃:ね、ほんとすごくない?!
保乃:この"蒼乃"って男も四対一って言う不利に対してここまで優位を保って戦うのもすごいけど…
保乃:この子達四人もすごい…
保乃:全員が……何かを守ろうと必死に戦ってる…
天:そうだね、たしかに……すごいね……
絶賛する保乃に対し、天はどこか歯切れが悪そうに賛同を示していた。
??:でも多分、その子達……負けちゃうね……
その言葉に、二人はハッとして、ソファに腰掛けながら保乃と同じようなポーズをとる少女を見やった。
??:このままじゃ勝てない。あの"化け物"の能力を封じて数的有利を取ったところで意味はない
??:あいつを倒すには、概念で殺すしかないんだ…
天:それって一体、何が言いたいの?ひかる
ひかる:ふふっ、言葉のまんまだよ、天ちゃん
ひかる:あの"化け物"に直接的に勝負を挑んでも絶対に勝てない…
ひかる:だから、このままじゃ、あの子達死んじゃうね
深くソファに腰掛けていた少女は、勢いやよく立ち上がった。
保乃:て事は、あの爆発の時みたいにまたあの四人を助けに行く感じ?
ひかる:そうしてあげたい気持ちは山々なんだけど…今回は行かない
保乃:どうして?いいの?あの子達が死んじゃっても…
ひかる:良くはない、でも、それしかない
ひかる:私は結果が良かったらそれで良い。だから今は私は傍観者でいるしかないの
天:ひかる…
ひかる:ね?あなたもそれで良いよね?
ひかる:あやめちゃん…
あやめ:うん…今回だけは…私も我慢しなくちゃね……
血が滲み出るほど拳を握りしめたあやめは、救助に行きたい思いを必死に殺していた。
あやめ:ごめんなさい…みんな…
*
〇〇:美波さん
城門警護の休憩中、疲れ果てた私は、最強の癒しを求めて、〇〇様の元へ向かい、小一時間ばかりの癒しを蓄え、泣く泣くその場を去ろうとした時だった。
美波:はい、どうかなさいました?
〇〇:見ててね、美波さん
振り返った私の目を見て、ニコッとした笑顔でそう言ったあと、両手を合わせ〇〇様は唱えた。
〇〇:"我が設定したる遵守すべし理よ"
〇〇:"我が記憶の深淵にある千の彼方の星々を景色と見立て"
〇〇:"領域と化せ"
《領域》
聞き馴染みのある天能の名を唱えたあと、〇〇様の結んだ手から、暗闇が広がり、一つの空間が形成した。
美波:き、綺麗……
そこには、煌びやかな星が光っていた。
太陽の朱色を押しやって、澄んだ月が姿を表し始め、暗闇の中で光る星々が時間をかけ、消えてゆく。
美波:すごい…綺麗……
目まぐるしく巡る星を眺める私の手は、誰かに握られたような感触に襲われる。
美波:あっ、えっ?!〇〇様……?!
突然握られた手は、すごく熱かった。私の手からは手汗が流れ始めた。
〇〇:この景色を…美波さんと二人で見たかった…
動揺を隠しきれず言葉を詰まらせる私とは対照的に、空を眺め、落ち着いた様子で〇〇様はそう言った。
美波:えっ…?
〇〇:今見える世界はね、楓さんに"借り"た《領域》で作り出した俺の記憶なんだけどさ…
〇〇:もし、継承戦が終わって、またみんなでいつも通りの日々に戻った時…
〇〇:二人でこの景色を見に行こうよ
そんな星のような輝いた瞳をした〇〇様は、こんな私に夢を見せてくれた。
まだ生きるための夢を見せてくれた。
生きていい。「生きていて欲しい」と告げてくれた。
だから私は…。
*
美波:まだ死ねないっ!!
攻防戦の中、隙を突かれた美波は、走馬灯を見た。見たからこそ、死ぬことを諦め、絶体絶命と思われた蒼乃薔薇の一撃を間一髪防ぐことに成功した。
蒼乃:ははっ!普通今の避けれるかぁ?!
ヒートアップを繰り返す死闘に、蒼乃薔薇は興奮を隠しきれず笑みを溢す。
史緒里:美波!無事?!
美波:全然平気!このまま……押し切るよっ!!
美波:楓も行くよ!
楓:ウンっ!!
美波が全員を鼓舞すると、全員はまた、刀を構え、蒼乃薔薇目掛け飛び出した。
淡く輝いた美波の瞳が、残光を微かに棚引かせる。
美波の大きく振った一撃を、蒼乃薔薇は危なげなく躱すが、美波は返す刀で斬りかかる。
蒼乃はそれを刀で受けとめる。鍔迫り合いになった瞬間の隙をつき、史緒里が蒼乃の背後へと回り込む。
確実に首を狙い一振り。しかし蒼乃は自身の刀をその場に捨て、重心を下げ、後ろに倒れ込むことで美波の重心を崩し、二人の剣の間合いから死角へと回りこんだ。
しかし、その瞬間を読んだいたかのように、もう一人の剣が頭上へと降り注ぐ。
どうにか体を捻り、剣を避ける。その時、蒼乃薔薇は気がついた。
――今の剣は降って来た…実験台一号が…いない!
気づいた時にはもう遅かった。
蒼乃:あがっ…ガハッ……
蒼乃薔薇の心臓部の辺りにどこからか飛んできた剣が刺さり、じわっと血が滲み出した。
視線の先、蒼乃薔薇が捨てたはずの刀を拾い上げた楓の姿がそこにあった。
蒼乃:お、お前……
蒼乃:なるほど、久保史緒里の《用意》で出来たもう一つの剣とお前ら二人が攻め立てることで三対一の攻防戦だと錯覚させた……
蒼乃:そしてお前は静かに伺ってたんだな……
蒼乃:この隙を……
楓:残念だったな…お前の負けだよ……
胸元に刺さった刀を逆手に持ち、下半身めがけて、蒼乃薔薇に刺さった剣は振り下ろされた。
切断された胴体から大量の血が飛沫を上げる。
蒼乃:あっ、ガハッ……くっそ……
最後の言葉をつぶやいた後、"無敵”と呼ばれていた蒼乃薔薇は、その場に倒れた。
史緒里:終わった……?
蒼乃薔薇の倒れた姿を眺め、史緒里は呟いた。
美波:本当に……倒したの?
様々な箇所から血を流しながら、美波は少しずつ蒼乃薔薇の元へと駆け寄る。
蒼乃:まだ……だ……
楓:っ!?
掠れた声で蒼乃薔薇は最後の力を振り絞る。
蒼乃:まだ……終わってねぇ……
蒼乃:俺の"全能力"……これを出し切れば……俺は…あがっ!!
最後の何かを言い終える前に、楓は早急にとどめを指すため、腹部を剣で貫いた。
美波:楓……
楓:もうお前は……ここで眠れ……
蒼乃:これが……最後だ……
蒼乃:俺の"オリジナル"……"「白炎」"……
楓:こいつ!まだっ……!
楓の握る刀は、ぶるぶると震え、蒼乃薔薇から大量の血を吸い上げる。
楓:こいつ…やりやがった…
楓:最後の最後に……自分を"生贄"に……
蒼乃:さぁ……全でを……壊し……尽ぐせぇ……
その後、轟音が響き、爆ぜた。
*
祐希:なんか…とんでもない事になっちゃったなぁ…
岩本家屋敷、居間。祐希は一人、椅子に腰掛け、眠る蓮加をじっと眺めていた。
突然の蓮加の一連の行動と言動に祐希は混乱していた。
祐希:さっきの蓮加のセリフ…一体どう言う事なんだろ…
「違う……違う……この記憶の相手は……あやめとじゃない…」
「あの……お、お姉さん達……だよ」
そして最後に言った蓮加の一言は、奇しくも祐希に届くことは無かった。
祐希:この記憶の相手はあやめん様じゃない…?
祐希:お姉さん達…?
断片的に聞き取れた蓮加の言葉を思い出し、祐希は何かを紐解いていく。
祐希:ダメだ、何の事かさっぱり分かんないや
しかし、あまりにも情報が少なすぎた。
"記憶の相手"とは一体何の記憶なのだろう。彼女の言う"お姉さん達"とは一体誰なのか。
あまりにも情報量のない疑問に、答えが見つかるわけもなく、ただただ祐希は思考を巡らせ、時間を潰す。
祐希:う〜ん、一体どうしたんだろ…
突然倒れ込んだ蓮加の頬に優しく触れた。
祐希:蓮加、大丈夫だからね。きっと〇〇様があやめん様やみんなを連れて帰ってくるから…
祐希:だから今は、ゆっくり休んでね
まるで母親が赤子をあやすような優しい言葉をかけたその瞬間、祐希は何か、莫大な"殺気"を感じ取った。
祐希:っ?!
祐希:なっ、何?今の……
慌てて祐希は窓の鍵を開け、外を見る。
しかし、祐希の目に映るのは、今までとは何も無い普通の景色。
別に何も変化はなかった。
ただひとつあるとすれば、あんなに晴れていた空が少し曇り始めていただけだった。
何の確信もない。むしろ今外を出れば危険だ。
そう感じ取っていた。
それでも祐希は、その場でじっとしている事は出来なかった。
"何があっても屋敷から出るな"
〇〇から言われた"忠告"を思い出すも、祐希はエプロンを脱ぎ、靴を履いた。
祐希:ごめんなさい……〇〇様……
祐希:どうか…お許しください……
その言葉を残し、祐希は飛び出した。もうここに、帰って来れなくなる事を知らずに。
…to be continued
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