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全裸の王子様 #29 前編


29話 『黒が生まれた日』



〇〇:はぁ……はぁ……はぁ……

呼吸が苦しい。

息を切らし、多量の血を流しながらも、なんとか壁に自身の体の体重を支えてもらいながら少しずつ〇〇は屋敷へと向かっていた。

月下との激闘。奇跡の加護である〈拡大解釈〉と天然物の聖天、《立替》を持つ少年でも、月下満と呼ばれた男から勝利を得る事は容易では無かった。

目と鼻からは流れな血をこすり落とした痕。ブランと垂れ下がった左腕には大きな切り傷。右足に至っては壊死したとも言えるような奇妙な色合いを褪せていた。

満身創痍。今の彼を言葉で表すとすれば、その言葉が一番しっくりくる言葉だった。

〇〇:流石に……十二個同時使用は…まだ無理だったか…

ボロボロの体とは裏腹に、彼の思考する力は冷静で自身の身体を追い込んだ原因を理解出来ていた。

最恐最悪の天能、《黒棺》を刈り取るため、〇〇は自身の天能の使用許容量を大幅に上回っていることに気がついていたのだった。

〇〇:でも…これでいい……

〇〇:まだ…戦える……みんなを……守れる……

彼が無茶をする事で、一つ敵が減った。皆を守るため彼は自分自身を捨て、また自身の身体を酷使し、みんなの待つ屋敷へと向かっていた。

〇〇:今……行くから……



美波:はぁ……はぁ……はぁ……

息が途切れる。まだジンジンと爆発の耳鳴りが残る。

淡い白く輝いた世界のような、ぼやけた視界の中で美波はかろうじてある人影を見つける。

美波:〇〇……様……?

顔はハッキリとは映らない。しかし間違いない。美波が〇〇のシルエットを間違えるはずがない。美波がそう言うのであれば、それはきっと〇〇なのだろう。

美波:〇〇様……〇〇様……

剣を杖のように地面に突き刺し、少しずつ前に進み、人影の方に歩み寄る。

美波:私達……ガハッ……やりましたよ……

死闘によりおった傷により、彼女は流暢に喋ることもできず、吐血する。

それでも、愛する〇〇を前に、仲間達と共に大いなる敵を知り下げた事、みんなを守れた事、そして〇〇に会えた事に喜びを感じていた。

美波:〇〇様……私達……みんな……また……

まだ全てを言い切らず、体の限界を迎えた美波は、その場に倒れようとした時。

〇〇:美波さん…よく頑張ったね

体を支えたのは〇〇だった。

〇〇:ありがとう、美波さん

〇〇:美波さんや史緒里さんに美月、そして楓さんに珠美さん、みんなのおかげで、俺たちはまた平和に暮らせられるね…

美波:〇〇…様…

〇〇の体に支えられた美波は、自身に向けて放たれた言葉にハッとし、後ろを振り返った。

美波:みんな…やっぱり!生きてる……

そこには、手を振りながらこちらへと走ってくる史緒里や美月、楓に珠美。あやめに蓮加、祐希に桃子。それに団長や咲月に和。

彼女が"守りたい"と願う人達が"そこ"にいた。

美波:よかった……みんな無事で……

美波:よかった…

心の底から安堵したような声と表情を浮かべ、美波はその場で眠ってしまった。



その日、岩本家屋敷は悲劇と化した。

蒼乃薔薇の引き起こした一連の暴動。そのせいで無惨で見るに耐えない惨状がそこには広がっていた。

みるみると広がる澱んだ空気が、足を引き摺りながらも向かう〇〇の予感を悪い方へと促していた。

早鐘を打つように暴れ始める鼓動を抑えながら、〇〇は異変の地へと向かっていく。

門を通り、〇〇がその場に駆けつけた時、もう全ては済んだ後だった。

蒼乃:ははは!やっぱり楽しかったよ!お前ら!!

蒼乃薔薇だけがその場に立っていた。

蒼乃:俺は今……本当に感動してる!仲間を想うため、一人一人が命を犠牲にし、俺を止めようとした!

両手を広げ、己の目にした尊ぶべき光景を前に蒼乃薔薇は叫ぶ。歓喜。狂気。そのどちらもを表現するような恍惚とした表情を浮かび、笑う。

蒼乃:それに俺に…"白炎"まで使わせてよぉ…

結論から言えば、美波達が仕掛けた最後の攻撃は――なんら蒼乃薔薇の脅威にならなかった。

自身の刀によりトドメを刺される事を理解していた蒼乃は、事前に刀に準備を備えていた。

"白炎"

剣を刺された者の"生命エネルギー"を吸い上げ、吸い上げたエネルギーを"爆発力"へと変換する。

そう。この能力は、《爆滅》の始祖でもある、的もろともを巻き込む、自爆を目的とする能力だった。

しかし"死を否定"する蒼乃薔薇にとって"生命エネルギー"が枯渇しようが彼は死なない。

つまり穴抜け。

彼が死を迎える直前、爆発に巻き込まれた事により、楓は能力を発動出来る状態ではなくなり、《領域》から出た蒼乃薔薇は、最後の死を《否定》し、生き延びたのだった。

そこからは蹂躙だった。

再び"無敵"の称号を得た蒼乃薔薇は、自身の命を無駄に葬り、《色炎》の能力を使い、敵を屠った。

だから〇〇が駆けつけた時、惨状だけが待っていた。

デコボコに凹んだ地面。破壊された門の扉や屋敷の一部や壁。砕け散った石畳。そして……。

〇〇:……美波さん?

糸のキレた人形のように横たわる美波。ボロボロの顔に折れた腕、衣服を染める、大量の血だまり。

残酷な現実が、〇〇の思考をショートさせる。

――〇〇様、私本当に心配したんですよ?

少し前に交わした会話。心配をかけた〇〇に、怒り終えた後優しくかけてくれた愛情からの言葉。

――〇〇様っ、えへへ…好きぃ…

ベタベタとくっついてきた時に言った何気ない一言。

――〇〇様、私達なら大丈夫ですよ

戦争前、不安な思いを安心させるため、手を握り言ってくれた言葉。

なにも"希望"が見いだせ無かった彼の人生に"愛情"を教えてくれた彼女はずっとそこにいた。

でも、あの様々な感情を教えてくれた無数の表情が、今はそこにはない。

蒼乃:そいつだけじゃねぇぜ…

蒼乃の声がその場に響く。

蒼乃:お前がくるまでの間、山下美月も久保史緒里も、実験台一号もニ号も、必死に戦ってた

蒼乃:まぁ今は、もういねぇがな…

その一言共に、〇〇の視界は、また新たな惨劇のピースを捉え始める。

〇〇:史緒里……さん?菅原…団長……?

〇〇:美月?楓さん?珠美さん?

蒼乃薔薇を"倒す"ために自己を犠牲にした人たちの成れの果ての姿が〇〇の瞳の中に集約されていく。

〇〇:あぁ…あぁ…違う……違う!!

目を伏せたくなるような悲劇を前に、認められない〇〇は頭を抱え込む。

全てを否定するように。

〇〇:違う…違う違う違う違う!!絶対!違…う…

認められない現実に逃避しかけたその時。

美波:〇〇……様……

〇〇:っ?!

美波:えへ……へ…私を置いて……ここから逃げ……てっ……

ぶつん。と、〇〇の頭の中で何かの糸がハサミのような鋭い物で切れる音がした。

〇〇:――っ…

その言葉が、最後の引き金だった。

――史緒里さん。美月。楓さん。珠美さん。そして美波さん。

――遅くなってごめん。守ってあげられなくてごめん。諦めちゃってごめん。治してあげられなくてごめん。笑ってあげられなくてごめん。

――奴を、今すぐ殺せなくてごめん。

――でも、少し待っててね。

怒り、憎しみ、悲しみ、嘆き、悔い、恨み、殺意。

感情の一つでは表せない様々な感情が黒い嫌味を纏い煮えたぎり、混ざり合い、混濁し、さらに黒くなる。

――俺がアイツを…。

〇〇:ぶっ殺してやる!!

…to be continued

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