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全裸の王子様 #27


27話 『我が身を授ける』


いつ頃からだろう。

他人から"ゾンビ"や"兵器"と呼ばれ、戦争に利用されるようになったのは。

彼の見た目は、およそ二十代後半くらいの男だった。

しかし、彼にあらゆる異名がついたのは、今からおよそ百五十年前に起きた二国間での戦争。

ただの戦争。火種がどちらとも区別はつかず、ただ国の頭の価値観が違うと言う理由から起きた戦争。

そんな名も必要性もない戦争。

そこで彼は生まれた。

首を刎ね、身体を切り刻み、脳や心臓、腹部等の致命傷目掛けての攻撃、何をしても死なない。

そして知能と経験を蓄えることの出来たゾンビ。

それが彼だった。蒼乃薔薇と言う、一人の人間だった。

力に目覚めてから、蒼乃薔薇が取った行動は、ひたすらに戦争に参加する事だった。

死なない身体に幾度となく戦争に参加した経験、そして身に付いた戦闘力。

そんな壊れることのない最強の手駒を欲する者はこの世にはごまんと存在していた。

肥えた人間の依頼をこなし、他人を殺し、戦争を終わらせる毎日を繰り返す。

死を経て、殺す。

そんな彼の日常が歪を極めた時、彼自身の中で一つの生きる"目標"が出来た。

それは…

蒼乃:俺の持つ全能力を使い切って、それでも勝てない相手がいたら…そいつに殺されるんだ…

蒼乃:そんな奴に…出会う……

そんな、悲しい希望に縋る夢だった。

そして、彼の夢は時期に叶う。このまま全てを出し切って、相手が立っていたら、彼は死ぬ。

だから彼は"願う"。

彼の持つ、全能力を。



蒼乃:"我が命に片時の制約を授けよ、その代償として、我が願い、叶えたまえ"

蒼乃:"「黒炎」"

刀を両手で丁寧に持ち上げ、目を瞑り、祈るような姿を見せた後、詠唱を終えると、出遅れた珠美の視界には、地獄絵図が広がった。

珠美:えっ……

蒼乃薔薇は刀を抜いていない。

しかし次の瞬間、珠美の前を走る、美波と楓、そして史緒里の首が血飛沫を上げ、吹き飛んだのだった。

珠美:は、はっ……?

珠美:今……何が……起きたの……?

目の前の惨状に理解が追いつけなかった珠美は、震える手で恐る恐る自身の首元を探し、くっついているのか確かめた。

彼女の心配は杞憂だった。だからこそ不可解だ。

なぜ、三人は、殺された?

蒼乃:ははは!やっぱり怖ぇよな?この技…

完全に戦意を失いかけた珠美に声をかけたのは、自慢げに語る蒼乃薔薇だった。

珠美:怖い?あ、あんたが…やったくせに…?

震える声を誤魔化すように、強気に出る。

しかし、今の現状に恐れを抱き、恐怖していたのは、珠美だけではなかった。

蒼乃:俺がやったんじゃない……

蒼乃:この現状は、この刀の…元の能力者が作った、能力の一つだ…

蒼乃:「黒炎」

蒼乃:自身の命に指定した時間を制約として課した時、自身の願いを叶える…これが黒炎の能力なんだ…

珠美:願いを……叶える……?

蒼乃:だから俺は"願った"んだよ

蒼乃:俺の命をほとんどくれてやる、だからお前は、あの三人の一ゲージと俺に十分の猶予をよこせ

蒼乃:これが俺の望んだ願いだよ

珠美:どうして、私の命は…

蒼乃:お前はすでに二ゲージ落ちてる、だからお前を殺す必要はなかった

蒼乃:だからお前は除外した……

蒼乃:でも、次は殺す気で来いよ?

蒼乃:俺も殺す気で行くからよぉ!!

蒼乃はどこまでも自分本位の人間だった。

「黒炎」の願い、それは命を半分をかけただけで、この領域を解除することも出来た。おまけに目前にいた四人の命を葬ることだって出来た。

それほどに忌まわしい能力だった。

それでも彼が四人の命を自身と平等に一つとし、自分自身に十分の制約をかけた意味。

それも全て……

「自身より強い者に殺されたい」

その願いを果たすためだった。

蒼乃:さぁ!!早く立ち上がれ!久保史緒里!それとヤンデレメイドと実験台一号と二号!

蒼乃薔薇の呼びかけに呼応する様に三人の硬直時間は終わり、みるみる身体が元の通り戻る。

史緒里:絶対に……

美波:あんたを殺してやる…

蒼乃:これで最後の戦いだろ?!

蒼乃:死ぬまで楽しもうぜぇ!!



月下:本当に、素晴らしいよ……

グラドビース国、中央王宮、敷地内。緊急用の避難経路として利用される狭く薄暗いトンネルの様な通路の中。

岩本〇〇との激闘を行った末、左手を失い、息が切れた様な姿を見せる月下の姿がそこにあった。

月下:あの人間は……チートそのものだ……

聖天と呼ばれる未だかつて見たことのない天能を授かった上で、与えられるはずのない加護。

月下:聖天を持つ者には加護は与えられない…

月下:ははは……彼は天能の根幹を覆した上、天能使いが最も欲する奇跡の加護……〈拡大解釈〉までも得てしまうとはな…

〇〇と月下、結論から言えば激闘を勝ち抜いたのは〇〇の方だった。

しかし、《黒棺》を得た月下を殺しきれなかったのは、〇〇の敗北と言ってもいいものだった。

《黒棺》により幾千となる天能を使い、現代の異能と呼ばれる《立替》と渡り合っていた。

しかし所詮は付け焼刃。対立する直前、月下が身につけた"異能"すらも岩本〇〇は圧倒していた。

〇〇の千の天能と千の解釈に押され、勝敗が決まろうとした時、月下はあの技を再度利用した。

月下:まさかまたあの技を使うとは…《爆滅》…

すぐ側で死闘を傍観していたファジルに、月下は事前から《爆滅》の遺骸器を埋め込んでいたのだった。

死を悟った彼が取ったのは、自身の命を延命するために仲間の命を投げ打つ事だった。

《爆滅》の直撃こそ避けたものの、月下の左手は痛々しく焼け焦げていた。

逃走の足取りはおぼつかず、壁にもたれながらも少しずつ、少しずつ、足を引きずりながらその場を去る。

まるで、どこかを目指すように。

月下:あと少しなんだ……

月下:あと一つ……あと一つ……目標を達した時、俺が追い求めてきた"魔術"の時代が来るのだ……



蒼乃:ほらほらほらぁ!!まだまだやれるだろ?こんなもんか?!殺す気で来いよぉ!!

煽る様な口調で声を荒げながら、蒼乃薔薇は赤い炎を纏った剣を振り回す。

史緒里:ちっ!相変わらず邪魔だな……その炎!

蒼乃薔薇の戦闘能力は常軌を逸していた。

楓と珠美は美波や史緒里、美月のような前線を張る戦闘タイプではないため、三人には剣の腕は劣る。しかし彼女達も天能騎士団を出た者。

だからこそおかしい。

剣の基礎を纏った四人の攻撃を綺麗にいなしながらも、攻め手を見つけてはすぐに致命傷となりうる攻撃を行う。

四対一と言う構図に引けを取らず、互角以上の戦いを行なっているのだった。

――どう言う事?!私と史緒里、それに楓と珠美を相手にしながらこんな鋭い攻め方する?!

渾身の一振りを受け流された美波は、カウンターを間一髪のところで躱す。

蒼乃:まだ死なねぇよなぁ?!

蒼乃薔薇の猛攻は止む事を知らず、次々へと当てれば即死級の攻撃を繰り出す。

思いつく限りの手はすでに打っていた。

美波の《好嫌》による蒼乃薔薇へのデバフ効果、味方と自分へのバフ効果。史緒里の《用意》によるナイフの複数錬成。

しかし、全てにおいて史緒里側の陣営が優位に立つことはなく、ギリギリ、互角の戦いへと持ち込めていたのだった。

美波:はぁ…はぁ…はぁ……

史緒里:くっ、くそっ…

息も出来ないほどの高次元な死闘も遂には、互いに一呼吸を置く間が出来ていた。

楓:アイツ……ヤバイ……

珠美:四人相手に……あそこまで攻めるなんて……

四対一と言うハンデをもろともせず、蒼乃薔薇は四人とは違い、疲れた様子すらも見せなかった。

蒼乃:蚊が群れても、獅子は殺せぬ…か…

戦いに愉悦を感じ、輝かせていた蒼乃薔薇の目は、その言葉を発すると同時に淀む。

史緒里:あ?

蒼乃:どれだけ蚊の数が多かろうが、獅子の様に圧倒的強者には勝てない…

蒼乃:それが分かった今、お前らへの興味は失せたよ

まるでゴミを見るかの様な目で、史緒里を見つめ、蒼乃薔薇は最大級の蔑みを込め、言い放つ。

史緒里:だから!何が言いたいんだよ!さっきから!

蒼乃:お前らじゃ俺に敵わない、そう言ってんだよ

史緒里:ふざけんな!お前だけは…殺してやる!

強い言葉と殺気を向け、飛びかかる。

激しい怒りに飲まれた史緒里は、鋭い剣戟を繰り出し続ける。重い一撃を繰り出し、剣で受け止められたら《用意》によって錬成された剣を取り出し、もう一度振り下ろす。

史緒里:くたばれ!!

蒼乃:ははは!いい!いいよ!久保史緒里ぃ!!

突然の史緒里の殺気に応え、蒼乃薔薇の目はもう一度輝きを取り戻し、剣を振るう。

互いに命を刈り取るため、鋭い剣戟をぶつけ合う。

目では追えない二人の死闘を眺めながら、三人はもう一度覚悟を決めていた。

美波:よし、行こう!

最初に覚悟を決めたのは美波だった。そしてそれを止めたのは楓だった。

楓:美波?私達が入っても足手纏いなだけだよ?

美波:でも、あのままじゃ史緒里の体力が先に尽きて、史緒里が死んじゃうよ?

美波:なら、私達が行くしかなくない?

楓:っ…それもそうだけど……

珠美:大丈夫だよ、楓……

怯える楓の手を握り、珠美は笑った。

珠美:何があっても私があなた達を守るから…だから、私たちも行こう?

楓:珠美…

楓:うん…行こう!!

覚悟を決めた三人の少女達は、互いに手を取り合い、高次元な剣戟を眺め、隙を伺い…

美波:今だっ!!

走り出した。

蒼乃:史緒里さんよぉ!どうやら……お仲間さん達も覚悟を決めてきたようだぜっ!!

史緒里:気持ち悪いからっ!下の名前で……呼ばないで!

二人の剣は互角だった。

鍔迫り合いの末、二人は互いに後ろに引いた。

史緒里の予定外の"怒り"により、形勢が少し有利に変わった時、史緒里は自身の位置どりの異変に気がついた。

――今さっきの鍔迫り合い、私の着地点をやや左方向にずらされた気が……

――まさか…

史緒里は唐突に振り返り、自身の後ろ側を走る美波達へ声を出した

史緒里:一列になっちゃダメ!またあの技が

蒼乃:遅ぇよ!!

蒼乃: "追い詰めろ「黄炎」!"

それは、一度珠美の一ゲージを追い詰める原因となった範囲攻撃の一つだった。

史緒里、美波、珠美、楓…の順番で一列に並ぶ彼女達にとってその技は、即死級の技だった。

しかし…

珠美:"汝が望む依代……

史緒里:珠美?!

先頭にいたはずの史緒里の前にいたのは、詠唱を唱えながら鞘に収めた刀を持ち、居合のようなポーズをする珠美の姿だった。

珠美:…我が生命を賭けて成し得る"

珠美:史緒里、美波、楓……この攻撃は、どうにか私が止めるから…後……頼んだよ…

史緒里:待って、珠美!

美波:ダメだよ!珠美……珠美!

楓:嫌だ!珠美!嫌だ!行かないで!!

珠美:みんな……ありがとう……

珠美:"我が命、我が生命全てを持ってして、力を授けよ!"

珠美:《犠牲》!!

珠美の全てをかけた渾身の一撃と、蒼乃薔薇の「黄炎」によって生み出された火の柱は、激突した。

蒼乃:へぇ、これを食い止めるか…すげぇ威力だな…

相殺された二つのエネルギーは行き場を失い、その場で大きな衝撃となり破裂した。

珠美:最後に褒められても…嬉しくないよ…

蒼乃:はっ、そうかよ…まぁでも…楽しかったよ…じゃあな…

殺し合っていた者同士、何かを認め合った後、珠美は笑顔を浮かべ、"消えた"。

そして、行き場を失った二つのエネルギーの衝撃は巨大な風圧を孕み、破裂した。

その衝撃により蒼乃薔薇は半歩後ろへ仰け反った。

蒼乃:おっとと…

その瞬間、彼は彼女……いや、彼女達の間合いに侵入したことに気がついた。

史緒里:これで……終わりっ!!

美波:トドメは!私がっ!!

楓:珠美の……仇っ!!

三本の刃が、蒼乃薔薇の首のみを狙い、静かに動き出していた。

蒼乃:これで死ねば俺の負け、これをかわし切った時、それが俺の勝利!

蒼乃:いいぜぇ…やってやんぜぇ!!

…to be continued

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