第2章 万国の自由主義者よ団結せよ『未来なくして課税なし』


 湯川は落胆した。自らが立案した規制緩和案が上層部に次々と否決されていくのを見るのは、つらい経験だった。これまでの努力が全て水泡に帰してしまったかのようで、湯川の胸中は痛々しい思いに支配されていた。

「この案は企業の自由を阻害する」
「国民の安全が脅かされかねない」
「いつものようにエゴを押し付けているだけだ」

 上司や役人たちは、理不尽な理由を並べてすべての案を撥ね付けた。湯川が熱心に練り上げた規制緩和案は、一つ残らず却下されてしまった。湯川の熱意は完全に空振りに終わっていた。経済産業省の官僚として長年勤めてきた湯川は、自身の理想と現実のギャップに苦しんでいた。官僚主義に縛られた殻を破れずにいる自分に嫌気がさしていた。

「俺の考えは間違っていたのか?」

 湯川は疑心暗鬼に駆られた。長年の経験と研鑽を経て確立した自由主義の理念に、疑問の念が生まれてきたのだ。しかし、湯川はそうした迷いを振り払うように、胸を撫でおろした。

「いや違う。俺が正しいんだ。この役所こそが間違っているのだ!」

 湯川は街を歩きながら、そう自問自答を繰り返した。この国の役所は、官僚主義的な発想に囚われすぎている。経済の自由と発展を阻害する、旧態依然とした体質に蝕まれているのだ。そんな最中、かつての同期から、救いの情報が入ってきた。ある起業家と知り合えという助言だった。

「元同期からの情報だそうだ。君ならきっとあの男と意気投合できるはずだ」

 同期の言うとおり、湯川はその男と出会うことになる。ひと目で分かった。この男も自由主義の志を体現する人物だということが。

「御目にかかれて光栄です。私は昨年、仮想通貨の取引所サービスを立ち上げたんですが、役所による過剰な規制で事業が立ち往生してしまいました」

その男性こそ、仮想通貨取引所の創業者・田中だった。革新的な金融サービスとしてビジネスを興そうとしたものの、金融庁による過剰な規制の壁に阻まれて、営業活動さえままならない状況に追い込まれてしまったのだ。田中は政府の規制癖に憤りを感じていた。

「お客様の資金を守るため、本人確認や反社勢力チェックなど、施設審査の条件をクリアできずにいます。でも仮に不正な取引があったとしても、当社だけの損失に止まります。第三者に被害が及ぶリスクはありません。そもそも何がマネーロンダリングだ、金に不浄も清浄もあるまい金は金だ」

田中は憤った面持ちで訴えた。革新的なサービスなのに、時代錯誤で知能不足の官僚たちがせっこせっせこ作った過剰な規制が新規参入の足かせになっていると主張する。

「俺も同じ思いだ。霞ヶ関というものは規制ばかりを作り出し、新しいビジネスを阻害している」

 湯川は田中の訴えに共感を覚えた。互いの考えが一致した。田中は市場原理主義者を自称し、政府の規制への反骨心を吐露した。起業の夢を簡単に打ち砕かれた憤りを、湯川に吐き捨てた。

 さらにその男性から、自由主義の志を持つ他の者たちを湯川に紹介されることになる。ロビイストの男性と、財務省に入省した京大出身の変人だった。先月までスペインに留学していたらしい。昼寝ばっかりしてるから職場でのあだ名はシエスタだとか。

 ロビイストは政権との強力なパイプを持っている。財務省の変人は肩書きこそ変わり者だが、さすが京大と言わんばかりに自由で発想に秀でた人物だった。彼らもまた、政府の過剰な規制に反発する者たちだった。

「よくぞ集まってくれた。我々の目的は同じだ。この国の自由を守り抜くことにある」

 湯川は仲間たちに呼びかけた。自由を阻害する規制への反骨心を共有する者同士が、ここに結集したのだ。お互いの経験と知見を出し合い、この国に自由の風を吹き込んでいこうではないか。

 しかしながら、経済産業省の一介の官僚では、行動の自由に制約があった。そこでロビイストの計らいにより、湯川は財務省の一部署に出向することになる。財務省は医療制度の改革を目論んでおり、湯川にはその一環として社会保険料の大幅な削減に着手することが期待されていた。

 「規制緩和をやるにはまず、歳出削減から始めよう。そうすれば役人が必死に規制を設ける理由がなくなる」

 京大出身のシエスタは、会議になると徹底した改革案を唱えた。医療現場の無駄を排除し、保険診療の対象を絞り込む。一方で保険料は大幆に引き下げる。これにより財政支出を大胆に圧縮し、医療分野の民間活力を取り戻すのが目的だった。彼の発想は極端ではあったが、湯川をはじめとする一味は共感した。

「医療費をおさえ、財政支出を削減すれば、規制を設ける理由がなくなる。そうすれば自由な事業活動を阻害する規制も撤廃できるはずだ」

 湯川は同期の言葉に頷いた。医療制度改革は自由主義理念の実現に向けた、第一歩に過ぎない。だが、この一手を成功させることができれば、次は本丸の規制緩和に移れるはずだった。

「関係者の反発は避けられまい。しかし貫徹すれば、この国に新たな自由の狼煙を上げられる」

 ロビイストは確信を持って言った。確かに医療は聖域と呼ばれる分野だ。

「国民の健康を守る名目の下に、官僚が既得権益を肥大化させているのが実情だ。その実態を暴き、改革を断行する」

 シエスタは切り込んだ。ロビイストの根回しもあって計画はある程度、与党内の若手政治家からも了承が得られていた。そのおかげでこの一手が機能すれば、新自由主義の嵐が日本中に吹き荒れることだろう。

 湯川をはじめ、一同は熱く討論を重ねた。医療という聖域に手を付けるのは困難を極める。 しかし、ここを突破口にすることができれば、この国の自由化への脱却が見えてくるはずだ。

「よし、行くぞ!医療制度改革は俺たちにとって、自由を勝ち取るための最初で最後の砦だ!」

湯川の呼びかけに、一同は力強く頷いた。ここからが、本当の闘いが始まる。既得権益団体や官僚組織との激しい対立が待つだろう。
 しかし、真の自由主義の理想を実現するためならば、どんな困難も乗り越えなければならない。

 一方で、田中は新たな事業の準備を進めていた。仮想通貨取引所は規制の壁に阻まれていたが、金融庁の認可は不要な別の分野で事業を立ち上げようとしていた。

「今度はブロックチェーン技術を使った資金移動サービスですよ。送金手数料が格安で、国境を越えた資金移動が可能になります。円を刷りまくって減価させてる奴らが国民を守るなんて泥棒に金庫番を任せるようなもんでしょ。自衛しないと。」

 田中は意気込んでいた。革新的な金融サービスを次々と生み出すことで、国家権力の規制による足かせをついには振り切ろうとしていた。

 それぞれの分野で自由主義の実現に向けて動き出していた。医療、金融と様々な切り口から、この国の自由化に挑戦する。

 一方で、既得権益団体からは強い反発が起こりつつあった。悪い予感というのは往々にして当たるものだ。医師会をはじめとする組織は、利権が脅かされると身構えるだろう。与党の老獪とシルバーポピュリズムを駆使して徹底抗戦してくるだろう。また、規制緩和に反対する官僚組織からの抵抗も避けられない。

「邪魔が入ることは覚悟の上だ。しかし、最後にノックアウトするまで戦い抜く覚悟だ」

ロビイストは鼻息を荒げてそう言い切った。自由主義者たちの戦いは、これからが正念場を迎える。彼らの信念が試されることになる。

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