第1章 見てろよ霞ヶ関『未来なくして課税なし』

  これは、理想と現実の間で翻弄されつつも、自由を取り戻すため社会保障からの独立戦争を綴った物語である。舞台は、社会保障に蝕まれた現代日本。規制緩和を推進する経産官僚と、脱税支援のアングラ弁護士が手を結び、やがては社会に大きな混乱をもたらすことになる。
 大きな政府を志す社会主義者・シルバーデモクラシーを悪用する政権与党の老獪・彼らに群がるレントシーカーやマスコミとの対立は激化し、やがては規制改革が内戦へと発展する。
 自由を愛する国士たちは、夜警国家として生まれ変わった日本を手にすることは出来るのか。

あらすじ

 湯川正義は、地元の名門高校へと進学した。官僚になって、国家を担う仕事に就きたいと願っていた。高校時代は勉強漬けの日々で、夢だけを見ていた。そう、東京大学に入り官僚になって日本を引っ張る夢を。
 夢の東京大学には一浪の末、無事合格を果たす。

 入学当初、湯川は国家主義的な考えを抱いていた。国家の体制を守り、国益の名の下に国民を統制するのが、指導者の役割だと考えていた。強固な国を築くためには、時に個人の自由を制限せざるを得ない。そんな国家社会主義的な考えに傾倒していた。  

 しかし、ある日の自由主義経済学の講義が、湯川の考えを根本から覆すきっかけとなった。恩師の言葉が今でも脳裏に焼き付いている。

 「湯川君、国家主義的な経済統制は危険な考え方だよ。政府の役割は最小限に抑え、民間企業の自由な活動を最大限尊重することこそが大切なのだ。国民一人一人の自由と財産を守るため、小さな政府を目指すべきなのだ」

 自由な経済活動こそが豊かさと繁栄をもたらす。強権的な国家による統制は、かえって国力を衰退させてしまう。真逆の思想だった恩師の言葉に強く心を動かされ、湯川は興味を持つ。

「でも、企業の活動を見放すと、社会の秩序が乱れるのでは?」

「いや、そこがミソなんだ湯川君。企業は自由に事業を行えば、お互いに競争し合う。その中で最良の企業が残り、国民が豊かになっていく。政府が介入すれば、非効率が生まれ歪みが発生して是正されず国力が低下してしまう。政府にできることは限られている。民間企業の自由な活動を最大限に尊重し、新しいビジネスチャンスを生み出すことこそが重要なのだ」

 恩師の教えを学ぶにつれ、湯川の頭の中で自由主義経済の概念が、次第に明確になっていった。個人の自由を守り、小さな政府を目指す。そこにこそ理想の国家像があると、湯川は確信するに至った。

 同期たちと切磋琢磨しながら、国家総合職の現役合格を目指した。

「俺は、この国を本当の自由な国に作り変えてみせる!」  

最終学年の春、待望の合格通知が届いた。大喜びした湯川を、友人たちも祝福してくれた。憧れのポストにあと一歩だ。

 就職説明会では、威風堂々とした現役官僚たちが立ち並んでいた。
「我々は国民のために規制を緩和し、新しいビジネスチャンスを生み出します。日本経済を立て直すのが使命です!」
そんな意気込みを胸に、湯川は経済産業省への入省を決めた。早く現場で活躍できる日を夢見た。

 しかし、待っていたのはまったく別の光景だった。

「えっ?経済産業省は規制を作る側なのか…」最初に担当した仕事は新規ビジネスの参入規制であり、規制緩和とはかけ離れていた。

「なぜだ?これじゃあ民間の自由を阻害しているだけじゃないか」湯川は上司に疑問を投げかけた。

「湯川君、まだまだ経験が浅いねえ。規制緩和を口実に既得権益を守る企業がいるから、我々がしっかりとチェックしないといけないんだ」

年次の先輩から一蹴された。しかし、あるベンチャー企業への規制対応を通じて、湯川は次第に企業の正当性に気づいていった。

「でも、あの会社には何の問題もないはずです。規制を設ける理由がわかりません」

議論を続けるうちに、上層部による企業締め付けの実態が見えてきた。

「話にならん!国民の安全が最優先なのだ。そのためには企業のエゴは退ける必要がある」  

 一方的な論理の押し付けに湯川は憤りを覚えた。大学で学んだ自由主義経済学の理念とはかけ離れていた。自由な経済活動こそが国民の豊かさと安全につながると教わってきたはずだ。規制の名の下に新しいビジネスを閉ざし、既得権益を守るだけの役所体質に、胸中で反発が募っていった。

「ようやく待望の規制緩和作業だ!」
ある日米国からの呼びかけで、日本企業の新規参入を認める作業が舞い込んだ。湯川は今こそチャンスだと意気込んだ。

しかし実際は、貿易摩擦を恐れた上層部が後ろ盾となって、相手国の提案を矮小化する規制強化の議論に終始してしまった。新規参入企業には一部の緩和しかなく、既存の大企業は従来の特権を温存できた。
「これで規制緩和とは到底言えません!法人税の減税でも良いから、新陳代謝を促す政策を立案すべきです」湯川は熱心に訴えたが、空々しく消え去った。
「何が日本の企業を守ることになるかわからん。従来の商売を守るのが国民の安全につながる」上司はいつもの論法で籠を固めた。

「あんた、まだまだ若すぎて規制緩和の意味が分かってないんだよ。私には天下りの準備もあるからね」
湯川は激しい憤りを噛み殺した。そんな体質の上層部が国の指導者と呼ばれていいのだろうか。
大学の講義とはかけ離れた役所の実態を目の当たりにして、湯川はこの国の将来を危惧せずにはいられなくなっていった。

「このままでは、愛する国は自由を失い、確実に滅びていく」  
湯川は固く決意を新たにした。同志を探し出し、官僚組織の体質を根本から改革しなければならない。先達の旧態依然たる姿勢では、このままでは日本は生き残れないと確信したのだ。

 そう決意して湯川は、規制緩和のビジョンを具体化した数々の政策案の作成に没頭した。大学の友人からヒントを得つつ、夜を徹して緻密な調査と綿密な計算を重ねていった。単なるレトリックに終わらせるつもりはなかった。実際に企業の新規参入を促進し、日本経済の活力を生み出す、そんな本格的な内容だ。

 いくつもの案が出来上がり、湯川は思わずニヤリとした。これで待っていた、憧れの官僚の仕事に望めるはずだ。その熱い思いを胸に、湯川は早速、上層部に政策案を提示していった。

 しかし、結果は散々なものだった。保守的な上司や役人たちは、理不尽な理由を並べてすべての案を却下していった。

「いつものお題目だ!新規参入を促進すれば規制が緩くなり、大手業界の既得権益が失われかねない」
「日本の伝統的な雇用慣行が壊れる」
「国民の安全が脅かされる。規制を設け抑制するのが、我々の務めだ」


 湯川は憤懣やるかたない思いに駆られた。自分たちだけの都合で、国の発展を阻害する官僚たちの鼻持ちならない空気を感じた。

「いったい官僚組織はなぜこんなにも保守的で改革に反対するんだ?」

 廊下を歩きながら、湯川は呟いた。国家の机を賄っているのは国民の税金なのに、その当人たちの利益は一顧だにされていない。官僚組織は本当に国民のために働いているのだろうか。

「この調子では、この国は間違いなく滅びるぞ」
 ある日の深夜、湯川は遂に自暴自棄になった。希望が持てなくなり、愛した国が自由を失ってしまうのではないかと恐れを抱いた。高らかに訴えていた大学の恩師の言葉が、まるで嘲笑うかのように頭の中に響き渡る。

「君は本当に分かっていないな。官僚組織は所詮、既得権益守りの集団なのだよ。そんな連中に期待したって無駄なことは、君が一番分かっているだろう?」

 苦い現実を受け入れざるを得なくなった湯川は、同志を見つけ出そうと強く決意した。1人では太刀打ちできそうにない。何人かの志を同じくする仲間と共に、官僚組織の体質を根本から改革していかねばならない。

 翌日から、湯川は休憩時間や昼食時を利用して、部内を見渡し始めた。若手の中には、自分と同じように現状に疑問を抱いている者がいるはずだ。そういった者を見つけ出し、改革のきっかけとしようと狙っていた。

 しかし、世代を問わず同僚たちは皆、言うことを言うことを聞かない有様だった。上層部の価値観にすっかり染まってしまっているのか、自由な考えを持つ者は一人もいない。ただ唯々諾々と上司の命令に従う日々を過ごしているだけだった。

「みんな同じなんだ...この官僚組織は完全に腐りきってしまった」
部内を見渡しながら、湯川はそう嘆いた。同志を見つけられる可能性はどんどん遠のいていった。

 そんな最中、ある日の夕方、湯川は思わぬ出来事に見舞われた。合同庁舎の階段でうずくまる中年の男性を発見したのだ。すぐさま駆け付け、男性を介抱すると、その人物が口を開いた。

「君は良い人間だ。本当にこの国の役に立ちたいと願っているんだね」
その男性こそ、かつて一時代を築いた元官僚だった。組織の病理を身をもって経験し、嫌気がさして役所を去った男だったのだ。

「お礼を言うまでもない。私も若い頃は同じような思いを抱いていた。でも私には一人で戦う力はなかった。体も壊してしまったしね。」
男は、昔の自分と重ね合わせて湯川の姿を見つめた。

「だが、君なら違うかもしれん。1人じゃ無理でも、同志を見つけ、改革のきっかけを作れるかもしれない」  

その晩、ほんの少しだが湯川に望みの光が差し込んだ。同志がいるかもしれない。1人じゃないかもしれない。必ずこの国にとって大切なことができると、湯川は改めて自覚したのだった。

「待っていろ、同志よ。きっと君がいるはずだ。そして一緒にこの官僚組織を変える!」

そう心に誓った湯川の物語は、ここから始まった。​​​​​​​​​​​​​​​

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