【エッセイ】母のこと

爪を切るたびに思い出すのは、高校生の頃、切り終わった爪先を見た母に「そんなに白い所を残して、尖らせるなんて」と言われたこと。
白い所なんて1mmもない程度だし、生えているラインと同じ形にしているだけなのに何をおっしゃる。そう答えると、母は不思議そうに自分の手と見比べ始めた。

母は爪のてっぺんが平たく、白い所が指先よりも下から始まっている。
私は爪の先がカーブして、ちょうど指先にくっついている。
だから母には「長くて尖った」ように見える。
だけど、私が母と同じ形にするには、爪をちょっとはがして切ることになる。そんなの拷問だ。

母はそこまで言って初めて、私の爪の形が自分と違うことに気づいたらしい。
小さいころ、爪を切ってもらう度に指先が痛かった理由がやっと分かった。



二十歳を過ぎ、大学の友達との飲み会から帰ると、母が新聞を読んでいた。ただいま、と今日の楽しかった話をすると、母は腹立たしそうに「何をしに大学へ行っているんだか」と言った。
全然予想していなかった反応に、さーっと背筋が冷えた。
でも「勉強はしているし、それだけじゃない、学生でないとできない経験や時間を買ったと思ってる」と、言葉を探しながら、ドキドキしながら答えた。
学費は半分が親の負担、もう半分は奨学金で卒業後に私が返す約束だった。
「へえ、そう」と言って、母は寝室へ行ってしまった。

単位は順調に取れていたし、時々授業をサボることはあっても、他の子と比べればかわいいもんだった。
今までにはいなかったような幅広い友達ができ、バイトもして、稼いだお金でコスメや服を買っててみたり、遊びに行ったり。
私は自分をとても真っ当な大学生だと思っていた。が、母は大学へ行くからには学問を突き詰めるものだと考えていたらしい。

2年後、卒業式から帰って学位証を見せると「あんなんでも学位が取れるの」と悔しそうにしていた。そんな親あるかい、と思った。



就職して結婚して子どもを産み、実家からかなり遠い場所に住むことになった。

大雨が降って、自宅周辺に特別警報が出た。
今ではまあよくある事だけど、当時は特別警報ができたばかり。自宅が対象地域になるのは初めてだった。
万が一に備えて荷物の用意と、防災情報を確認しなければ。
その頃、子どもはまだ1歳にならないくらい。
調べたいことは次から次へと出てくる。その合間にピロンピロンと邪魔をするLINE通知。母である。

「大丈夫なの?」「ニュースで危険って言ってる」「すぐ避難しなさい」…

最新情報では川の水位は下がり始めました。うちは浸水想定1m未満で寝室は2階です。避難所は急傾斜危険区域を通過した先です。今は夜9時で、旦那は出張でいません。よって自宅待機が最も安全と判断しました。と送る余裕はなかったので、「無事です。忙しいので返事しません」とだけ返した。



こんな事があって私は母が苦手になった。
でもすごいとも思う。実家に頼らず一人で私達三人きょうだいを育てながら、協調性とか道徳とか色々不足している元ヤンの父を結構稼げる個人事業主にまで押し上げ、面倒くささの塊みたいな親戚とも上手く付き合っている。めちゃくちゃ有能でタフ。

そりゃ、私は何もできない、頼りない生き物にしか見えないと思う。
だから私は遠く離れた場所で、のびのびと失敗したり、寄り道したりして生きていく。

ところで、遠く離れた場所、つまり現住所のすぐ隣には旦那のお母さんがいる。
付き合いが始まった最初のうちは、素晴らしい人だと思っていた。明るくて優しいんだけど「必要なら言ってね」という感じで、押し付けがましい所なんかないように見えた。
ところがどっこい。
近くに住んで、段々仲良くなってくると「これあげる! ここにも連れて行ってあげる! もっと欲しい物はない?」って、なんかパワフルになってきた。
ありがたいんだけど困ることもあって、旦那と「こういう所が困るよね」と笑っている自分に気づいて、性格悪!ってショックを受けたのが昨日のこと。

庭で子どもが遊ぶのに付き合いながら、「私、『お母さん』って存在と一生うまく付き合えないのかしら…」と暗い気分でいたら、旦那のおばあちゃんがやってきた。
「今日は(旦那父)、一日出張らしいな」
よっこいしょと隣に座って、子どもの姿をニコニコ眺める。
「はー、鬼の居ぬ間にのんびりだ。あいつがいると面倒くさい」

私はびっくりしておばあちゃんを見た。
この人、自分の息子のこと、鬼って言った。面倒くさいって言った。
聞き間違いかと思ったけど、おばあちゃんはニヤニヤしている。

親子でも、苦手でいいんだ。
面倒くさがったりしていいんだ。
いないうちに陰口叩いてもいいんだ。
「良い」ことではないけど、ゆるされる。
そう思ったらすごく気分が軽くなって、二人でワハハと笑った。

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