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【小説】 制服

「これ、どうするん?」
そう言って手渡された制服は新品のように綺麗だった。

久しぶりに実家に帰省した時のこと。
「あんた、ゆっくりするのもいいけど残ってる荷物をちょーっとばかし片付けて欲しいんだよね」
軽く伝えられた言葉を聞きながら、うんうんと答えて2階へ上がることにした。かつて私の部屋だった空間に今では妹のものが上書きされて置かれている。目につくモノのほとんどは散乱し、空間全体が妹の私物と化しているが、押し入れの隅だけは私の残したものがあった。「こじんまり」とは表現できず、「そこそこに」ものがある空間がそこには広がっていた。
出してみて広げるためのスペースを確保しつつ、奥からモノを出していく。
ああ、こんな時にもらった服があったなーだとか、初めてデートに来て行った花柄の半袖や縫ってもらったお弁当箱入れ、修学旅行のお土産で買ったキーホルダーなど、当時の私としては輝いていたものが溢れてる。
一通り奥から出し終えたら仕分けが始まる。
黙々と作業を続けていると、帰宅した妹がそこにはいた。
「お姉ちゃん何してるの?」
ムッとした顔で睨む妹に静かに説明する。
「片付けだよ。少しだけ場所借りるけど、片付いたら出てくから待ってね」
ふーんって顔をして部屋を出ていく妹を横目に、また手元のモノと向き合う。ああ、こんなものがあったと記憶を思い出しながら仕分ける。
いるものと、いらないものと。

30分もすると、概ね片付いてきた。
やれやれと腰を上げると、母が部屋にやってきて聞いてきた。
「これどうするん?」
手渡されたのはクリーニングに出された高校の制服だった。
どうやら他の部屋で管理していたものが出てきたらしい。
今からもう8年前のものだというのに、制服は皺一つなく新品のように綺麗だった。
どうするのかをもう少し考える時間が欲しかったので、一巡して
「んー考えるからその辺に置いといて」
と答えて荷物をまとめる作業に入った。
母はわかったと答えて部屋を出ていこうとしたけれど、最後に一つ、付け加えていった。
「これは捨てられなかったんよ。あんたが自分で決めなさいね」
母にとっても、私の高校生活というものは強く印象付いていることらしい。私にとっても、高校生活は濃いものだったなと思い出しながらそっと「そっか」と答えた。
何度か自分でも制服を捨てようとする度に、思い出すのは部活動でのことだった。運動部に所属していた私はよく朝練をしに、制服をきて走って行った気がする。それがもう8年前と言われても、正直実感が湧かなかった。
改めて何度か制服と向き合ってみると、もうそろそろ、感傷に浸れる賞味期限が来たような気がした。これ以上はきっと、走馬灯で観れるから。
現実世界に残しておきたいと思うほどのものを、私は持ち合わせていないような気もする。
そっと段ボールを広げて手際よく制服を詰めると、「リサイクルショップに持っていくもの」のラベルを貼った。
モノに刻まれた思い出は、いずれ手放して次の新しい思い出を作るためのスペースを確保していきたいモノである。
漸く過去との決別を図ることができた私は、少しだけ気持ちが晴れやかになる気がした。

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