見出し画像

【小説】 春

室内の観葉植物の鉢を植え替えて今日で2日が経った。
日当たりのいい南側のベランダ寄りに置いたおかげもあってか、あっという間にモンテスラは茎を伸ばした。成長は早い。
葉水をかけてあげると、太陽光を浴びてキラっと反射する。また帰宅したら少し伸びてそうだなと思いつつ、腰を上げて窓の外を見る。
太陽は春ですよって穏やかな顔をしながら風はびゅうびゅう吹きつけて窓を揺らした。すごい勢いで砂埃が窓ガラスに吹き付けられているのを目の当たりにしてしまったらもう、正直出かけたくないなと思ってしまう。それでも、今日は用事があるから仕方ない。
薄いレースカーテンをシャッと閉めて霧吹きを片付ける。
「今日は気温も高く、春のような暖かさでしょう。続いてのニュースです」
ラジオをつけっぱなしにしながら歯を磨いて、LINEを返すとすぐに返事がやってきた。
1時に大手町待ち合わせで、そこから銀座や新橋を巡る。取材とはいえ、内心気が気ではない。あれは忘れていないだろうか、メイクは崩れないだろうか、打ち合わせで必要なメモは何か。考えることは山積みだ。
勢いよく顔を洗ってシャキッと気持ちを引き締めると、スキンケアを丁寧に施してメイクを始めた。自分の気持ちを少しでも上向きにしたくて、アプリコットオレンジの色味で統一することに。
桜のピンクはもう少しお預けにして、フリージアのような華やかさを纏ったイエローゴールドのラメを乗せると瞼が光る。
さっき葉水を浴びたモンテスラのような煌めきが顔の一部に乗っていると思うと、お揃いだなーなんて勝手にお揃い意識を持ったりして鏡を見つめる。改めてまじまじとみると煌めきと共に心も華やぐのがわかった。うっかりリップを落としてしまいそうになるくらいには浮かれてた。
さて、自分の準備ができたら帰ってきた後のことを考える。
洗濯物はどうするかとか、洗い物はどうするかとか。
生活をするとは、自分の先の行動までも把握してそこに向けて調整することに他ならないような気がする。仕事も家事も、先を見て行動できなければ後で困るのだ。困らないための準備が大切。
「もう出るの?」
遅く起きてきた彼が私に眠そうな顔をして尋ねる。
「うん、約束があるからね。今日の帰りに足りなかった牛乳買ってくるね」
「ありがとう」
時計を見ると、家を出なければいけない時間が差し迫っていた。
バタバタと廊下を走って玄関で靴を探す。
「いってきます」
「行ってらっしゃい」
この人といつまでもいってきますと行ってらっしゃいが言い合える仲でいられるなら、それだけで幸せなことだ。
扉を開けた先に待ち受ける困難がたとえ多くあったとしても、きっと乗り越えられると信じて。
吹き荒れる春の嵐が私の行手を阻むけど、一歩踏み出した足だけは譲らずに進む。春は勇ましさも必要なのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?