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【小説】 冬

「久しぶりに飲みに行こうよ」
そう誘われて仕事終わりに旧友に会いに行った夜。駅前には足早に去る黒いコートの人で溢れていた。スーツケースを持った人、リュックサックを背負う人。ガイドさんに連れられてゾロゾロと歩く人。お母さんに連れられてひょこひょこと歩く人。

「お待たせ!」
振り返ると、マキがいた。笑顔が眩しい。
「人多いね〜」
「ほんとね!」
たわいもない世間話をして行くあてもなくただ歩く。右にも左にも人人人。
「どこ行く?」
「お店決めてないの。会った時に決めようと思って」
「うん、それがいいね。何食べたい?」
「なんでもいいよ〜サヨは?食べたいのある?」
パッと浮かんだのは居酒屋の焼き鳥とかだったけれど、この時期特有の混み具合を考えるとあまりゆったり座れなさそうなので脳内で却下した。
「んーゆっくり喋れそうなところかな」
「うんうん、じゃあ個室居酒屋とかどう?」
「え!なんでわかったの!?」
とは、声に出さなかったけど驚いていたら
「そりゃわかるよ、サヨの好みくらい」
とだけ言われた。それだけで惚れそう。というか惚れた。

「すみません、ハイボール2つくださーい」
「はーい、少々お待ちください」
すんなり入れたお店でお酒だけとりあえず頼んでつまみをタッチパネルで探す。焼き鳥やら一品料理やらおすすめやら。
「どれも美味しそうだね〜」
「そだね」
つつつっと手早く食べたいのの個数を入力して合計を数えてく。ナスとかキュウリとかトマトとか軟骨とか。
「あ、私も食べたいーナスの漬物」
「じゃあ2個たのも!」
それぞれの好みが重なっていく。あれも好きだとか、これも好きだとか。
こういう共感性を感じられるのも、友達だからいいのだ。気兼ねなく、好きが言える。
「最近どう?」
切り出された一言にグッと胸が詰まるのを感じながら、笑顔で返す。
「ぼちぼちかなーマキは?最近どう?」
「実はね、転勤が決まったの〜」
「えー!?転勤嫌だって言ってたじゃん!」
「そうなの。嫌って言ってたんだけど嫌ってだけじゃダメらしいーほら私、結婚してるわけでもないし子供いるわけでもないからさー」
机に溶けているマキを宥めながら話を聞く。
あーだのこーだの話しているうちに酔いが回り、気づけば22時を過ぎていた。時間が経つのは早い。
「そろそろ帰ろっか。明日もあるし」
「そだね、お開きとしましょうかー」
タッチパネルのお会計ボタンを押して割り勘金額を確認する。
「ごめんちょっとトイレ」
そう言って席を立った友人を見送り、私は携帯を取り出して通知を確認する。特に何も連絡はなかった。そんなもんか、と思いながらもどこか寂しかった。よくない癖ってわかってるのに。
「お待たせ!」
戻ってきたマキが財布を取り出しながら金額を数えてく。
「3千6百8十4円ね」
「ふふ、酔ってるでほ笑」
「お互い様w」
笑いながらジャラジャラとお金を持ってレジへ向かった。

春と錯覚するかのような外の暖かさに驚きながらも、あーだのこーだのまだ話していた。最後のバイバイって手を振るまでも楽しくて。また会えるってわかってるのに何となく名残惜しい。それも、お互い様なのかもしれない。
漸く歩き出した頃には人もまばらで、空にはオリオン座がちらりと見えると、また冬を思い出した。今年の冬は暖冬だった。

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