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【小説】 なんて

自分の服装を1週間、手帳に絵で書いてみた。
月曜日は寒かったからハイネックにジャケットを羽織ってパンツスタイル、火曜日はプレゼンがあったからワンピースで、水曜日はカットソーにカーディガン…なんて書いていく習慣をつけてみたら、意外にも自分の傾向が見えてきた。
寒い日は裏起毛の素材を選ぶし、暑い日は脱ぎ着しやすい薄手のものをレイヤードする。冬は白が可愛く見える季節でもあり、服装はどうしてもベージュや白、無難な黒に落ち着きがち。結局、合わせやすさが第一なのだ。
時折、本屋の前で立ち止まって見た雑誌には大抵の場合カラフルなものが取り上げられているけれど、私には身に余る。
もう若くないんだから。
なんて言葉がふっと頭をよぎっては消える。
本当は自分らしさが出た服を身に纏って颯爽と歩いている人全てが羨ましいのに。
私を押さえつけるのは年齢か、はたまた社会の視線か。それとも親に言われた一言だろうか。そんな言い訳をいく年も続けていた。でも、なんだかんだ自分に呪いをかけているのは自分なのだ。

読み終わった雑誌をそっと書店に置いて、少し遅いけれど今週末の予定はショッピングをすることにした。
⚪︎⚪︎セール!の文字があちらこちらに立っている。売り出し文句に乗せられていると分かりながらも、とことん、試着室に持って行っては気回してみた。
赤いニット、黄色の靴下、青いスカート。淡い色合いの手袋やマフラーも捨てがたい。これも気になる、あれも気になる。そうやって店という店を回って着回して見たけど、いつもの目を入れ替えられていないせいか、まだ1着も変えなかった。
「お客様、とてもお似合いでございます」
そういってカーテンを開けるたびに答えてくれる店員さんがそこにいるのに、この売り文句にも屈しない圧倒的な自己否定。長年の蓄積によりこびりついた「私なんか」が洗い流されることはなく、いつまでも私に停滞していた。
「ありがとうございました」
そういって店を後にすると、さすがに多くの人と会話したせいかとても疲れた。フラフラと近くのベンチに腰掛ける。
「疲れたー」
独り言さえ出てきてしまうほどの疲れを感じながら、ぼーっとあてもなく上を見上げたら青空に鳩が飛んでいった。
秋晴れの空と冬の空気。手入れのされていない植え込みと道路に嵩張る落ち葉たち。女子高生は思い思いのマフラーの巻き方を編み出しては笑ってる。
いきなり全部を変えることはできなかったとしても、マフラーの編み方を変えるくらいの変化から始めるのでもいいかもな。この思考も、絡まっているだけかもしれない。
家に帰ったら、まずは開けていない引き出しからマフラーを探さないと。
なんてことを考えながら、帰路についた。
買い物した荷物を冷蔵庫に片付けてから窓を開けて洗濯物を取り込んでいく。何ら変わらない毎年の冷たい空気が部屋を抜けていくけれど、今年は少し違うかもしれない。
ベットに積み上げられた洗濯物をたたみながら、youtubeで動画を眺めてマフラーの編み方をタオルで練習する。
何事も、少しずつでいいから進めたらいいな。

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