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パリのど真ん中で大人が泣きべそかいた話

これから長期の旅行に入るという日の前日、私はパリの中心で、まゆ毛としっぽをあらん限り垂らし泣きべそを書いていた。

「わたち…おうちに帰れないかもしれない…」

ゴミ箱三丁目の我が家

ここからは「はじめてのおつかい」主題歌、ドーレミファーソーラシド!ドシラソファミレード~♪を脳内BGMにしながら私の泣きべそ追体験を楽しんでいただこう。


1週間前から家が臭かった。

どう臭いか?というとマンションのゴミ集積場と同じような、あのすっぱいとも苦いとも言えないゴミの平均顔みたいな臭いだった。生ごみでも腐ってるのかな?と思ったがゴミ箱周辺はまったく臭わず、仕方がないのでファブリーズをそこら中に撒いたり、換気をしたり、いろいろ対策したが、いよいよ原因は見つからなかった。

旅行の前々日、どうしても治らないのが気になり玄関周辺をくまなく捜査してみると、家の暖房を一括統治している装置から水漏れしていることがわかった。そこは大型のクローゼットでもあり、みごとに私のスーツケースをカビまみれにしてくれていた。

フランスにもカビキラー的な何かはあるのだろうが、発見したのは夜だ。そんな便利お掃除グッズを売っている店が開いているわけもなく、仕方がないので沸騰したお湯をお風呂でぶっかけるという荒療治をした。効いているのかどうかは不明。

夫が不動産屋に連絡をとり、旅行期間中に修理しておくという約束ができた。翌日、鍵を一つ預けるために、事務所までおつかいに行くことになった。平日の対応は夫には不可能なので私が行くしかないのだ。

現場のスタッフに話伝わってないとかザラにあるので1人で行くのは不安だが、そろそろパリにもだいぶ慣れてきたし、鍵を渡すくらいのおつかいならへっちゃらさ♪

点滴を打ちながら生きる、ボクのおばあちゃんiPhone

旅の前日であることを誇張しているのにはいくつか理由がある。
そのうちの一つがモバイルバッテリーのことだ。
私のiPhone12 miniは買った当初から割と充電の減りの早い欠食児童だった。

なので、写真や動画を撮りまくる旅の前日にはモバイル充電をフルフルMax最強状態にしておきたかった。

出かける直前のケータイの充電は65%弱くらいなので1ヵ所お使いに行く程度なら十分だろうと思って、モバイルバッテリーは家の充電器に差したまま出かけた。

最寄り駅を調べていざ出発。凱旋門より少し東、町のはずれの駅だった。

乗車時間が長いので、たまたまおススメに出てきた動画、下町ロケットのモデルになった植松努さんのTEDを聞いていた。不屈の精神力とすばらしい人柄に感動しながら、電車の乗り換えを済ませた。

乗り換えてしばらくしたころ、電車が動かなくなった。

パリではよくあることだ。別の乗り継ぎを調べるのも面倒だし時間に余裕はあるのでそのまま座って動画の続きを聞いていると「madame!」と声をかけられ、他の路線に乗り換えてくれ!と降ろされてしまった。

そうなると仕方がない。動画を見ていて45%くらいの充電になってしまったので、この先は無駄遣いをしてはならない、とYouTubeを閉じる。

Googleマップで不動産屋の住所を入れ、別のルートを検索した。
降ろされた駅から1本で行けそうだったのでスムーズに乗り換えられた。

しかし駅から地上に出てみると、示しているマップが全く凱旋門とはかけ離れた位置だった。
「なぜ???」
慌ててGoogleの行き先を見ると、全く別の場所が目的地に設定されていたのだ。

充電は30%。
まずい…また電車に乗るとしても、乗り換えが複雑になるし、そのメトロがまた止まりでもしたら詰む。ここから歩けないものか…?
徒歩マークをタップすると30分と表示された。

「いける…!」

乗り換えてまた電車が止まっているリスクよりは歩いた方がマシだ。
道の角のタイミングだけスマホを見るようにして消費電力が極力少なくなるように歩いた。

しかしその工夫も無惨に散る。
まだ道半ばという頃に、すでに16%になっており、かなり焦っていた。まだ地図を見ないとたどり着けない位置だ。その上、たとえ無事ギリギリの充電でたどり着いたとしても次の関門がある。

不動産屋でちゃんと話が通っているかわからないので、メールの画面をみせたり、自分の住所も言えないので、何かしら情報を見せるためにはスマホには1%充電でも生きていてもらわないと困る。こんな時に限っていつも持ち歩いている筆ペンも紙もなにもないのだ。

残り200m付近にたどり着いたとき、私は絶望した。

1秒前まで16%をキープしていたのに、突然3%になった。
もうこの時点で半泣きである。
不動産屋に行けないのは最悪仕方ないとして、そもそもこの見知らぬ道から家に帰れるのか?絶対に無理だ!見知らぬ国の都市の西の端っこから南の端っこに、地図も連絡手段も無しで帰るのは無理だ!

ただ私にはまだ一筋の希望が残っている。
凱旋門だ。

凱旋門まで行くことができれば、個展で何度も通ったおかげで家には帰れる。検索の目的地を不動産屋から凱旋門に変える。

10分前まで見ていたYouTubeで植村努さんも言っていた。「どうせむり」という言葉は人の夢を奪うと。その言葉を「だったらこうしたらいいんじゃない?」に変えよう!と。
そう、私だって凱旋門の位置さえわかれば未来への道が開かれるのだ!!

なるほど、とにかくこのまま真っすぐ歩けば、凱旋門に通じる大通りには出られそうだ。その道のりだけは頭に叩き込み、再び不動産屋に行き先を切り替える。

もしも不動産屋に辿り着いてすぐに切れた場合に備え、不動産屋の部屋番号や呼び鈴で言わなきゃいけない宛先の名前を何度もぶつぶつ口に出して覚えるなどした。自分だけ開催を知らなかった小テスト前の5分休憩みたいな状態で必死の暗記タイムが繰り広げられた。

諸刃の剣の英語と、勉強の実り

着いた。
ちゃんと着いたよママぁ〜(涙)!と喜んだのも束の間、「昨日家のトラブルのメールして鍵を預けに来た〇〇なんですが」

と英語で言うと、何かをフランス語で質問されたのだが、全く意味がわからない。ただでさえテンパっているので、英語も上手く出てこない。困った…。

そこで夫がCCで私にも送ってくれたメールを見せると「ああ!なるほど!ちょっと椅子座って待ってて〜」とルンルンどこかへ消えて行った。

よかった…残り充電は1%を表示している。
おばあちゃん…ありがとうありがとう、生きていてくれて……!!点滴勝手にはずしちゃってごめん!!!iPhone12 miniちゃんをスリスリしてあげた。

何かの事務手続きを終えてスタッフが帰ってくる。「じゃぁその鍵預かるけど、あなたはあなたの鍵持ってるの?」とフランス語で聞かれた。

安心したからなのか、勉強した単語しか入ってないからなのか分からないが、何を聞かれたのか分かってちょっと嬉しかった。

「大丈夫!あります!」
と言って、不動産屋を後にした。

あとは行きに覚えた凱旋門までの道をたどるのみ。無事見つかりますように…と、再び不安がつのりはじめたが、5秒もたたぬうちに凱旋門はすぐに顔を出してくれた。

「おうちに…帰れる……」

ドーレミファーソーラシドー!ドーシーラーソーファミッレーっ🎵

凱旋門がいつもより輝いて見える。
彼は丘の上に立っており、夕日を背にいつも美しく照らされるのだが、今日はもはや神々しい。いやその日ばかりは神に違いない。

その瞬間、凱旋門のことが更に大好きになってしまった。もともと個展会場に向かうたびに色んな角度から見て、なかなか結構な建物だな!と気に入ってはいたのだが、凱旋門こそ「希望」という概念の具現化であるというほどまでに好きになったのはこの瞬間だ。

凱旋門にここまで希望や存在の喜びを感じている人は現代で私だけなのではないか?凱旋門がそこにあるという喜びに胸をときめかせ、安堵し、希望の塊として感謝しているのは、たとえフランス人と比べたとしても負けない自信がある。歴史的な誇りなどは一切抜きで、ただただ凱旋門そのものへの感謝と希望の象徴を胸に抱くことなど、今日びなかなかできないはずである。

さて、その神々しい門まで胸を躍らせながら坂を登り、私は無事家に帰った。

ゴミ箱化が進んだ我が家

さて、冒頭私が旅行の前日を念押しした二つ目の理由について話そう。水漏れの発見は木曜日。不動産屋に鍵を預けたのは金曜日。旅行出発は土曜日。工事は月曜日の午後だ。

水漏れはどの程度か?というと、半日でバケツがいっぱいになるほどである。
土曜日から旅行に行くということは、1日半放置することになるのでバケツ3杯分の水を放置するという意味でもある。
ま、仕方がない、この1〜2週間原因もわからず放置していたのだからせいぜいカビる程度やろ?とたかを括り、旅立っていった。


さて。1週間にのぼる楽しい旅行からルンタッタ帰宅した。

修理してもらったはずの家は、今までにないくらい強烈な悪臭を放ち、旅の疲れを見事に倍増させてくれた。

水漏れ箇所は予定通り直っているのだが、放置した1日の間に水が広がったからなのか、工事中に色々やらかされたからなのかはよく知らないが、とにかく玄関の靴はびしょびしょ、寝室の手前まで床が汚水で汚れ、コピー機は水浸し、スリッパは濡れ雑巾と化していた。

とても快適な旅じまいとは言い難いが「どうせ臭いのは取れない、無理…」と言ってしまっては1週間前に希望を照らしてくれた凱旋門にも充電ギリギリで私に人生訓を教えてくれた植村努さんにも顔向けができぬ。

「どうせむり」を「だったらこうしてみたら?」に変える…?

汚れていたら人は何をしてみたらいいのか。
罪を犯せば罪を償い、
穢れを受ければ禊をする。


そう、答えは明らかだ。


雑巾とバケツと洗剤を持って、腕をまくる。

汚れたら掃除をすればいいだけだ。

悔しい。

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