2/11 徒歩10分の価値を忘れかけていた

私が先月末まで借りていた部屋は、極めて立地のよいところにあった。最寄駅がいくつもあった。御徒町、湯島、上野御徒町、上野広小路駅が全て徒歩5分圏内。少し足を伸ばせば、上野、末広町、秋葉原をはじめ様々な駅に徒歩でアクセスできた。私が営んでいる店「嗜好品天国」も徒歩10分程度のところにあった。生活の全てがかなり近くにあった。ここへ越してきた当初は「職場に近い!嬉しい!」と毎日感じたのを覚えているが、半年も経てば「遠い...店の隣に住みたい...」と感じるようになったものだ。人の欲というのは底知れない。

そういうわけで徒歩10分は「遠い」と認識し始めていた今日この頃であるが、転出に伴い妹が片付けを手伝いに来てくれた。彼女は神奈川の山の上に住んでいる。車や自転車がなければ気軽に最寄駅には到達できない、そんなところだ。彼女は掃除を手伝いながら「こういう掃除グッズがあれば便利だから百均が近くにあるなら買ってくるよ」と言ってくれた。甲斐甲斐しい可愛い妹なのである。「うーん。」私は少し迷った。最寄りの百均は徒歩10〜15分くらいのところにあった。まあ別に歩けないこともないけど、土地勘のない人を一人で向かわせるには申し訳ない。そんな感覚だった。そこでその旨をそのまんま妹に伝えた。「近っ。」妹の反応は私の意図に反して軽い物だった。近い...のか?結構遠いよ?大丈夫?と思いながら、退去準備も佳境だったためお言葉に甘えて妹一人を送り出した。

「徒歩10分に百均があるなんて普通ありえないよ。」妹は言う。まあ確かに。私もこの家に2年住み感覚が麻痺しただけで、過去には駅徒歩20分の家に住んだこともある。駅付近まで赴かなければ買い物するところは何一つなかった。そういう感覚からしたら、確かに徒歩10分の百均を遠いだなんて、贅沢すぎる。自分の住んでいるマンションの1階にコンビニがあるような生活を続けていると、こんなふうになってしまうんだな。そういえば最近、一人で長い時間歩くことなんてなかった。帰り道、駅から駅まで歩く時間は新しい音楽を探したり聞き溜めていたラジオを聞いたりする時間にしていたのだった。ここ2年間は、新しい曲もラジオも殆ど聞いていない。

今お世話になっている池袋のシェアハウスは、あらゆる駅から徒歩15分以上かかる。私は初め「住ませていただけるのはありがたいけど、最寄駅ないじゃん!」なんて失礼なことを考えた物だった。それでもいざ歩いてみると、雑多な駅前が徐々に閑静な住宅街へと変化していく道すがら、小さな個人経営の居酒屋や雀荘を見つけたり、久しぶりに好きなアーティストの新譜をじっくり聴き込めたりと、想像の何倍も豊かな時間を過ごせているのだった。

おわり

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