見出し画像

変わりゆく最後の遊動民族ラウテ


「自分勝手」を守ってきたラウテ族と、受けいれてきたネパール

今井 ドキュメンタリーフォトグラファーとして、ネパールでラウテ族という移動する民族を追っている門谷JUMBO優さんにお話を伺っています。

JUMBO よろしくお願いします。ナマステ。

今井 これまで2回に渡ってラウテ族をご紹介いただきましたが、移動しながら暮らしていくのが一つ大きな特徴であるのと、木を切って器を作りそれを売って、周りの民族と交易をしながら暮らしていく、そういう暮らしをしている人たちがこの時代にまだいるっていうのがすごく驚きだったんですけれども、村上さん、どんな感想ですか。

村上 はい、僕自身は移動して生きていないので、うらやましいなっていうのと、自分だったらどういうふうにやるかなみたいなことをイメージしながらお話を聞きたかったんですけど、イメージの中の僕がもう次々と戸惑って挫折してるみたいな連続のような感じがしてるんですよね。
でも、同じ動物として考えたら、僕も多分移動してた頃のDNAがどこかにあるはずで、何とか呼び起こしたいって思うんですけど、言い訳として「だって日本だったら森ないし」とか、いろんなことを頭で分けて考えちゃうわけです。
ただ、それはもしかしたらラウテ族の皆さんも、徐々にネパールといえども開発が進んでいるとか、あるいは他の民族と触れればその価値観によって違うことを思ったりってこともあるような気がするんですが、JUMBOさんはどういうふうに感じますか。

JUMBO そうですね。まず彼らを一言で表すとすると、ものすごく「自分勝手な人たち」なんです。すごくセルフィッシュです。傍目から見ていると、彼らは本当に自分たちがやりたいことしかしないんです。何が彼らを生かしてきたかというと、彼らの住んでいるエリアにいる、他の定住している人たちの包容力の高さです。それが彼らを生かし続けてきたんじゃないかなと僕は思っています。
ただやっぱり道路ができたり、近代的なものがたくさん入り始め、その包容力の高さも少しずつ変わっていく。今はもうみんな携帯電話を持っているし、道路も発達して、日本やカトマンズでの生活とは比べ物にはならないですけれども、やっぱり「時間には間に合うようにしましょうね」とか「約束事はできるだけ守るようにしましょうね」「何かアクシデントがあろうとも、ちゃんと連絡はしましょうね」というような、日本で過ごしている価値観と近いものが、周りの人たちの中にも根づきつつあるんですね。そうなると、やっぱりとっても自分勝手なラウテ族は、どうしてもつまはじきにされがちですし、自分たちのコミュニティの近くに存在していいものなのか?と現地の人たちも気持ちが変わってくる。そういった側面があると思います。
ラウテ族の人たちの中でっていう話で言うと、彼らは、ラウテ族の価値観っていうものをすごく重んじて、ラウテ族以外のものを自分たちの中に取り入れるのをすごくいろんな方法でタブー視をしながら防いできた人たちなんですね。
なので、今までは他の人と深くは交わらないとか、自分たちの言葉を教えないとか、自分たちが食事してる風景、特に肉食は絶対他の人には見せないとか、言ってみれば自分たちの生活に足かせをつけて、自分たちの価値感を守ってきたきらいがあるんです。けれども、やっぱり道が発達してしまったり、今までのその集落の単位よりも大きな街ができてしまったりすると、彼らがそうしようと思っても、そうできない現実もできてきている。その中で、どうしてもその外の情報とか価値観というものが彼らの中に少しずつ入ってきているんじゃないかなっていうふうに思っています。

村上 僕なんかはいろんな道具とか文明とかを知ってしまうと、その畏れってどんどん失われていく方向にいくと思うんですけど、彼らはその畏れっていうものを持ってるんですかね。

JUMBO 外の民族に対する恐れとかそういったものではないと思います。逆にどちらかというと、自分たちの価値観とか、そういったものが失われるというか、それが侵される、そこに対する恐れっていうのはもしかしたらあるのかもしれないです。
ただ、それが恐怖の表情として目に見えるのかというと、そうではないですね。やっぱり目に見えて見えるのは、すごく傍若無人というか、決して人付き合いが悪いとか、つっけんどんなわけではないですけれども、他の周りの定住してる人たちが何を言おうとも自分たちのスタイルは貫きたいし、木は切りたい、酒は飲みたい、以上。みたいな(笑)。そんなスタイルで生きています。

村上 ラウテ族の気質としては好戦的だたりするんですか。そのセルフィッシュを貫くために。

JUMBO それは全くないです。逆に、他の民族と大きな摩擦があって、どうしようもないときは「逃げる」という手も使います。

村上 なるほど。それがそれこそ移住する理由になっていくんですか。

JUMBO そうですね。そもそも彼らは同じ場所に12年に1回とか、30年に1回しか帰ってこないって言われているんです。それは多分、彼らが傍若無人にやりすぎて、1年2年で帰ってたら覚えられているから、12年とか30年ぐらいのサイクルが一番調子いいっていうことだと思うんです。だから、同じようなことっていうのは昔から繰り返してきてるんだと思うんですが、周りに住んでる人たちの近代化に伴う包容力の低下っていうのは、すごく目につくようになっていて、方々でいろんな問題が起きている。問題が起きる確率っていうのが加速度的に上がっているっていう、そういう姿はかなり見受けられるような気がします。

今井 僕もちょっと一つ質問したいんですけれども、ラウテの人たちは木の器を売らないと生きていけないとなると、周りの人たちが近代化していくと、木の器自体を求められなくなってしまうとやはり暮らしが成り立たなくなるということなんでしょうか?

JUMBO はい、まさにその通りです。今どんどんプラスチックであるとか、金属であるとか、木の器を上回る性能を持った保存容器が入ってきてますから、正直、定住している人たちにとってもラウテの人たちが作る木の器が必要かと言われると、そんなに必要ではない。
ただ、そこも包容力というか、何でしょう、許容範囲の広さというか、施しの気持ちで交換してあげる、買ってあげるみたいな、そういう優しさもあったりするので、生活には一つ器が買えば十分なんだけど、来るたびに何かと交換してあげるとか、そういうことをしてくれる人が多いので、それがラウテを活かしてるっていう側面もあります。

ラウテ3

変わりつつある部族の姿

今井 ラウテの人たちなんですけれども、だいたい150人ほどいらっしゃるってことだったんですけれども、この150人という数は増えたり減ったりっていうのはどうなんでしょう?

JUMBO そうですね、10年前から比べると、増えても減ってもいないっていうところが本当のところではないかと思います。というのも、彼らの口から何人いるっていうのを伝えるってこと自体もタブーとされていて、最初に通い始めた頃は、そういったことも教えてもらえなかったです。
ただ、最近彼らも、ネパール国民としての権利を守らなければいけないっていうことでネパールの国が彼らを管理することをこの4年ぐらい、いろんな試行錯誤を国とか自治政府がやっていて、その中で彼らの人数をカウントするっていうサーベイが行われているんですね。
その人数をもとに、今150人弱っていう情報を僕らは持ってるんですけれども、実感としては、一番最初に出会った人たちの中では、亡くなった方も多くいるんです。同時に、子供も少しずつ増えているような雰囲気を受けます。赤ちゃんを他の人の目にさらすのも一つのタブーなので、これはまたこれでなかなか見れないんですけど、感覚としてっていう言い方しかできないんですけれども、そんなに大きな増減はないような気がします。

村上 目に見えるところで言うとテントの数としてはどうなんですか。

JUMBO テントの数もほぼ一定に見受けられます。

村上 テントの数イコールひと家族単位というふうに思っていいんですか。

JUMBO そうですね。大体結婚をすると、自分のテントを持って夫婦で独立する形なので。

村上 いま何棟ぐらい目視できるんですか。

JUMBO そうですね今回で46だったかな。それぐらいあったかと思います。

村上 そうすると単純計算で150人で40数棟とかっていうと3人ちょっとぐらいが、それぞれのテントにいて、てなると、あんまり子供が多いって感じではないですね。

JUMBO そうですね。ただ結婚関係を結ぶのに、彼らの部族の中でカーストを三つ作って、どことどこのカーストは結婚して良くて、どことどこはダメっていう決まり事があるんですね。今、ある一つのカーストがすごい人数がいるんです。それ以外のカーストの人たちの数がすごく少ないんですね。そういうアンバランスな状態になっているので、なかなか結婚ができなくて、片や人数が多い方のカーストは、どんどん子供が生まれて育っていくっていう。2人暮らしとか3人暮らしとか、小さな単位で動いているテントがある一方で、もう10人とか子供がいたりとか、そういうテントがぼつぼつあるっていうそういう状況ですね。

村上 そうすると、10年、あるいはもっと昔のこの民族があった時代から、大きな流れは変わらないけど、その中を見ると少しバランスが変わってきてるということなんですか。

JUMBO そうですね。過去には、彼らと同じ別の場所で移動しながら生きてる人たちが、ネパールとインドをまたいで5部族あったって言われていて、その部族同士で婚姻関係を結んでいたって言われています。現在は他の4部族は政府の定住化政策にのってしまって移動生活をしていない。今移動生活をしてるのは僕が追いかけているその1部族しかいないので、その中でしか婚姻関係を結べない。だから、そういういびつな状況が生まれてるっていうのはあると思います。

画像2

村上 なるほど。何度か「タブー」というキーワードが出てきたと思うんですけど、これだけ環境変化がしていくと、続けていくためのルールみたいなものって増えているんですか。それともちょっとあまりにもいろんなことが大きすぎて、どっちかというとなあなあにしてくっていうベクトルもあるかなと思うんですけど、どっちなんですかね。

JUMBO そうですね。僕はたかだかこの10年くらい彼らの姿を見てきただけなので、正直言ってその部分に関しては想像でしか言えないんですけれども、今、彼らを取りまとめている酋長ですが、彼の前の代の酋長っていうのは非常に大きな力を持っていて、1人で一部族をまとめ上げていたんです。非常に統率が取れていて、いわゆるラウテらしいラウテというか、そういう生き方をずっと貫いてきたっていうふうに、ここまでの取材の中でも、また少数ですけれども彼らの研究して論文に書いているネパール人の学者の研究論文なんかを読むとそういうふうには書いてあるんです。けれども、タブーっていうところで前の酋長がものすごくがんじがらめにしていたその反動が、新しい若い酋長に変わった途端に、ばっと出てきてしまって、今少しずつそれが崩れてきているのかなっていうようなイメージを受けます。現に、その新しい酋長は、もう今、高齢になっていて、会社で言えば会長というか、社長として実務的なことをする人間ではない。ただ、力を持っているっていう、そういう状態にあるんですけれども、それ以外の実質的な酋長は、今3人います。先ほど言った、それぞれのカーストから1人ずつ酋長が出ている。3人のその酋長が話し合って物事を決めるというところで、リーダーシップっていうものも、1人がとれば話が進む時代ではなくなっているので、そういった意味ではタブーも少しずつ崩れたり変容していったりしているんじゃないかなと想像します。

今井 5部族いたラウテの人たちが、もう1部族しか移動していないということですとか、内部での構造の変化ということからもすると、これからもまだまだ変化していきそうな感じがしますね。
(文 ネイティブ編集長・今井尚、写真提供 門谷”JUMBO”優)

次回のおしらせ

ドキュメンタリーフォトグラファーの門谷 "JUMBO" 優さんが10年にわたり追い続ける、ネパール西部のラウテ族。次回が最終回です。移動しながら交易を続けて暮らす森の人たちから学ぶもの、暮らしをつなぎ続けることへのヒントを伺います。
The best is yet to be!


すぐに聞く

アップルポッドキャスト
https://apple.co/2PS3198
スポティファイ
https://spoti.fi/38CjWmL
グーグルポッドキャスト
https://bit.ly/3cXZ0rw
サウンドクラウド
https://bit.ly/2OwmlIT

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?