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素うどんとレイコ、そして喫茶【ショート・ストーリー】#2000字ドラマ


#2000字のドラマ

9月の終わり。店のガレージを開けるトオル(26歳)。コーヒーマシンのスイッチを入れる。店内の窓を開ける。テーブルに除菌スプレーをかけながら、丁寧に拭いていく。
入り口ドアが開く。「お兄ちゃん、お兄ちゃん、通ったでっ! 二級建築士の資格!」と玲奈(21歳)が勢いよく入ってくる。
「おお!よかったなぁ」
嬉しいのか、腰を振りながら、KARA『ミスター』を踊りだす。「ラララららら♪ 3万円ゲットやっ! 総務から連絡あって、手当がでんねん! 助かるわ~。これで彩のご祝儀賄えるわ・・・花壇の水、まだやろ。まいてくるわ」と言いながら、外へ出ていく。


見届け、厨房に入るトオル。テーブルに、皿を数枚並べる。サラダやゆで卵を手際よく盛りつけていく。一息つき、肩に巻いたタオルで、目の辺りを拭きだす。

「ごめんなさいっ!」と玲奈の大声が聞こえる。

「ハックション!」とくしゃみをしながら、顔を拭くワイシャツ姿のご老人。
「すみませんでした」と茶をテーブルに置くトオル。「今、妹がスーツとネクタイ乾かしてますので・・・少々、お待ちください」
「あ、お構いなく、私が悪いんです。椅子があったので、座ってると、つい、寝てもうて・・・。『じゅん喫茶』は、こちらですよね?・・・」
「はい、そうです。正確には、喫茶じゅんっていいます。ごゆっくりくつろいでください」
「駅前のホテルに泊まってまして、朝早くからやってる喫茶店があるとお聞きしまして、興味があって来ました」

「もう、ええかな・・・」と猫を抱いた夫人が入ってくる。
「おはようございます」とテーブルに、水の入ったグラスを置く。そして、トーストを2枚焼こうとするトオル。
「あ、兄ちゃん、これから、検査やねん・・・。レイコだけにして」
「かしこまりました」
「しかし、このビニールのパーティションも慣れたな・・・駅前にある博多のとんこつラーメン屋みたいやな。ハハハ。ちょい、お手洗いや」
銀のカップに、アイスコーヒーを注ぎ、婦人のテーブルに置く。

入り口ドア、立て続けにベルが鳴る。
「モーニングで」
「モーニングや」
「レイコ・モーニングや」
「ブレンドにして」
「ホットでな」客が注文しながら、空いた席に、次々に座りだす。カウンター10席、テーブル5席が埋まる。


「兄ちゃん、兄ちゃん、あの人・・・。寛美さんに似てるなぁ・・・。藤山寛美さん・・・」と言いながら、猫を抱いた夫人がストローを挿しアイスコーヒーを飲む。
他の男性客が「俺も思とった。なんか、松竹新喜劇見てるみたいやわ・・・40年前の湯船祭りの時やったかなぁ、笠鉾の曳きこをやってくれたんやなぁ・・・あ、トオル君、弟の飛雄馬君、昨日、湯船祭りの事でプレゼンしたんや、来年の予算取りと助っ人曳きこさんの有料化について、祭りの総代取締役達そして市の幹部に向けて、激しくやりよったで。24歳で、よう頑張ってますよ」
「お世話になります。今後ともよろしくお願いします」と頭を下げるトオル。
「去年、大変やったもんなぁ。この店・・・。コロナ感染者がでたのに、よう立ち直ったわ。あ、ら、まずかったかな・・・病院に行くわ、ほな。お金、ここに置いてるで」表に出る猫を抱いた夫人。

『大繁盛やなぁ・・・』と呟きながら、お茶を飲む老人。お腹が鳴る。スーツの上着を手に持った玲奈が傍らに近づく。
「お客さん、もう少し、時間あるかなぁ・・・ネクタイは、乾いたけど、スーツは無理」
「時間は、ありますよ」
「そしたら、すぐ近くのクリーニング屋に行ってくるから、お待ち願えますか」その場を去ろうとする玲奈。
「あの、お嬢さん、お願いがあるんやけど・・・」

うどんの汁を飲み干し、満足げにお茶を飲む老人。「お口に合いましたでしょうか」とお冷を注ぐトオル。「美味しかったです。このうどんのだし汁は、どこで覚えられたんですか?」
「母親です」
「醤油は市販の薄口やと思いますが、いりこの味が効いていて、柔らかい麵に味が染みとおっている。九州のうどんと思うんですが・・・」

「ただいま」とふらつき歩く飛雄馬を抱えた玲奈が入ってくる。「クリーニング屋のケンちゃんが言うには、花壇に座ってるの知らんかったんやて。スマホ見とったんやて。見たら、ビシャビシャやったんやて。そんで、風呂入れてもうて、休憩させとったんやて・・・」と飛雄馬をカウンター席に座らせる。テーブルにうな垂れる飛雄馬。
その様子を見つめる老人と目が合う玲奈。
「あ~~~っ! スーツ忘れた。とってきます」と表に出ていく玲奈。

グラスに入った水を一気に飲み干す飛雄馬。「兄ちゃん、あかんかったわ。湯船祭りの助っ人有料化の担当から外されたわ。コロナ感染者を出した店の関係者に担当させるなと、市役所に投書があったそうや。内部の人やろうけど、従おうと思てる・・・」
「そうか」
「しかし、去年はひどかったなぁ。思い出しただけでも、ぞっとしたわ。駐車場に止めてた車にスプレーで落書きされたやんっ! 壁に生卵投げつけられたやんっ! 街中の人が敵になったやんっ! なんで? 俺ら、コロナ作った訳ちゃうのに、何で? 意味わからんかったわ・・・」
「終わった事や。忘れよやっ」


「ただいま」と玲奈が帰ってくる。ビニールから、上着を取り出し、老人に着せる。
「お待たせしました。長くつき合わせて悪かったですね」
「いえ、何から何までありがとうございます。(トオルに)おうどん、美味しかったです。あ、お金、払わんと・・・おいくらですか」
「いえ、頂けません。賄い料理みたいなもんですので・・・」
「ありがとうございます。失礼します」その場を去ろうとする老人。
「あの、お客さん、来年、笠鉾曳きに来てね。一日、11,000円とりますけど・・・ここに泊まれますよ。この店、あったらね。ハハハ」と飛雄馬が声をかける。
「ソイ、ヤ、サー、ソイヤ、サー!。では、失礼します」三人に一礼する老人。



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