[短編小説]GTO物語 ターン編7
ガッツン、っと勢いよく女はサワーのグラスを置いた。既に入店から二時間の時が過ぎていた。比較的よくしゃべる夏生は一方的に聞き役に回る羽目になった。後半からは同じ話の繰り返しだ。
女は少し呂律が回らない口調で続けた、
「おと、乙女の、唇を奪っておいてさぁ~!あり、ありえないくない!いや、もうぜっっっったいありえない!なに?胸が無いっておかしいよね?」
「ああ、そ、そうだな!」
夏生は勢いに押されて、頷くしかなかった。
若い女性が酔って大きな声で不満を垂らしているのを、周りの客が時折ちらいら見てきた。
カウンターの向こう側の店主も注文の入った料理を作りながら初めは面白そうに聞き耳を立てていたが、いまは淡々と目の前を仕事をこなしている。
女は一通りしゃべった後、サワーを飲み干した。
「おねーさん!もう一杯、おかわりちょーだい!」
と威勢よく、アルバイト風の店員に注文した。が、夏生が割り込む
「ごめん、ごめん、いまの注文なしで!お冷や貰える?お勘定もお願い!あ、あとタクシー呼んでくれるかな?」
「ちょっと、なんで私のレモンサワー、キャンセルするのよ!」
と女は座った目で夏生を睨みつけながら不満そうに言った。
「ごめん、ごめん、俺まだやらなきゃいけない仕事残ってそろそろ帰らなきゃいけないだ」
「あたしぃの話をもう聞けないってこと?」
女の上半身はゆらゆらと揺れた。
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ、今日はちょっと無理なんだよ」
「ふーん」
だいぶ不満そうではあるが、なんとか帰ってくれそうな雰囲気だった。
女は冷めたおでんの大根を小さく箸で不器用に切ってを少し口にして先ほど頼んだお冷やを飲んだ。
会計を済まし、五分ほどでタクシーが到着したので二人は店の外へ出た。
外はしんとした寒さだ。酒で温まった頬が寒さで少ししぼんだ気がした。
「あいつのせいで、私のお気に入りのコートが汚れたんだけど」
などとと女はまだブツブツと独り言をいってる。
タクシーの後部ドアが開き、女は乗り込んだ
「家まで一緒に行こうか?」
「いいわよ、そんな酔ってないし、近いから」
「そうか、じゃあまあ気をつけて」
手振ると、ドアが閉まり。タクシーはウインカーを出してから発進した。
夏生はポケットからアメリカンスピリッツのメンソールを取り出し、一本咥えてライター火をつけた。ずっと聞き役に回っていたおかげで、煙草を吸う暇も無かった。肺に煙りと冷気が同時に入り込むこみ、煙なのか水蒸気なのかわからない白さの息が口から長い時間を掛けてゆっくりと出た。
『やれやれだぜ』
心の中の空条承太郎が呟いた。
つづく
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