拉麺ポテチ都知事44「正月のマルチバース」
2023年が来た。例年は「どんな1年になるのだろう?」と山梨で考えることが多いが、今年は都内でそれを考えていた。中国で新型コロナ感染が拡大しているというが、厚労省のデータでいうと先週の新型コロナによる生存率は99.9%。全然人が死なない概念に我々は3年も翻弄されている。
さて三が日のある日、元ルームメイトの友人と一緒にランチをしていた。彼とは夜な夜な下手くそなフリースタイルラップバトルで遊んだ仲だったが、帰り際に何を思ったか近所の公園でラップしようと誘ってくる。なぜ?と正直、渋々ではあったが、久々の再会だったこともあり興じることとした。
彼が流し始めたのはUVERworldの楽曲のインスト(歌なしカラオケ)。正直、少し恥ずかしかったが「新年」というお題のもと、うだうだと言葉を並べるのはチルで楽しかった。そうだ、2022の年末は怒涛すぎた。これが正月なんだよ。御節やおしるこをダラダラと食べるように、俺は即興を垂れ流すのだ。
と、考えたまではよかった。すると突然マルチバースが開いたのである。
「いいぞ!もっとやれ!」不意に外国人らしき白人が大声で叫び出した。公園中の親子がこちらを見つめる。戸惑うしかなかった。不意に並行世界が開いた時の人間の反応など、こんなものである。残念なことに私はスパイダーマンとしての器ではなかった。
こちらの怯んだ様子を見て「アレク」と名乗る、その白人は「ビビるなよ」という趣の言葉を浴びせてきた。我々は君にビビってるのではなく、正月を遊具で満喫する親子たちの目にビビっているのだよ。しかし、そんな問答をする余裕さえもない。
畳み掛けるように2つ目のマルチバースが開いた。やって来た3名の若者。どうやらアレクと知り合いらしい。ラッパーがよくやる握手してから拳でバンプする仕草で挨拶している。何かがおかしい。まるでセッションイベントか、80年代のLOFTや新宿ピットイン、キャンティのようなサロン、もしくは盛り上がっているクラブに来たかのような気分だ。そんな非日常が単なるローカル公園で展開している。
さて、その青年たちは16歳のラッパーたちだった。リーダー格の男子はアレクに煽られて自分の曲をBluetoothスピーカーとともに歌い始めた。声量はないが、早めの6/8拍子の難しいビートをかいくぐってフロウする。上手(うんま)!!これには驚いた。
続いて彼が違うビートを鳴らし、サイファー(集団フリースタイル)が始まった。いや、始まってしまった。私には即興ラップの実戦経験がなさすぎる。まじか、と思いつつもリズムに身を委ねるしかなかった。他のふたりも上手い。それになぜかアレクもそれなりに上手い。元ルームメイトは完全にオーディエンスと化している。いよいよ私も覚悟を決めねばならなかった。
ここで35歳のおじさんが後に引く訳にはいかない。やるしかない。突然戦場に駆り出された兵隊はこんな感じだろうか。そんな私をアレクが指名し、いよいよ離陸。口から出てきたラインはこんな感じである。
なんて大人ないんだろう。久々に脳汁が出た。紡ぐことのできた言葉は至って陳腐である。普段の遊びの延長だ。ただ16歳に触発されて、20歳くらいの気持ちを思い出している。ブルースに混ざるのにも崖から飛び降りるようだったあの頃。怖くてたまらなかった、あの感覚が蘇った。
未知に飛び込むのはいつでも恐ろしい。人生のマルチバースが開くのは突然で、そこへ恐れずに飛び込まなくては何も始まらないのである。しかし、おじさんになればなるほど、そういう機会は減っていく。若い彼らに反骨精神を思い出させてもらったような心地だ。不思議な正月だった。また彼らのような若者に邂逅できることを楽しみにしている。アレクには……どうだろう。また縁があれば。
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