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[2−26]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?

第26話 どんなヤツなのかと思ってね

 フォッテスわたしが不安でどうにかなりそうになっていると、馬車が止まった。

 すると黒ずくめの一人が「出ろ」とだけ声を掛けてきた。

 わたしは、嗚咽をぐっと飲み込むとベラトを見た。ベラトは力強く頷くと立ち上がる。ベラトが先に荷台を出て、わたしはその後に続いた。

(ここは……地下水路?)

 荷台から出ると、そこはちょっとした空間になっていた。

 天井は、民家の二階分くらいの高さで、堅牢な石造りになっている。たくさんの柱とアーチ状のはりがあって、それらがこの空間を支えているのだろう。視界を下に向ければ水路があって、かなり勢いよく水が流れていた。舟二隻が余裕ですれ違えるほどに幅もある。

 わたしが周囲を見回していると、黒づくめの一人が言った。

「こっちだ。歩け」

 両手を拘束されているわたしたちは、まるで手綱に繋がれた馬のような扱いで引っ張られたので、やむを得ず歩き始める。

「あのぅ……旦那」

 歩き始めると後ろから声がした。暗くてよく見えないけど、御者の一人が黒づくめに声を掛けたようだ。

「馬車はどうしましょう? この通路に置いていては邪魔になるかと思いますが。馬が暴れるかもしれませんし」

「どこか開けた場所に繋いでこい」

「へい、分かりやした」

 そうして馬車は、来た道を引き返していく。

「お前らはこっちだ。歩け」

 わたしたちは再び手綱を引っ張られて、水路の奥へと進んでいった。何回か階段も下る。

 いったい何階分くだったのか分からなくなってきたところで、水路の壁面に鉄製の扉が現れる。黒づくめ達はその扉を開きながら言った。

「そういえば……あの三兄弟はまだ戻ってこないのか?」

「ええ……馬車を繋ぎに行ったあと、まだ追いついてきません……」

「まさか、逃げたのではあるまいな!?」

「!?」

 黒づくめ達に緊張が走る。

「追っ手を掛けろ! 絶対に逃がすな!」

 言うや否や、黒ずくめの半分が来た道を引き返していく。

「お前らは中に入れ!」

 苛立った黒づくめの一人が、ベラトとわたしを、半ば無理やり扉の向こうへと押し込めた。

 扉の向こうはちょっとしたホールになっていた。魔法による証明がうっすらと付いていて、ガシャン、ガシャン……と定期的に機械音が聞こえてくる。どうやら、水路を制御するための装置か何かが近くにあるらしい。向こうには制御台らしき台座と、地下水路を見渡せる大きな窓もあった。

 そして制御台の椅子に、一人の男が座っている。

 黒づくめの一人がその男に声を掛けた。

「ジェフさん、どうしてこちらに?」

「いやなに。優勝候補の一人を捕らえたと聞いて、どんなヤツなのかと思ってね」

 黒づくめの問いかけに、ジェフと呼ばれた男は立ち上がる。

 痩せぎすの体には黒のライトアーマーをまとっていて、腰にはレイピアのような剣を二本下げている。全身黒づくめなのは、わたしたちを攫ってきた男達と変わらないけど、この男の雰囲気がとても怖くて、わたしは鳥肌を立てていた。

 その目を見るだけで、鋭利な刃物を突きつけられたかのような……そんな恐怖を感じてしまう。

 その男が、気軽な感じで黒づくめ達に問いかけた。

「それで、コイツらどうするんだ?」

「大会終了まで、ここに閉じ込めておくようにとのお達しです」

「そ、そんな……!」

 わたしが思わず声を出してしまうと、男達の視線が集まる。それだけで、わたしは立っていられなくなって尻もちを付いてしまった。

 するとわたしの前にベラトが立ちはだかって、わたしの姿を隠してくれる。

 そんなベラトにジェフが言った。

「お〜お、勇ましいねぇ。カノジョには手出しをさせないってか?」

「恋人じゃない。ぼくの姉だ」

「ああ、なんだ。シスコン野郎か」

「お前の目的はなんだ? どうしてオレたちをさらった?」

「言っただろ。大会終了まで、お前らを監禁したいんだとよ、こいつらが」

「どうしてだ?」

「ははっ。そんなことをご丁寧に言うわけないだろ。けどまぁ……」

 そう言ってジェフは、腰に下げていた剣のうち一本を抜き身で放り投げた。

 ベラトは、手を縛られているにもかかわらず剣を器用に受け取る。

「ジェフさん!?」

 剣を渡してしまったのを見て、黒づくめたちが騒ぐが、しかしジェフはそれに構わずベラトに言った。

「オレに勝てたなら、教えてやってもいいぜ?」

 ベラトが武器を持ったことで、黒づくめ達が一斉に抜刀する。しかしジェフは肩をすくめて黒づくめ達を見た。

「オレさぁ、こんな作戦、もともとイヤだったんだよね」

「しかし……!」

「この作戦ってさ、オレがこのガキに負けるかもしれないってことだろ?」

「そうは言ってませんが、万が一の保険です」

「だからその、万が一が気に入らないつってんの」

 そうしてジェフは剣を抜くと、その切っ先をベラトに向けた。

「だからここで証明してやろうって言ってんだよ。オレに敵う人間なんざ、この世に一人もいないってことをさ」

 ベラトは──投げ渡された剣で両手の拘束を切ってから、剣を正眼に構えた。わたしは思わず息を呑む。

「ベラト……戦う気!?」

「姉さん、出来るだけ下がってて」

「でも……!」

「大丈夫。なんとかしてみせる」

 ジェフという男は妙に自信ありげだし、そもそも、黒づくめ三人も剣を抜いてしまっている。

 さきほどの会話から、ジェフが戦っている最中は手出ししてこないかもしれないが……しかしジェフが劣勢だと見れば間違いなく加勢してくるはず。

 そうしたら……ベラトに勝ち目はない……!

 でも……わたしが出ていったところで足手まといにしかならないし……!

「姉さん、早く下がって……!」

「……!」

 張り詰めた声でベラトに言われ、まだ足腰が立たないわたしは、床を這って部屋の隅へと待避する。

 逃げるわたしの背に、剣戟の音が届いた……!

「くっ……!」

 次いでベラトの苦悶の声も!

 わたしは嗚咽を漏らしながら、地べたを必死で這いつくばって移動して、こんなに悔しくて情けないのは初めてで──だから思わず願ってしまった。

 アルデさんやティスリさんがいてくれれば……!

 そして気づく。

 胸元で光るネックレスに。

「そ……そうだ……!?」

 ネックレスに気づいた途端、わたしの足は動くようになった。

 だからわたしは起き上がって、急いでホールの隅へと待避する。

 振り返ると、ホール中央でベラトとジェフが切り結んでいた。

 いま使っているのは模造刀じゃない。真剣だ。早くしないとベラトが死んじゃうかもしれない……!

(で、でも……落ち着いて……落ち着いて呪文を……!)

 わたしはネックレスについた石を握りしめると、ジェフや黒づくめたちに聞こえないよう気をつけながら、ティスリさんに教わった呪文を詠唱した──まるで祈るかのように。

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