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[2−32]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?

第32話 すでに、アルデさんのファンクラブが結成されたとかなんとか

 ティスリわたしは、コロシアム正面広場に掲示されているトーナメント表を見上げていました。

 アルデとベラトさんは、それぞれ別のトーナメントで戦っています。どうやら地方予選と現地予選では本戦トーナメントも違うようで、これなら決勝トーナメントに出場するまで当たることはありません。

 領主の息が掛かった剣士の男もシード枠なので、決勝トーナメントまで当たりません。

 そしてアルデとベラトさんは、今日の本戦を勝ち抜けば、決勝トーナメント進出が決まります。わたしのほうは、すでに決勝トーナメント進出を決めました。

 そんなことを考えながらトーナメント表を見ていると、隣にいたフォッテスさんが声を掛けてきました。ちなみにアルデとベラトさんは、それぞれの控え室で待機しています。

「なんだかご機嫌ですね、ティスリさん」

「そうですか?」

「ええ、とっても。今もニコニコですし」

 そんなことを言われて、わたしは思わず口元を押さえます。

 感情が顔に出てしまうなんて王族としてあるまじき──いえ、今はわたしも平民ですから別に問題はないのでしょうけれども。そもそもうちの国は、感情を露わにする王侯貴族が多すぎですが。

 しかし改めて言われてみると確かに、今のわたしは、いつになく楽しんでいるのかもしれません。アルデとわたしが出場しても、出来レースになることは分かりきっていたというのに。

 分かっていたことでも、実際に勝ち進むと嬉しいものなのでしょう。とても意外でしたが。

 なのでわたしは、咳払いをしてから言いました。

「全員が順調に勝ち進んでいますからね。上機嫌にもなるというものです」

 わたしがそう答えると、フォッテスさんは、何やらニヤリとしながらわたしの顔を覗き込んできます。

「確かに、全員が勝ち進んでいることは嬉しいですが……ベラトはともかく、アルデさんとティスリさんが勝つのは分かっていたことですよね?」

「それはそうですが、だとしても嬉しいものなのですよ」

 何やら怪しげな表情のフォッテスさんに、わたしは警戒を強めます。どうも最近、フォッテスさんには、何か含みのある言い回しばかりされるのです。

 とくにこんな、悪戯っ子のような顔をしているときのフォッテスさんは要注意です。だからわたしは、努めて冷静になって言いました。

「勝利を喜ばしく感じるのは、人間のさがというものですからね」

「でも、アルデさんはあんまり嬉しそうではありませんよ?」

「それはそうですが……そもそもアルデは、大会出場に乗り気ではなかったからでしょう」

「それってやっぱり、自分の勝利が決まっているも同然だからですよね?」

「それは……まぁそうなんでしょうけれども……」

「なのに、それと同じティスリさんは勝利が嬉しいと?」

「な、何を言いたいのです? 何を……」

 わたしの声音にちょっとトゲが出てくると、フォッテスさんは小さく舌を出して首をすくめました。

「いえ何も? ただわたしには、ティスリさんは、ご自身の勝利より、アルデさんの勝利を喜んでいるように見えたので」

 思わぬことを言われて、一瞬、頬が熱くなるのを感じましたが、しかしわたしは至極冷静に言い返します。

「そ、それは……なんら不思議な事でもないでしょう? 自分の従者が勝ち進んでいるのですから、それは主にとって鼻が高くなるというものです。決して、それ以上ではありませんよ? 分かっていますか?」

「ええもちろん、分かっていますよ?」

「……本当に、分かっているのでしょうね?」

「もちろんです。アルデさんは、とっっっても大切な従者ですもんね?」

「なぜ『とても』という単語に力を込めるのですか!?」

「えっ? わたし何か変なことを言いました? 従者思いの主人だなんて、とてもステキなことだなーって思ってるだけですよ?」

「………………そ、その通りです。ええもちろん、その通りですが……」

 フォッテスさんの言っていることは、とくに間違っていません。だからわたしも反論する必要はないのですが……

 な、なんなんでしょう……この胸のざわつきは……

 何かとっても、馬鹿にされているというかなんというか……

 いえ、フォッテスさんが馬鹿にしてくるだなんて、そんな感じは微塵もないのですが……!

「と、とにかく!」

 謎のイライラを晴らすべく、わたしはフォッテスさんに向き合いました。

「従者を大切にするのも、勝利を喜ぶのも、人として当たり前のことなのです! いいですね!?」

「ですから『ステキだな〜』って言ってるじゃないですか」

「何か含みを感じるのですよ! あなたの言い回しには!!」

「そぉですか? 気のせいですよ」

 にっこりと笑ってくるフォッテスさんに、わたしはどうにも釈然としない思いを感じつつも、この話題をこれ以上続けても不利になるだけのような気がしますので、わたしは押し黙ると再びトーナメント表を見上げました。

 するとフォッテスさんが言ってきます。

「けどティスリさん、気をつけてくださいね?」

 不思議なことを言ってくるフォッテスさんに、わたしは視線を向けました。

「何に気をつけると? 本戦を観戦したところ、わたしの相手になるような選手は──」

「いえ、そうではなくて、アルデさんのことですよ」

「アルデに? いったい彼の何に気をつけろと?」

「違いますって。アルデさん自身に気をつけるんじゃなくて……ええっと、順を追って話すと……アルデさんって、この大会で大活躍じゃないですか」

「まぁ……アルデの実力であれば当然だと思いますが」

 この大会で、アルデはすべての選手を一撃のもとに下しています。もちろん、アルデの実力を知っているわたしは、そうなることが目に見えていたので、今さら気をつけるべきことなどないと思うのですが……アルデと対戦するわけでもありませんし。

 しかしフォッテスさんは、思いも寄らないことを言ってきました。

「アルデさん、めちゃくちゃ強いわけですから、すでに今大会で一番人気ですよ?」

「え?」

 わたしの思考は一瞬止まりかけましたが、すぐに思い出します。

「あ、ああ……公営賭博のことですか。しかしわたしは誰にも掛けて──」

「いえ、そっちではなくて」

「……では、どっちだというのです?」

「観客の女子に一番人気って意味ですよ」

「………………は?」

 わたしがぽかんとしていると、フォッテスさんは勝手に話を続けました。

「この大会は、多くの若い女子も観戦してるんですよ。剣術を見ることが好きな女性って一定数いますからね。そんな女子達の間では、すでに、アルデさんのファンクラブが結成されたとかなんとか」

「ふぁんくらぶ……?」

「そう、ファンクラブです」

「その倶楽部とやらは何をするというのです?」

「わたしも詳しくは知りませんが、アルデさんのことを色々共有し合うんでしょうね。出場予定を知らせ合ったり、アルデさんの話題を交わし合ったり。あと、誰かがとりまとめてプレゼントを送ったりとかもするのかな?」

「そ……そ……そ……」

 その説明に、わたしは二の句が継げなくなって、数歩後ずさってからようやく声を絞り出しました。

「そんなことをして……何が楽しいんですか……?」

「何がって……そりゃあ、好きな相手のことをおしゃべりしたり、常に観戦できたりすれば嬉しいのがファンってものですよ」

「好きな相手って……アルデと直接会話が出来るわけでもないのでしょう? いわんや、アルデはその方々を認識すらしないでしょうし」

「それはそうですけど、それでも好きになっちゃうのがファンというものなのです」

「し、信じられません……」

 もはや未開地部族の話でも聞いているような気分になってきて、わたしは唖然とするしかありません。

 というかそもそも、あのアルデに、女性が好意を寄せること自体が信じられないのですが……

 だからわたしは言いました。

「フォッテスさん……それは考えすぎというものです」

「いや、考えすぎも何も実際に──」

「あのアルデが、女性に好かれるわけないでしょう?」

「……はい?」

「だって、あの鈍くておバカで朴念仁なアルデなのですよ? ただちょっと剣術に優れているだけで女性に好意を寄せられるだなんて、そんなまさか──」

「え、ええ……?」

 わたしがそう言うと、今度はフォッテスさんのほうが唖然とした顔つきになります。

「ティスリさん、本気でそんなこと言ってます?」

「本気も本気ですが」

「いやいやいや……世間一般的な基準に照らし合わせるならば、アルデさんは普通に格好いいと思いますが」

「いえいえいえ……あのアルデがそんなわけありません。わたしは、もっと格好いい美男子をたくさん見ているのですよ?」

 顔だけが良くて中身スッカスカの貴族令息だということは、流れ的に伏せておきますが。

 するとフォッテスさんは、妙に納得した顔つきで言いました。

「ああ、なるほど……ティスリさんは政商のご令嬢だけあって、たくさんの美男子を知っているのでしょうけれども……」

「ええ、そうです。彼らと比べると、容姿だけを見るならばアルデは凡庸もいいところ──」

「でもそんな人、世間のごく一部の階級にしかいないんです。一般人からしたら、アルデさんは十分格好いいんです」

「そ、そうなのですか……?」

「そうなんです。それに加えてあの強さ。格好良くて無類の強さときたら、剣術好きの女子が放っておくはずないじゃないですか。そもそも、平民女性のほうが圧倒的に多いんですから、引く手あまたでしょう?」

「…………!?」

 た、確かに……フォッテスさんの言っていることには一理あります。平民女性は貴族令息に会う機会なんて皆無でしょうから、だとすれば、一般的と言える程度の容姿であったとしても、そこに何かしらの特技が加味されれば、好意が芽生えるのかもしれません。

 それが例え、あの、、アルデだったとしても……!

 それに気づいてわたしが呆然としていると、フォッテスさんが話を続けてしまいます。

「だから今後は、アルデさんの周囲に気をつけてくださいね? 例えば、領都の酒場でアルデさんを一人にしていたら、女性に囲まれること間違いないですから」

「そ、そんなまさか……」

 それでもわたしは信じられなくて、首を横に振ろうとしたとき──

 ──向こうから、歓声というか悲鳴に近い声がたくさん聞こえてきました。

 何事かと思ってそちらを見やり……わたしは目を数回瞬かせました。

 フォッテスさんが言ってきます。

「ほらやっぱり! アルデさん、女の子に取り囲まれてますよ!」

 フォッテスさんが言う通り、控え室から出てきたのであろうアルデが、たくさんの女性に取り囲まれていました。

 その女性達はきゃーきゃー騒ぎながら、なぜか、アルデに羊皮紙と羽ペンを差し出しています。

 当のアルデは、困った感じで曖昧な笑みを浮かべていました。

「あ……」

 あの男は……

「い……」

 いったいぜんたい……

「な……」

 なにを……

 何を………………

 何をやっているんですか! あの男は!?

 わたしの中で何かが弾けたその瞬間、アルデがこちらに気づきました。

「あ〜、いたいたぁ。おーいティスリぃ。ちょっといいかぁ?」

 暢気に手なんぞ振って、アルデがわたしを呼びつけます。

 どうやら女性たちに取り囲まれて、アルデは身動きがとれないようです!

 仕方なく、わたしはツカツカツカとアルデに近づき、うっとうしい女性たちを掻き分けると、アルデの手を掴みました。

 そして怒号を放ちます。

「あなたは一体何をやってるんですか!」

「な、何をって……昼飯どうすっかなと思って……」

「たかがそんな用件で、選手が控え室から出てくるなど言語道断です!」

「そうだったのか? ってかこの子達はいったい……」

「いいから! さっさと控え室に戻りますよ!!」

 わたしは、まるで大きな芋でも引っこ抜くかのようにアルデを引っ張り、女性の群れから連れ出します。背後でブーイングが起こりますが、わたしがキッと睨み付けると、女性達は蜘蛛の子を散らすかのように逃げていきました。

 逃げていく女性の後ろ姿を眺め、アルデはポカンとしながら言いました。

「あの子達、いったいなんだったんだ? 大騒ぎをするだけだから、何をして欲しいのかいまいち分からんかったが……」

「気にするんじゃありません! とにかく控え室に戻ります!」

 わたしはそう告げると、控え室へと足早に戻るのでした──

 ──そして、その夜に聞いたのですが、どうやらわたしにもあの手のファンクラブが結成されたようなのですが、どういうわけか、わたしに男性が群がってくるようなことはありませんでした。

 不思議に思って、その辺の事情に詳しそうなフォッテスさんに聞くと、フォッテスさんは苦笑を浮かべながら言いました。

「それはそうですよ。だってティスリさん、アルデさんとず〜〜〜っと一緒にいるんですもの。特に男性の場合は、そういう光景を目撃するのは居たたまれないんでしょうね。だから出鼻をくじかれたんだと思います」

 ふむ……なるほど?

 つまり強者のアルデが怖くて、わたしを取り囲むなどという暴挙は出来ないということなのでしょう。アルデに与えた男避けの役目は、目論み通りに機能しているわけですか。

 まぁ……いずれにしても、です。

 少なくとも、この領都にいる間は、アルデから目を離さないようにしなくては。

 そうしないと、またぞろ女性達に群がられることになります。

 ……別に、それで何か支障があるわけではありませんが……

 い、いちおう……わたしはアルデのセコンドですし?

 選手のコンディション管理には、その周辺環境の整備まで含まれるわけですし?

 アルデがその程度でコンディションを崩すはずもありませんが、役目は役目ですから、きちんとこなさねばなりませんからね?

 うん、そういうことなのです。ええもう、まったくもって!

 と、そんなわけで──

 ──わたしの完璧なセコンドのおかげで、その日、アルデは決勝トーナメント進出を決めたのでした。

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