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僕らはボーッと生きてない。

「ボーッと生きてんじゃねぇーよ!」

というお決まりの台詞が妙に流行った、NHKの番組がどうにも苦手だった。
番組の内容どうこうではなく、上記の台詞が気に食わなかった。ただそれだけ。
きっかけは番組をほとんど知らない頃に、親戚にいるちょっとデリカシーにかけるおばさんからこの台詞を言われたことだった。おばさんとしては流行り言葉を面白おかしく言っただけだったろう。だけど思いがけず僕の逆鱗に触れてしまったのだった。

ボーッとなんて生きてない。
当時は同性のパートナーと暮らしはじめて、ウェディングフォトを撮って1年も経たない頃だったと思う。身体女性ふたり、これからちゃんと歩いていくにはと考えなきゃいけないし、相手が異性でない、たったそれだけで道のりは困難になる見通しだけは既に立っていたから。だからたとえ流行り言葉であっても見過ごせなかった。ボーッとなんて生きてるわけないだろ。
カムアウトをしていないおばさんの見えないところで姪っ子の僕は、それなりの苦労をして生きている。


すこし前、友人と電車内のマナーについて話していた時、友人は「みんなそれぞれ大変って気持ちでいられれば……」と話していた。
本当にそうだと思う。
大股開いて左右の幅を圧迫しているおじさんや、満員電車で僕のような背の低い身体女性の肩を肘置きにしてまでスマホを触るような、眉間にシワを寄せたくなるような振る舞いをする男性が悪目立ちするけれど、実際見渡せば必ずしもそうとは限らなくて。
幅を取らないように身を縮めているおじさんもいるし、ちょっと身体が触れてきただけで睨んでくるおばさん、ポニーテールを僕の顔にぶつけ続ける若い女性もいる。

みんなのんべんだらりと生きてなんてない。
仕事や家庭、家族のこと、友人のこと。介護や子育て、副業のこと。自分の身体のことや将来への不安。
いつも難しい顔をしたり、わかりやすく落ち込んでいる人はもちろん、いつも元気なあの子も悩みがなさそうなあの人も大雑把に見えるこの人だって、みんな何かしらを抱えて生きて、みんなそれなりに大変なんだ。
あの人の方が大変そうだから自分は全然、なんて考えているとその内潰れてしまうし、逆は誰かを潰してしまうだろう。
だから電車でのマナーひとつとっても、そんなふうに「みんなそれぞれ大変なんだ」とみんなが思えれば、きっと今より幾分かましになるはず。


最近僕の仕事関係の周りの方で、悲しいことが続いている。
「私に出来ることなら」と声をかけるし、実際代理で進めている仕事もある。
当の本人たちは「ありがとう、優しいね。」と言ってくれるけれど、どう考えてもお互い様なのだ。僕が仕事で困った時に助けてもらったし、急な体調不良や、ライブ行きたいからと休んだ時には仕事を代わってもらっているんだもの。もらった分くらい、ちゃんと返すのが一緒に働く上での筋ってもんだから。
筋ってものだし、僕のパートナーが女性で子どももいないとわかっていて、「椎名さんも大変でしょう」と当たり前のように言ってくれる人たちだからできる範囲で力になりたいと思う。最低限、思ってくれる分は僕もそう思いたい。
みんな大変だから、持ちつ持たれつ。話を聞いたり聞いてもらったり。いつもやってもらってばかりなら、できる限り返していかないと、通る道理もその内通らなくなる。通らなくなった時には、おそらく自分が思っている以上に、相手からの信頼は目減りしていると思うから、僕はそうならない内に返せるものは返していきたい。
だってみんな大変な中で、僕によくしてくれているのだから。出会って、大変な中気にかけてくれたりよくしてくれるって、たぶんそこそこの奇跡だと僕は思う。

何かの折に繰り返し、僕は「みんな大変だからね」と口にする。先日もそんな折に行き当たり、そう口にした。
するとパートナーは、「なんにもない人はいないからね。みんな大変なんだから、あなたも“大変”でいていいよ」と僕に背を向けて、料理を作りながらそう言った。
仕事でも辞めてしまう予定の、僕によくしてくれた先輩と話している時もそうだった。先輩に僕が残業してもいいのだともらすと、「椎名だって家帰ってご飯作ったりあるんだから」と、そんな風になんでも身を削らなくていいと言ってくれる。
みんな大変だし、僕も大変なんだ。

少し前に、前述のおばさんに予期せずカムアウトをしなければいけないタイミングがあった。マンションを購入したことを従兄がおばさんにバラしてしまったのだ。ひとりで買えるほど収入があると思われても面倒だった。だから購入に関しては彼女とのことも言わなければどの道不都合だったから、背に腹は替えられず言ってしまった。
「ああ、なんかアレね、流行ってるやつね」
「流行って……はないけど、まぁそうね。」
セクシャルマイノリティは流行関係なくずっといたしこれからもいるんですー、とは言えないけれどおばさんでも知ってはいるんだな。まぁそうか。
もやっとする「流行ってる」という言葉に更に余計なことを言われるのではと身構えた。しかし何を言われるかわからない感覚に心臓がぎゅっと縮まっていったのを解いたのは、意外な言葉だった。
「そんなことはどうでもいい。」
おばさんにとっては、セクシャルマイノリティで同性の彼女がいることよりも、住宅の購入という人生の節目を報告しなかったことの方が大問題だったようで。
「トキが良いと思った人なんでしょ?え?幼馴染のあの子が相手なの?じゃあ一番いいじゃんそういう縁だったんだよ」
かえってあたふたする僕にそう言ったあと、あっさり通話は切れた。

あれ?もっとあれこれ言うタイプだったじゃん。あ、おばさんなりにアップデートしてたのか。

なんだ、おばさんもボーッとなんて生きてないじゃないか。

みんなも僕もおばさんも大変だし、みんなボーッとなんて生きてない。





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