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ブラック・ジャック展へ。

子供の頃、漫画雑誌を見ていた。少年ジャンプに
少年サンデーに少年キングに少年チャンピオンに
少年マガジン。実家の近くの商店で買ったり、
本屋で立ち読みをしていた。
巨人の星にキャプテンにドカベンや、がきデカに、
マカロニほうれん荘に、ストップひばりくん。
あしたのジョーにがんばれ元気にまことちゃんなどなど、
サッカー漫画ならオフサイドが好かったな。
大人になって酒の味を覚えてからは、週刊モーニングの
夏子の酒を毎週楽しみにしていた。
松本市立美術館で、ブラック・ジャック展が開かれている。
手塚治虫が長きにわたって少年チャンピオンに連載して
いた。
美術館に着くと、相変わらず草間彌生の派手で巨大な
オブジェが迎えてくれる。
五月最後の祝日で、大勢の人が訪れていた。
愛読していたのは中学生のときだっけ。
子供の頃は気がつかなかったけれど、車社会や工業生産の
増加による大気汚染や、止まない戦争、未知の細菌による
流行り病についてなど、当時から今にもつづく社会問題を
提起している作品が多かったのだった。
懐かしい気分でひとつひとつ観ていたら、あっという間に
三時間が過ぎていた。
美術館のレストランでランチをしようと思ったら、
店の前に列ができている。
松本城を眺めてから、飲食店を物色しても、どこも混んで
いる。さて、どうしたものかと歩いていたら、
大名通りの右手の、ひと気のない通りの先に、看板が
見えた。近寄ってみたら、湖州軒という年季の入った
中華料理屋で、店の中を覗いたら、古色蒼然とした店内に、
客の姿がない。
これ幸いと、カウンターに落ちついた。
お父さんと息子さんのお二人で営んでいて、店に入るなり、
お父さんがすぐさま話しかけてきた。かたや息子さんは
無口なかたで、黙々と洗い物をしている。辛子肉炒めを
つまみにビールを飲んでいる間に、十七歳で新橋の
おおきな中華料理屋に修業に出たこと。二十歳の時に
松本に帰ってきて店を始めたこと。最初は赤字で苦労した
ものの、だんだんとお客が増えて、八十歳の来年は創立
六十周年で、常連さんがお祝いしてくれること。
畑ちがいの仕事をしていた息子が跡を継いでくれて、
まだまだ一緒に働きつづけること。
締めのラーメンを食べ終わるまで、立て板に水のごとく
延々と、お父さんの半生を聞かされちゃったのだった。
長い間、同じ話を何度もお客にしてきたんだろうなあ。
ブラック・ジャックの余韻に浸る間もない、
強烈なお父さんとのひとときだった。

夏帽子昭和の店のカウンター。







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