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1人で参加するテニスキャンプ

こんにちは!日本のGWのように、オランダもmevakantieと呼ばれる春の休暇に入りました。4月27日(土)の国王の誕生日を全国中で盛大に祝ったことを始まりに、約10日間の長期休暇です。

サマータイムの始まりと同時に、21時でも外はまだ明るくなり、人々が心待ちにしていた「春」がようやくここにやってきました。

今年はゆったりと過ごすmeivakantie

考えてみれば、これまでのmeivakantieは毎年と言って良いほど旅行に出掛けていました。2月の長期休みに車で約2,700kmを走り抜いたので、このmeivakantieはちょっとゆっくりしようかと決めた我が家。

ここに住む日本人家族やオランダの友人家族と家で食事をする予定はいくつかあるものの、特に旅行の予定は入れないことにしました。

テニスとの出会い

娘はちょうど、2、3ヶ月前にテニスを習い始めました。冬に水泳のディプロマBを取り終え「Cも取ってみる?」と聞いたところ「次取りたいと思った時にする。今じゃない」とあっさり。

ホッケーの見学に行ってみたものの合わないらしく、柔道や空手なども嫌。基本的に、うちでは習い事の選択は本人に任せています。「トライアルには行ってみる」というのは勧めていて、それで合わないと思ったら強制することはありません。…とはいえ、ずっと音楽とともに生きてきた私なので、娘が何か楽器を楽しんでくれると嬉しいとは思いつつ、自分がピアノを始めることも辞めることも選ばせてもらえなかった経験を忘れてはならぬと思っています。笑 「やっていて良かった」という経験や習い事は誰しも何かしらあるとは思いますが、そこには「自分の継続を美化したい」というバイアスが隠れていることを俯瞰できる保護者でいたいと思っています。

最終的に色々トライアルをやってみた結果、「テニス」という選択肢が上がってきました。中学時代に大阪府優勝、全国大会まで出場した義則が取り組んでいたのは砲丸投げ。そして、私の好きなスポーツといえばスキーやスノーボードで、これまた個人プレー系です。笑 私も義則も、どちらかというと人と接触するタイプのスポーツは苦手。その遺伝子がそっくりそのまま娘にいったのかはわかりませんが、娘もここまで「人と接触するスポーツは好きじゃない」と避けてきました。ちなみにここまで4年ほど続いている習い事は「ヒップホップダンス」で、これも接触がありません。笑

そんな中で見つけたのがテニス。テニスレッスンを本格的に始める前には、プロのテニスの試合を観に行きました。試合を観に行こうと誘った時も娘は乗り気で、試合を観て娘は「やってみたい!」と自分から言ったのでした。

それからトライアルレッスンを受けた娘は「続ける!」と意気込み、レッスンに通うために大きめの自転車も新調しました。自転車で15分のレッスン場までラケットを背中に担ぎ、頑張って自転車を漕いでいます。

3日間のテニスキャンプ

そこでやってきたテニスキャンプのお知らせ。これまで「習い事は誰かと一緒が良いな〜」と言ってきた娘が1人でテニスを始めたことも1つの成長だと感じていたのですが、テニスキャンプのお知らせを受け取った時も「行ってみる!」と言ったのは少し驚きでした。

実はちょっとだけスペインへの旅行を予定していたのですが「テニスの方に行きたい」と娘。おぉ…そんなに行きたいのなら、テニスを優先しましょうか…と申し込みを済ませました。

朝から夕方までテニス三昧の3日間。夏休みなどに学校の友だちとハーグ市主催のキャンプに朝から夕方まで参加したことはありますが、友達もいない状況でスポーツキャンプに参加するとはなかなか大きな成長だなと感じます。

英語とオランダ語が飛び交うテニスクラブ

娘が通うテニスクラブはインターナショナルな環境で、1つのグループにインターナショナルスクールに通う子どもが3人、オランダ現地校に通う子どもが3人…なんてことも。トライアルレッスンに参加した時も、講師が勝手に娘を(恐らく、見た目から)「英語を話す子」と思い込んで英語で話かけていたのですが、それに困った娘が「オランダ語で話してください」と自ら伝えていました。苦笑

ということで、ほとんどの講師は指導を英語とオランダ語両方で行い(これもまたすごい)、ちょっと疲れてくるとオランダ語だけを話したり、英語だけを話したり…と彼らの脳の疲れによって言語が定まっていないこともしばしば。笑 私としてはそういった環境も面白いと思っていて、迎えに行くと英語の指示で問題なく動いている娘を見ながら「言語なんてそんなもんだよな」と思っています。「テニス」というそこまで複雑な指示を伴わない状況において言語はあくまでツールでしかなく、目的ではなく手段なのだということを思い知らされます。

「楽しみ!友だちできるかな?」

そんなこんなで、始まったテニスキャンプ。初日の朝は夫婦で見送りに行くことにしました。自転車を漕ぐ私たちと「トレーニング」と称してランニングする義則。快晴の中、自転車を走らせて到着。

着いた途端、娘は「めっちゃ楽しみ〜!」と言い、周囲を見渡しながら「1人で来てる子って他にもいるんかな〜」と漏らしていました。どうやらチラホラとそういう子たちはいるようで、「友だちできるかな〜!」とワクワクした様子。自分で言うのも何ですが、活発だった自分の幼少期を振り返っても「友だちできるかな」なんて思う子だっただろうか…?と思いながら、娘を眺めていました。

そうこうしているうちにプレーヤーが集められ、Tシャツが配られ、キャンプが始まりました。最初の方はコートの外側で他の保護者同様見守っていた私たちですが、娘はすっかり馴染んでいる様子で、自分たちは自宅近所のカフェへと向かったのでした。

「めちゃくちゃ楽しかった!」

夕方、迎えに行くとグループで楽しくプレーしている娘の姿がありました。一緒のグループの子と楽しく話している様子を見ると、ちょっとホッとしました。スケジュールが終わって、こちらに来た娘。
「どうやった?」と聞くと、「めちゃくちゃ楽しかった!」と一言。恐らく、脳がオランダ語モードなのか、そこから今日何をしたか、オランダ語を話す子と友だちになったことを自転車に乗りながらずっとオランダ語で話してくれました。

出されたお昼ご飯が美味しかったとか、ビンゴ大会をしてこれをもらったとか、友だちの名前はあーだこーだ、こんなレッスンをした…など。「休み時間にバーでお菓子買って良いんやけど、明日お金持って行って良い?自分のお金持って行くけど、ちょっとだけ足してほしいな〜!」ということで、「ちょっとした友だちとの買い物」まで経験したいそうです。

私たちのいないところで

もうすぐ9歳を迎える娘。大人の手を借りなくても出来ることがたくさん増えてきたとはいえ、まだまだ大人の力を借りなくてはできない、わからないこともたくさんあるようで、そんな自分にフラストレーションを抱える様子もうかがえます。

保護者の働き方、私たちの働き方に自由がきくことで子どもとの時間が確保できることは喜びでもありますが、ここ数年は少しずつ彼女の「自由の範囲の拡大」を尊重するように心がけてきました。ヘリコプターのように子どもの頭上を旋回せず、子どもからは見えている場所で見ないふりをしておくようなことを意識しています。

よく考えれば9歳の頃、私は親のいない場所(家の前や近所の通り)で好き勝手友だちと遊んでいました。きっとどこでもそうだったのではないでしょうか。きっと日本では今でもそういった地域も少なくないと思います。でも、意外と娘はこの国で私が得てきた自由を享受していません。このオランダでも学校の登下校は保護者つきで、外を1人で出歩くことなどありません。そういった意味では、私が幼い頃よりも圧倒的に自由が少ない生活を娘は送っていると感じています。

「保護者が子育てに関われる時間は多い方が良い」と考えられがちですが、最近はそうとも言えないのではないかと思ったりしています。もちろん「何かあった時」に保護者が忙しくて相手する余裕もないような生活、そもそも仕事が忙しくて子どもと十分に話す時間もない…そんな生活が望ましいとは言いません。ただ、時間的余裕があるということが「子どもが自由に過ごす時間」への弊害になっているということもあり得るのではないかと思うのです。

そういった意味では、保護者から完全に離れて、ある程度大きめな箱の中で「自由を享受する」という経験が「あえて用意するもの」になってしまっていることに少し残念さを感じます。そして、その機会を私たちがこのテニスキャンプに見出しているのも事実なんだなと実感しています。

娘の自立へのカウントダウンはすでに始まっていて、それが寂しいような。でも自分たち夫婦の時間をまた取り戻せるのかと思うとワクワクするような。

「私たちの知らないところ」へどんどん飛び出していこうとする娘の姿を眩しく感じながら、その眩しさから目を逸らさずにいよう、その眩しさを真正面から受け止めようと思うテニスキャンプでした。

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