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「視察に来てくれてありがとう」

こんにちは!3月の終わりにオランダの学校視察ツアーが終わり、今はお世話になった視察先の先生たちに、個々の学校を視察した際のフィードバックを添えて、改めて視察のお礼を伝えています。

その中で、校長や先生たちから、
「私たちの学校に視察に来てくれてありがとう」
というメッセージをもらっています。

「情報が欲しい」という傲慢な視察

以前、日本からオランダにあるイエナプランの小学校に視察に来た方たちのスタンスについて「思うところがあった」と打ち明けてくれた校長先生のことを記事にしました(この学校には今回の視察でもお世話になりました)。

「オランダの教育」と聞くと、魅力を感じる人たちは多いようです。それは2回連続で、ユニセフのレポートで「子どもが世界一幸福な国」と称されているところに所以があると言えるかもしれません。

「子どもたちが幸せな社会にはどんな仕組みがあるんだろう?」そう思って私自身、教育者としてオランダに移住したことも事実です。そして、今もオランダ現地校で英語の教員として働きながら「教育活動」や「学校」の中にある「何か」を探り続けています。オランダは世界で最も英語を流暢に話す国で、教育史の中でもバイリンガル教育の成功を誇っています。元高校英語教諭としては、そういったことも含めてオランダの教育にはまだまだ掘り下げたいと思える魅力を感じます。

一方で、そんなオランダの学校に対して「情報が欲しい!」「教えて欲しい!」という気持ちだけが先行して"win-winなシチュエーション"を目指せない人たちもいる…というのが、イエナプランの先生から耳にした話でした。

もちろん、「知りたい!」「聞かせて!」と思うこと自体は悪ではありません。しかし、記事の中の校長先生が言ったように「で、私たちがあなた方を受け入れるメリットは何ですか?」というところまで学校側は望んでいるのかもしれないし、それを考慮に入れること、そしてそこまで聞き出すことが自分に求められることなのではないかと感じたのです。

「知りたい人には教えるのが当然」と「win-winな関係」

前述した通り「知りたい!」「学ばせてください!」という人たちの熱い思いは大切にされるべきですが、「知りたい人には教えるのが当然なのでは?」という姿勢は少し行きすぎている…視察を受け入れる側からすると「うん、それはボーダー超えてます」という感じなのかもしれません。

さらに言えば、オランダの人たちの中には"win-winな関係"にとても強いこだわりを持っている人も多いように感じます。いわゆる"give and take"です。逆に自分たちが「与えられてばかり」の状況も好まないような気さえします。

「あなたもwin、そして私(たち)もwinな関係を目指しましょう」

以前、オランダの企業で働くオランダ人男性と話をした時も、ビジネスの観点でそれは非常に大切な価値観だと言っていました。自分たちが甘い蜜(利益)を得ることだけに拘らず、相手にとっての利益まで考える…相手が一体何を求めているのか、何が欲しいのか、それを聞き出せてこそプロジェクトは"win-win"なものとして完成する。彼らは「一発」の関係で物事を「使い捨て」のように扱うのではなく、お互いのニーズに合わせた「長く続く関係」をイメージして物事を進めているように感じます。

自分の「せっかく」を押し付けない

「1日に何校も回れないんですか?」
「せっかく時間もお金もかけて来たんだから、何校も回りたいです」

時々、ツアーに関してそういった声も聞こえてきます。

一方で、その発言の裏側には視察先の学校や組織を「消費される側」として捉えているような気もしなくはありません。「学校を見せるだけのことじゃないですか」「私たちに少し時間を割くだけのことじゃないですか」そんな考えが隠れているように感じるのです。

かつて教員になる前にベンチャー企業で企画営業をしていた時、社長が教えてくれたことがありました。それは「自分たちの利益になることだけ」を考えていては、取引との長い付き合いが簡単に壊れてしまうというもの。取引先は利益を得るための"使い捨ての存在"ではないのです。「相手は何を求めているのか?」それを聞き出し、それを叶えてこそ「持続可能」が実現する。そういった意味で、オランダに根付いている「資源も人も、サステイナブルであること」という価値観を訪問者として大切にしたいと思っています。

そういった選択をする時、私たちは「せっかく…」という感覚を引っ込める必要があるでしょう。「もっと何校も見たい」「もっと話をしたい」「せっかく来たんだから、とにかく色んなところに行きたい!」一方で、この「せっかく」という感覚を意識的に引っ込めることができるかどうかが、「持続可能な社会」が実現可能かどうかと繋がっているような気もしています。

あなたの「せっかく」が相手のために"も"なっているかどうか、私たちは立ち止まって考える必要があるのかもしれません。

「教育を考える人たちによる、教育への貢献」

「一般的に視察というものは、私たちが持っているものを視察者がただ持って帰るものだという風に思い込んでいました。でも、来てくれた参加者の皆さんはオランダの教育や社会について知りたいと言い、そして教育や社会について考えるからこそ、子どもたちへの教育的還元を通して、私たちが大切にしているものを一緒に大切にしてくれました。それがとても嬉しかったのです。参加者の皆さんが、私たちの教育活動に一緒に参加してくれて、子どもたちの心の中にかけがえのない経験を残してくれたことを心から感謝します。」

私の視察ツアーでは、参加者の皆さんと一緒に現地の子どもたちに「日本文化」を紹介する授業を提供しています。4歳から12歳までの子どもたちに「教育的価値」を提供できるとしたら、それは私たちが大切にしている価値観を経験を通して"プレゼント"にすることだと思うからです。

もちろん、自分たちが授業を提供することで、現地の教育活動を観察する時間は減ります。でも、大切なのは"お互いにとってwin-winな状況を作りだすこと"に手をこまねかないことなのかもしれません。

「先生」という仕事を擬似体験してみる

また、自分たちの文化を現地の子どもたちに紹介する時、少なからず参加者の中には「子どもたちの前に立って英語で話す」という慣れない経験に戸惑いを感じる人もいます。でも、私はこういった経験を通して「先生」という子どもたちの前に立つ仕事の中にある緊張感や苦労、そして楽しさも味わってみて欲しいなと思うのです。

外から教育や学校、教室を「先生ではない立場」で見るのと、実際に子どもたちの前に立って「何かをする立場」になるのとには雲泥の差があり、そこには数えきれないほどの悩みや苦労、責任がつきまといます。

でも、同時にそれを乗り越えた時、「やりがい」や「楽しみ」も見つかります。やってみて初めて理解することができることもあるのです。英語の教員としては「別の国で別の言語で自分の国について話すこと」の経験もまた、あらゆる感情を沸き起こさせるものなのではないかと思っています。

「やっぱり英語をちゃんと勉強し直そう」とか、
「オランダの子どもたちの英語って何故こんなに伸びるんですか?」とか、
「意外と自分の国の言語(日本語)について説明できないもんですね」とか、
「自分の国の文化について今までこんなに深く考えてこなかった」とか、
「オランダの子どもたちがくれた質問の観点が面白い」とか…

先生を擬似体験することで見えてくる「自分の国のこと」や「目の前の子どもたち」という視点が必ずあると思っています。

そして、何より嬉しいのは、私がこの価値観を大切にしたいと気づいてから説明会でそれを伝えたことで、それに共感してくださった方々が集まってくれているということです。「ちょっと苦手かも」をこの視察で乗り越えようとしてくれた勇気ある参加者の方々が、一緒に"win-winな状況"を考え、行動に移してくれている。それがとても嬉しく、感謝しています。

世界平和は「知る」というステップから。
私の視察を通して現地の子どもたちにそのステップを与えられているとしたら、視察がもたらすパワーを感じます。

「ありがとう、また戻ってきてね!」

そういった意味で視察させてもらった先から「ありがとう、また戻ってきてね!」と言ってもらえることは、私にとって喜びです。そして、ツアーに参加してくださった方々が緊張しながら、でもその「想い」を持って、子どもたちに接してくださったかが伝わった結果なのではないかと感じます。

正直、このかたちになるまで何度も試行錯誤を繰り返し、何とか「視察の価値」を見出そうと奮闘してきました。この先も、これから変わり続けるであろう視察先のニーズにもちゃんと心を届かせ、参加者にとっても、そして視察先にとってもwinなものを作り出し続けたいと思います。


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