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「プチっと弾ける新食感」という不思議な名詞修飾

 「プチっと弾ける新食感」って英語で言うと何ですか?
 日本語の食レポは「プチっと弾ける食感」とか「とろける口あたり」とか、表現が豊かだなと思う一方で、食感が弾けたり、口あたりがとろけたりするわけではないのになぜこんな表現ができるのかと不思議に思うことはありませんか。英語に訳そうとすると、“new texture that pops(ポンと破裂するような新しいテクスチャー)”とか、 “food that melts in your mouth(あなたの口の中でとろける食材)”のように「何が」弾けるのか、「何が」とろけるのかを明らかにしなければなりません。
 言語学の世界では有名な例で、「トイレに行けないコマーシャル」という表現がありますが、どういう意味かわかりますか。例えば、テレビドラマの放送途中でコマーシャルの時間が始まったらトイレへ行こうと思っていたのに、コマーシャルがおもしろすぎてトイレに行けない、そのくらいおもしろいコマーシャルという意味なんです。誰がトイレに行けないのか、トイレに行けないこととコマーシャルがどう関係するのか、それらの説明をすっ飛ばした表現で、他言語に翻訳する人は苦労するでしょう。
 
  このように他の言語から見ると、日本語の名詞修飾節には不思議な表現が存在します。もちろんどの言語と比較するかの問題もあると思いますが、この記事では日本語には論理的な繋がりが見えにくい名詞修飾節があることに注目したいと思います。日本語を母語としない人に日本語を教えたり、日本語を他の言語に翻訳しようとするときに知っていると役に立ちます。
 
 名詞修飾節というのは、「奥さんが作ったお弁当」「雨が激しく降る音」のように「お弁当」や「音」という名詞を前の文が説明している構造のことです。名詞修飾は、修飾される名詞とそれを修飾する前の文の関係によって、「内の関係」と「外の関係」という二つのタイプに分けられることがよく知られています。
 名詞修飾のタイプについては日本語教育能力検定試験でもしばしば出題されますので、以下の問題を考えながら、この二つのタイプの違いについて考えていきましょう。(令和3年度日本語教育能力検定試験 試験1-問題3Dより一部抜粋)
 
「内の関係」の名詞修飾節の例として最も適当なものを、次の1~4の中から一つ選べ。
 
1.   お菓子を買ったおつりを置いてきてしまった。
2.   昨日駅前の宝石店に泥棒が入った事件が起こった。
3.   彼は子どもに算数を教えるアルバイトをしている。
4.   最近大学で広まっている噂はまったくのでたらめだ。
 
 1~4の太字部分はいずれも名詞修飾節ですが、「内の関係」のタイプとして適当なものは一つしかないということになります。
 ではまず、「内の関係」と「外の関係」の区別の仕方を押さえておきましょう。太字の部分はいずれも名詞修飾節です。
 
(例1)A.素敵な時計ですね。
    B.これは誕生日に娘にもらった時計なんですよ。
(例2)A.山本さんが離婚した話、聞きましたか。
    B.ええ。そうなんですか。知りませんでした。
 
 例1の修飾する文「誕生日に娘にもらった」と修飾される名詞の「時計」の関係を考えると、「誕生日に娘に時計をもらった」の「時計を」の部分が文の外に出てきて名詞修飾節になっていることがわかります。つまり、修飾する文の中の述語「もらった」と修飾される名詞は「~を」という格助詞で表される関係になっています。
 一方、例2の修飾する文「山本さんが離婚した」と修飾される名詞「話」の関係を考えると、「山本さんが話を離婚した」のように「話」を文の中に入れることができません。「話が」「話に」など他の格助詞を考えてみてもやはり同じです。つまり、修飾する文の中の述語「離婚した」と修飾される名詞は格助詞で表される関係ではないということです。
 以上のことを、もう少し文法的に説明すると、修飾される名詞が修飾する文の述語と格関係にある場合は「内の関係」、格関係にない場合は「外の関係」と説明することができます。
 
【内の関係】・・・格関係がある
(例3)母が作ったお弁当(母がお弁当を作った)
(例4)私を育ててくれたおじさん(おじさんが私を育ててくれた)
 
【外の関係】・・・格関係がない
(例5)彼女が結婚したという噂 (噂を/に/が…彼女が結婚した?)
(例6)ドアをたたく音 (音を/に/が…ドアをたたく?)
 
 では、先ほどの問題に戻って考えてみましょう。
 
1.   お菓子を買ったおつりを置いてきてしまった。
2.   昨日駅前の宝石店に泥棒が入った事件が起こった。
3.   彼は子どもに算数を教えるアルバイトをしている。
4.   最近大学で広まっている噂はまったくのでたらめだ。
 
 1は「お菓子をおつり{が/に/を・・・・}買った」のようにどの格助詞をつけても前の文の中に「おつり」を入れることができません。同様に2の「事件」、3の「アルバイト」も前の文と格関係にありません。4の「噂」だけ「噂が最近大学で広まっている」のように「~が」という格助詞をつけると前の文の中に入れることができます。
 ここで1点注意が必要です。3の「アルバイト」は「アルバイトで子どもに算数を教える」のように、「~で」という格助詞なら入れられるがだめなのかと疑問に思われた方がいらっしゃるかもしれません。「格関係」というのは、述語にとってその名詞が必須の格成分になっているという意味です。つまり、「大学で広まったよ」と唐突に言われれば、「何が?」と聞き返したくなるように、「~が」は必須の格成分ですが、「子どもに算数を教えているよ」と唐突に言われて、「何で?アルバイトで?ボランティアで?」と必ず聞き返したくなるような情報とは言えません。つまり、「アルバイトで教える」と言えたとしても必須の格成分とは言えないため、3は「内の関係」ではないわけです。
 したがって、「『内の関係』の名詞修飾節の例として最も適当なものを、次の1~4の中から一つ選べ」という質問に対する答えは、格関係が成立する4となります。
 
 日本語母語話者からすれば、内の関係でも外の関係でも同じ名詞修飾節で、それらを区別する必要性はまったく感じませんが、他の言語との比較においてはこの区別が重要になります。内の関係は英語でも名詞修飾節の形で表現できますが、外の関係は直接訳せないことが多いからです。
 英語だけでなく他の言語でも内の関係は名詞修飾で表現できる場合が多いようです。一方で、格関係がない外の関係の名詞修飾は他の言語話者にとって不思議に思われることがあります。もちろん外の関係でも英語で名詞修飾にできる場合とできない場合があるようで一概には言えません。それ自体、対照言語学の大きな研究テーマで、膨大な研究の歴史があります。
 日本語を非母語話者に教える立場として知っておくべきことは、日本語の名詞修飾には、内の関係のような論理的な関係がないものも多く、他の言語話者にとって理解しにくい場合があるということです。
 冒頭で述べた「プチっと弾ける食感」のような表現は日本語では普通にできますが、英語ではあくまで弾ける物としてtextureを出してこないと表現できません。日本語では論理的な関係なんてなくても、人が弾けるように感じる感覚と食材が持つ特性を主観的に結び付けて一言で表現できます。もしかしたら他の言語話者から見ると主観的すぎて理解できないかもしれませんが、ある意味日本語は融通が利きやすく、それゆえに豊かな表現力につながっていると言えるかもしれません。

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