見出し画像

コテツの浪漫

コテツという言葉、ご存知だろうか。

いや、そんな血に飢えたのではなく。

画像1
山本小鉄氏

新日本プロレスの鬼軍曹でもない。

「子鉄」と書く。

子どもながらにして鉄道を愛してやまない男たち。
そんな謎の生物が、我が息子たちなのだ。

◎◎◎

電車好きに仕向けるようなことは一切なかった。
彼らは自ら、数あるオモチャの中で、電車を選んだ。
誰に教わったわけでもなく、床に寝ころび、車輪を堪能する。
長男から次男へと引き継がれた伝統のスタイルだ。

長男は電動派、次男は手転がし派。
長男はレールを組んでジオラマを作成する派で、次男は家具の中から線路を探す。

以前暮らした家は、線路の近くにあった。
そこには歩道橋があり、上り下りの普通・急行路線、計4線を一望できる。
近所の子供たちもよく集まる場所で、我が家の子鉄兄弟は、朝から晩まで常駐していた。

フェンスの跡が顔に残るほど、じっと線路を眺める。
向こうからやってきた電車に大きく手を振ると、時々、プワーンと警笛を鳴らしてくれた。
彼らは飛び跳ねて喜び、また次の電車を待った。

謎のルールもあった。
東武スペーシアという特急車両がある。当時は、サニーコーラルオレンジカラー・水色・江戸紫色・金色の4色があった。

この「金色の車両」がやってきた時は、なぜか手を振ってはいけない。
敬礼して、ただ行く先を見つめる。
いつの間にか、そこを訪れる全ての子どもたちにルールは徹底され、キャッキャと騒ぐ近所の小学生たちも、その時間だけは静かになった。
彼らが一斉に敬礼をすると、時々、金色のスペーシアはプワーンと応えた。子どもたちは歓喜をぐっと噛みしめ、車両を見送るのだった。

◎◎◎

時間の経過と共に、家の中には鉄道グッズが溢れていく。
長男が愛する新幹線や特急系車両、次男が愛する通勤電車系車両、ロボットにトランスフォームする車両、ファミレスの入り口にあるプラレールでもNゲージでもない謎の車両、併せて、衣装ケース2箱分の青いレール。
靴、靴下、Tシャツ、弁当箱、スプーン、箸…グッズ展開の幅広さが憎らしい。

マニアックなグッズや中古品販売、Nゲージの運転もできることで有名な「ポポンデッタ」という店がある。

常連の越谷レイクタウン店HPより

この店で以前「プラ鉄道卒業」というキャンペーンがあった。使用済みのプラレール車両10両単位で、Nゲージのレールや車両と交換します、という内容だ。
その時、こっそり弟の車両までカバンに詰め込んで店に行こうとしたのは、悪賢い兄鉄である。

◎◎◎

「聖地巡礼」は、大事な儀式だ。

日暮里駅北口からすぐの「下御隠殿橋」は、有名なビュースポットである。
山手線・京浜東北線・新幹線・高崎線・宇都宮線・常磐線・京成線の計14本もの線路を見ることができる。
ネックは、屋根もないただの路上なので、暑さも寒さも厳しいことだ。付添人にとっては、意味のない苦行である。

東京駅まで行き、入場券で新幹線のホームを2時間見放題というコース。
彼らがはじめて間近で新幹線を見て、思わず飛び出した言葉は「本物のプラレールみたい!」だった。

やはり、関東において鉄道ファンたちのメッカといえば、それは間違いなく埼玉県大宮にある「鉄道博物館」通称「てっぱく」だ。
しかし、行くことの手軽さから、我が家で愛されている第二メッカは、東京都墨田区東向島にある「東武博物館」通称「とっぱく」である。
兄鉄の勝手な命名だ。
江戸川区葛西には「地下鉄博物館」があり「ちっぱく、かな?」と言ったら「いやそれは、ちかはく、でしょ」と、冷静に切り返された。

画像4

非鉄民からすれば、規模は違えど「中身はほとんど同じ」である。

我が家は、年間の休日の半分以上を、そこで過ごしている。

◎◎◎

彼らの展示物の見方には特長がある。

彼らは「下からのぞく」。
まったく理解ができない。
需要があるから供給がある。実際に、こんな展示があるのだ。

車両を下から思う存分に「のぞく」ことができる。
もちろん、子鉄兄弟のとった行動はこれだ。

存分に味わっている。
この場から逃げたかった。

地元「とっぱく」にも、ウォッチングプロムナードという場所がある。

東向島駅の半地下に位置し、目の前の小窓にはホームの下の景色が広がる。
彼らは時刻表を確認しながら、ただひたすら下から「のぞく」。
狂気の展示と思いきや、館内人気スポットのひとつである。

◎◎◎

子鉄たちに求められるのは、目的地だけではない。
「どのルートで行くのか」これも非常に重要な問題だ。

やんちゃ盛りの二人をひとりで引率しなければいけない母が当然選びたいのは、時間が最もかからないルートだ。
しかし、大抵それは許されない。行きと帰りが同じルートであることも許されないのである。

「ディスニーリゾート」に向かうにも、日比谷線八丁堀駅から京葉線に乗り換える東京千葉ルートと、武蔵野線を使う埼玉千葉ルートに、行き帰りをわける。
あのディスニーが目的地の場合でさえ、メインだけでは気が済まないのだ。
十分に遊園地を楽しんだ後、無意味にディズニーリゾートラインを周回させられたこともあった。子鉄兄弟にとっては、すべてがアトラクションなのだ。

なぜ、わざわざ大回りをしなければいけないのか。
なぜ、特急で一旦、目的地を通り過ぎなければいけないのか。
彼らのプランニングに「なぜ」は、尽きない。
そんな時は、彼らと同じ目線に立つことが重要だ。
旅とは道中も味わうものであり、家に帰るまで遠足は終わらないのだ。
無駄を楽しむこと。彼らはときに人生において大切なことを教えてくれる。

◎◎◎

帰り道、案の定疲れた兄弟は、どちらが母の右に座るか左に座るかで揉めている。
どちらにせよ母を枕にするつもりなのだから、余計な喧嘩はよしなさい、と仲裁する気も起らない。いつだって、クタクタだ。
来週こそは家でゴロゴロさせて。そんな願いも、彼らの顔を見たら、喉の奥へと消えていく。

かつて私も、こんな風に夢中になったことがあった。
今はどうだろう。
人目を憚らず後先も考えず夢中になれることを見つけ、没頭することを忘れていたかもしれない。

気づけば、遠くを見つめる息子の横顔は少し凛々しく成長している。

画像2

あと何年、彼らと、この景色を眺めるのだろう。
あと何回、眠った彼らを抱えて、家に帰るのだろう。

この時間は、ずっとは続かない。
でも、線路は続くよ、どこまでも。

********************

最後までお読み頂き、ありがとうございます。
月一更新「月刊なおぽん」5回目となりました。
お時間のある時に、併せてぜひご覧くださいませ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?