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連続なおぽんテレビ小説 「10年後、あなたは母になる」 一部 第1話

「10年前のじぶんにアドバイスするとしたら、どんな言葉をかけたいですか? 」

東京メトロ半蔵門線に揺られながら、Twitter(改めX)のダイレクトメールに届いた言葉を、じっと見ていた。

わたしは、2人の男の子を育てるシングルマザーだ。
小学1年生と4年生。毎朝5時半に起きて支度を整え、小学校が始まる1時間前に、彼らを実家に預けて出勤する。
元々、ある競技では少し名を知られたプロアスリートだった。引退後、スポーツインストラクターとして、大手のスポーツクラブに就職。その後、セレブリティ向け施設のお抱えのパーソナルトレーナーに転職した。今は、スポーツとはまったく関係ない業界で営業をしている。

子育て、自分のことを綴ったエッセイをnoteでいくつか書いたところ、思いもよらぬ反響があった。原稿のオファーまであり、ほぼ日刊イトイ新聞の編集担当者から連絡がきた。今は「ははひとりむすこふたり」エッセイを月イチ連載している。連載の方向性が決まるまで、実は半年近くかかった。

いくつかの連載テーマを考える中で、編集担当者がくれた題材のひとつが「10年前のじぶんにアドバイスするとしたら、どんな言葉をかけたいですか? 」だった。

10年前。思い返せばそれは、独身ラストイヤー。
そこからの人生、想像もつかない「とんでもないこと」が待っていた。10年前の自分ともし話せるのなら、彼女に伝えたいことは山ほどある。伝えたら前に進めなくなるんじゃないかと思うほど、山があり、谷があった。
ああでもないこうでもないと、考えていたら、どうしてもこれだけは伝えたい言葉が頭に浮かんだ。

「10年後、あなたは母になる」と。


10年後、あなたは母になる。
何はともあれ、母になる。

それを聞いて、きっとあなたは喜ぶだろう。
けれど、あなたが思い浮かべるお花畑のような未来ではない。

良妻賢母かといえば、良妻どころか夫はいない。賢母にも程遠い「愚母」である。

息子ふたりは可愛い子どもたちであることには違いない。
ただ、長男は先天的な病気を患っていて、三ヵ月に一度は通院している。次男は、早くに発達障害がわかり、こちらもまた支援機関に通っている。あなたは検査の度に、職場で肩身の狭い思いをしながら、ペコペコと必死に頭を下げて休みをとる。時に、陰口を叩かれていることも知っている。

そんなストレスを大量の酒で洗い流そうとしては、失敗し、反省してもそれを繰り返す日々が続いたこともあった。一度は生きることに心折れたこともあった。
そこから、なんとか救われて今がある。

10年前のわたしは、それを聞いて残念に思うだろうか。
不幸な人生を送っていると思うだろうか。
そんな未来ならきてほしくない、と思うだろうか。

けれど、心配はいらない。

幸せは、あなたが思うところにはない。
それがなんたるかを見つけて、そしてあなたは、母になる。


10年前。
わたしは、スポーツトレーナーとして少なくないお給料をもらっていた。にもかかわらず、生活は破綻しかけていた。散財をしていたわけではない。

当時、わたしは売れない芸人と暮らしていた。

(つづく)

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