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No.10 露天キッチン

 清美と隆という日本人が新たにやってきた。清美は私と同じ年齢でオーストラリアワーホリを終えてタイとラオスを旅している。隆は2つ年下で福岡のネオンに照らされたホストの世界から一時の休息を求めて、バンコクからアユタヤへと流れ着いた。

「今晩、パスタ作りたいねんけど?」
テラスで、のんびり過ごす彼らに向かって私は言った。みんな暇を持て余していた目を輝かせ私に顔を向ける。
「美味しいパスタを作るわ。俺、市場で材料を買ってくるから、誰かバスでロータス(大きなスーパー)行ってトマト缶買ってきてや」
 以前、イタリアンレストランで修行した経験を持つ私の提案に彼らは歓声を上げた。そして、清美と隆がロータスへの小旅行をしてみたいというので行ってもらう。 私とゆかと龍太郎は、市場へ足を運んだ。アユタヤには摩天楼や煌びやかな繁華街はないが、なんでも売っている市場があり、そこには新鮮な野菜や肉、海や川の魚介類が並ぶ。
「うわ!カエルがうじゃうじゃいる。」
ゆかは、カエルが飛び跳ねるバケツを覗きこむ。隣には足をバタつかせる亀も売られていた。
 私達は、大きなワタリガニやトマトソースに欠かせない玉ねぎ、ニンニクを手に入れ、値段交渉を楽しんだ。
「フランスパンもあったらいいな。」
龍太郎が言った。
「じゃあ、あっちのデパートに行ってみよか。」
私は、通りの向こうにあるケンタッキーやベーカリーのある方を指差す。

 大きなパラソルが、濃い影を作ってくれてはいるが、風のないアユタヤは暑い。庭の片隅に作られたカウンターで夜の料理を仕込む。丸い木のまな板でニンニクを潰し切り、タライの中で泡を吹くワタリガニを捌く。後は、トマトのホール缶を待つばかりだ。
 日が傾き始めた頃、清美たちが帰ってきた。そして彼らは、トマト缶ではなくペースト状のケチャップを買ってしまっていた。食材知識のない清見に、ゆかが驚きの声をあげる。
「え~嘘でしょ清美ちゃん!」
龍太郎が追い討ちをかけている。
「フランスパンまで買ってきたのに・・・」
  この騒ぎを聞いて先生が、私たちの会話に入ってきた。
「このパンはどうした!古いのを買ってきたの?カッチカチじゃないの!」
 フランスパンを見て叫ぶ。
「いや、それがフランスパンだよ先生。」
 龍太郎が説明している。
「噛んだら歯が欠けるわよ。」
 先生の信じられないといった顔を見て、皆んなが笑う。
トラブルはあったが、それもまた一つの思い出となり、最高に楽しい夕食となった。


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